いよいよテイクオフか ミャンマーの金融資本市場

~アセアン最後の本格市場の夜明け~

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昨年11月、ミャンマーで約20年ぶりとなる国民総選挙が行われた。その結果、テイン・セイン元首相が初代大統領に就任、既に多数政党による新たな民政体制へと移行している(新政府は2011年3月30日に発足)。ミャンマー民主化のシンボルと言えるアウンサンスーチー女史に関しても、上記選挙の1週間後2010年11月13日に約7年に亘る自宅軟禁から開放され、さらに本年8月には直接新大統領と会談するといった融和が進んでいる。同女史は新政府と対話を進めるなど歩み寄りの姿勢を見せており、欧米の経済制裁解除へ向けた期待も急速に高まっているのが現状だ。

また、ミャンマー政府は新体制移行後、議会で議論を開始するなど経済開発に向けた積極的な動きを見せている。金融分野では、外国投資の大きな障害と言われる多重為替の統一に向けてIMFとの協議を始め、10月にはその政策第一弾としてこれまで「闇レート」と位置付けられてきた実勢レートでの外為両替を一部の民間銀行で認める運用を開始した。現地銀行関係者の話では、従前は国営の3銀行に集約されていた海外送金等の外為業務も順次民間銀行に開放される見通しである。

以上のような種々の変化を受けて、国内外からミャンマー金融資本市場開発に対する期待も膨らみ始めた。現在、アセアン10カ国の中で株式取引所など本格的な証券市場が存在しないのはミャンマーとブルネイだけだが、約6,000万人の人口とそれに基づく経済規模や豊富な天然資源などミャンマー経済の潜在力に対する国内外の期待は大きい。実際、従来の社会主義経済に資本主義経済の要素を導入し、株式市場が急速に拡大した中国やベトナムと似た市場発展を想像するためか、日本や欧米諸国など海外の投資家からミャンマーへの証券投資に関する問合せが急増している。シンガポール在住の米国著名投資家も今年8月末に現地視察を行い、ミャンマー証券市場開設に対する期待を表明して憚らない。

海外投資家からの最も多い問い合わせは、「ミャンマーの株式が買えないか」というものである。しかし、この回答が微妙に難しい。理由は「法律で禁止されているわけではないが、国内法制度の運用から、実質的に不可能であった」という禅問答のような答えになってしまうからである。

強いてポイントを説明すると以下の様に要約できる。まず、ミャンマー会社法では外国人の株式保有が禁止されているわけではない。しかし一方で、ミャンマー会社法(※1)では「ミャンマー国籍の会社の株式を1株でも外国人が保有すると、その会社は外国会社となる」取扱いが規定されている。このミャンマーの会社として取扱われるか、外国会社として取扱われるか違いは決定的に重要なポイントだ。というのも、外国会社は会社運営において様々な面で大きなハンディキャップを負わされることになる。

例えば、外国人は不動産保有が認められないが、これは「ミャンマーにおいて外国会社は銀行借り入れができない」ことを意味する。ミャンマーでは会社の銀行借入れの際に不動産担保が要求されるので、「外国人の不動産保有」ができない以上、外国会社は実質的に銀行借入れが不可能になるわけだ。

ミャンマーで「現地価格」と「外国人価格」という二重価格が存在する点も大きい。通信費用、電気・水道料金、不動産賃貸料など経営に欠かせないインフラコスト面で外国会社は外国人価格という割高な料金を負担せねばならない。また、法人税など課税面でも、徴税上の管理・監督がミャンマー企業に対してより厳しかったのが実情である(税率ではなく、徴税に関する指導や監督の厳しさが指摘できる・・・前政権では、外国人は金持ちで「取れるところから取る、取り易いところから取る」という税務当局の強い姿勢が随所に感じられた)。

このように外国会社というステータスが、会社経営に著しく不利になるため、ほぼ全てのミャンマー会社が定款で外国人の株式保有を制限してきた。いくらメリットが感じられたとしても、外国人が株主になると会社経営コストが割高になるので、会社自身が海外からの投資を自ら制限せざるを得なかったというわけだ。

以上のような障壁はまだ取り除かれているわけではないが、新政府は2015年予定のアセアン経済共同体発足に向けて、急ピッチで海外からミャンマーへ投資を促す方策を検討し始めた。証券投資はその有力チャネルのひとつだが、これに関しては数年前から「Myanmar Securities Exchange Centre Co., Ltd:ミャンマー証券取引センター(※2)」を中心に、金融政策当局内で「資本市場取引準備委員会」を立上げ、ミャンマー証券取引所をはじめ株式・債券市場の開設に向け本格調整を開始している。足元では証券取引法の制定や会社法など関連法の改正などにも着手、近い将来において議会で必要な立法措置が図られるとの観測も浮上している。アセアン諸国で最後の本格的な資本市場が、ここ数年内にオープンするというのも強ち的外れではない。

もっとも、そのためには以上で指摘した問題の他に、いくつか重要な課題を早急に克服する必要がある。例えば、上場企業に足るミャンマー産業を代表する企業の育成である。ミャンマーには現在、株式上場予備軍といえる「パブリック・カンパニー(公開会社)」が20社弱しか登記されていない。経済発展のステージや2000年にホーチミン証券取引所(ベトナム)が2社上場から取引開始したなどを考えれば、当初の上場企業予備軍としては十分との指摘もあるが、ミャンマーでは株式保有が開放されていない「プライベート・カンパニー(非公開会社)」に多くの優良企業がある。また産業によっては独占的な国営企業を将来的に株式会社化および民営化した上で上場するなど、資本市場を活用して効率的な経済発展に結びつけることも重要だろう。そのための制度的な整備は極めて優先順位の高い政策といえるだろう。

加えて、財務会計の透明性をはじめ国際標準のコンプライアンス体制確立が必要な点も強調しておこう。ミャンマーでは現在、比較的厳しいディスクロージャーが要求されない「プライベート・カンパニー(非公開会社)」が全会社組織の99%以上を占めている。これら「プライベート・カンパニー」では一般に、(1)税務当局向け、(2)取引先向け、そして(3)実態を反映したもの、という3つの財務諸表が作成されているが、特に「如何に課税を回避するか」という点が経営者の手腕として評価のされる風潮がはびこり、良好な経営数値を達成するインセンティブに乏しいのが実情のようだ。今後上場予備軍である「パブリック・カンパニー」を育成していくには、こうした風潮を変え、会社経営に対する常識的なマインドを醸成していく必要がある。無論、こうしたマインド変化を一朝一夕に起こすのは容易でないが、優良な会社経営に対する実質的なインセンティブを導入するなど政策的な誘引が非常に重要になるだろう。

現在、「パブリック・カンパニー(公開会社)」として、会社自身の店頭で投資家の売り買いをマッチングさせる方法で株式譲渡を行っている会社の中には、当該会社の経営陣が「株価の下落による会社の信用の失墜」を恐れるあまり、競争売買の原則に則った株式価格の形成に難色を示しているところが少なくない。ある民間銀行では、同行株式保有者の売りに対して買いオーダーが全く入らない場合、経営陣が「IPOと同じ価格」で買い向かうことが日常化しているという。こうした行為も財務会計の透明性などと共に、国際標準の制度に則った価格形成が未成熟なことによって生じている事態と言わざるを得ない。

それでも筆者は、上述の課題は必ずや克服され、ミャンマーの金融資本市場の整備、開発は着実に成し遂げられていくと期待して止まない。今般の新政権の意気込みが、節々でこれまでとは大きく違うと感じることが多いためだ。

つい数ヶ月前にも、発足した新政権の重要ポストに就く人物(元陸軍中将、次期大統領候補の一人も目される人物)と面談し、金融資本市場に関する質疑応答する機会を得た。高官曰く「新政権は国民の声を吸い上げて国政に生かさなければならない。今までの政権とは違う。ミャンマーやミャンマー国民のタメになることであれば、何でも耳を傾けて政策的に取入れる準備がある。」・・・

「ミャンマーの経済発展およびミャンマー国民の繁栄」という大義名分の前に、一部の利害関係者だけを慮る政策は必ず近い将来に変更を余儀なくされよう。ミャンマー金融資本市場の夜明けが近い、と感じるのは筆者ばかりではない。

(※1)会社法はイギリスの旧インド植民地法が法源となっている。
(※2)ミャンマー証券取引センターは1996年、ミャンマーの金融資本市場開発を目的に最大の国営銀行であるミャンマー経済銀行と日本の大和総研とのジョイントベンチャーで設立された。


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