中国で「給与所得者」といえば「都市部の従業員」を指し、自営業者、農業従事者、季節出稼ぎ労働者などは含まない。現在、中国の給与所得者数は約3億人であり、その内個人所得税の納税を行っている者は約8千4百万人である(残りは、収入が基礎控除額以下であるため、納税を免れている)。

ところで、北京や上海などのいわゆる一級都市においては、インフレに加え、昨今住宅ローンや子供の教育費などの支出も増え、仮に世帯収入1万元の家庭であっても、その暮らしは豊かであるとはいえない。2009年の一人当たり消費支出をみると、全国平均が1,123元/月であったのに対し、上海市では2,634元/月であった。

大都市の市民、とりわけ中所得層の税負担感は増す一方である。一級都市の全人代代表からは「基礎控除月額を現行の2千元から5千元に引き上げるべきではないか」との意見も出されたが、結局、2011年3月に開催された国務院常務委員会会議において、(1)基礎控除月額を2千元から3千元に引き上げる、加えて、(2)超過累進税率を現在の9段階から7段階へ簡素化する個人所得税修正案が出された。

この2本柱から成る修正案が仮に実現した場合、基礎控除前給与所得が3,000元~19,000元の場合は減税、逆に、基礎控除前給与所得が19,000元を超える場合増税、ということになる。現在の中国の所得格差問題を考慮した修正案と言えそうだ。

しかしながら、当修正案は、その後の全人大常務委員会において討議に付されたものの、結論は出なかった。現在当局がホームページ上で広く市民の意見を募っているところである。

今後の個人所得税の在り方を検討する場合、以下3つの視点を踏まえるべきである。先ず、税収入とのバランスの視点である。中国財務部の試算によれば、仮に基礎控除月額を5千元に引き上げた場合、給与所得者の実に9割以上が個人所得税の免除対象となるとのことだ。ところが一方、日本や米国とは異なり、中国では政府税収に占める個人所得税の割合は低く、2010年度は僅か6.6%に過ぎなかった。中所得者の個人所得税を減税したところで、国家財政に与える影響は軽微であろう。

次に、地域ごとの物価水準の視点である。中国では、大都市部とそれ以外の地域では物価水準に大きな開きがあり、この差を無視して画一的な税基準を全国に適用するのは公平性に欠けるのではないかとの指摘がある。各地域の事情を反映させた地域別の税体系を導入することも一考に値しよう。

最後の視点は、既述の通り所得格差の問題、それに起因する社会不安増大の懸念である。中国は現在「和谐社会(調和社会)」を目指していることは周知の通りである。個人所得税を改正し、中低所得者層の生活苦を少しでも軽減することは、和谐社会実現のための一助となるであろう。


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