2011年04月05日
アジア債券市場の整備が注目されるようになった契機はアジア通貨危機である。アジア通貨危機の要因として期間と通貨のダブルミスマッチ(インフラ整備などのための長期の自国通貨建ての資金需要を短期の外貨建て資金調達であてがったこと)が指摘されたためだ。それゆえアジア債券市場整備の第一義的な目的は、長期・自国通貨建ての資金調達を増やし、アジア通貨危機の再発を防ぐことである。
このような背景があったため、従来のアジア債券市場整備の主体は金融系の公的セクターだった。具体的には、各国の財務省、金融庁、中央銀行をはじめ、ASEAN+3財務大臣が主導し2003年にスタートしたABMI(アジア債券市場イニシアティブ)(※1)や、EMEAP(東アジア・オセアニア中央銀行役員会議)(※2)などが挙げられよう。
ところが近年、民間セクターや非金融セクターがアジア債券市場整備に関心を持ち始めている(図表1において、四角で塗られているプレイヤーが2009年以降に登場ないし参入したもので、これらの多くが民間セクターや非金融セクターである)。関心を抱いている理由は、(1)アジア通貨危機の再発防止という目的に加え、各プレイヤーが新しい目的を持ったこと、(2)債券市場の枠組みやコンセプトといった全体論から、具体化、実現化のステージへ移行しつつあることの2点と考える。
(1)新しい目的について、まず通貨危機の再来防止という第一義の目的が一定程度達成されていることに目を向けるべきだろう。アジアの債券市場は国債を中心に多くの国で着実に成長している(図表2)。さらに世界金融危機においてアジアは被害が小さかっただけでなく、その後の世界経済の回復の牽引役にもなっており、通貨危機の再来を感じさせない状況にある(※3) 。このような現実を踏まえ、新しい目的が受け入れられる素地が出来てきていると考えられよう。日本経団連(※4)や経済産業省(※5) を例に挙げると、彼らの目的は日本企業による海外でのインフラビジネス獲得のためである。インフラビジネス獲得に向けて業界横断、官民連携のパッケージが展開されており、その一環として資金調達手段も加えたパッケージを目指している。
特に興味深いのは、日本経団連の動きが一部の金融系会員だけのイニシアティブではないとみられることだ。それは、2011年2月16日の日本経済新聞の報道「米倉弘昌日本経団連会長は・・・日本企業の商機となる東南アジアのインフラ整備について「巨額の資金を調達する仕組みを作れるかがカギ」と指摘」からも推察できる。このような経済界のイニシアティブでインフラビジネスと組み合わせた戦略は、他のアジアの経済団体とディスカッションをした限りでは日本独自のように思われる。日本経団連の一歩進んだ取り組みが、アジア・ビジネス・サミットを通じてアジアの経済界を主導していくのではないか。
(2)について、コンセプト作りには興味を持たなかったプレイヤーが、具体化にあたり興味を示したとも言えよう。ABMF(ASEAN+3 債券市場フォーラム)は民間部門のアイデアをABMIに反映されるために設立されたものだが、民間のプレイヤーはそれぞれのビジネス拡大のチャンスを得たとも考えられる。さらにCGIF(信用保証・投資ファシリティ)(※6)やTOKYO AIMにおけるプロ向け債券市場(※7)の事例は具体化を超えて実現化のステージとも言えよう。
最後に、このような新しいプレイヤーが増えることの効果について言及したい。新しいプレイヤーの主張は、基本的に従来のアジア債券市場整備を踏まえたものであり、大きな路線変更は生じないだろう。むしろ具体化および実現化を図る上で、阻害要因があぶり出され、債券市場整備が加速されよう。今後の民間プレイヤー、非金融プレイヤーの活動に期待・注目したい。


(※1)ABMIは(1)債券発行促進(CGIF(信用保証・投資ファシリティ)の創設など)、(2)投資環境整備(Asian Bonds Onlineによる情報発信など)、(3)規制枠組みの改善、(4)債券市場のインフラ改善(決済インフラなど)を行ってきた。
(※2)EMEAPは加盟国・地域の国債・政府機関債に投資するABF(アジア・ボンド・ファンド)を立ち上げ、債券投資に軸足を置いた取り組みを行ってきた。実際にファンドを立ち上げることでクロスボーダー取引の阻害要因をあぶり出すことができた。
(※3)もちろん世界金融危機の被害がアジアで小さかったことが、ダブルミスマッチの解消を意味するわけではない。
(※4)日本経団連では2009年10月20日の提言「危機を乗り越え、アジアから世界経済の成長を切り拓く」において債券市場の整備が明文化され、その後2010年3月16日の提言「豊かなアジアを築く金融協力の推進を求める」、同12月14日の提言「アジア債券市場整備の加速を求める」と積極的な政策提言を行なっている。さらに2010年3月に開催されたアジア・ビジネス・サミットの共同声明のなかで、アジア債券市場について「必要なインフラストラクチャーの整備のあり方を検討する」とうたわれたことを受けて、第2回アジア・ビジネス・サミットに提出すべく、経団連21世紀政策研究所は同6月から研究プロジェクト「アジア債券市場整備と域内金融協力」を立ち上げ、2011年3月にはその結果をとりまとめたシンポジウムを開催した。(FEATURE3月3日)
(※5)経済産業省では2009年4月のアジアPPP政策研究会報告書において、PPPの資金調達に関する提言案として、インフラ・ファンドやプロジェクト・ボンドといった新たなファイナンス手法が盛り込まれ、それを受けたグローバル金融メカニズム分科会で具体的な支援策が議論された(2010年3月の報告書より)
(※6)アジアの現地通貨建て社債の信用保証を行なう機関。2011年中に業務開始予定。
(※7)社債発行時の開示書類を簡素化するなどにより、ユーロMTNと同様の機動的かつ柔軟な社債発行を可能にすること、また英文開示を可能にすることで海外企業の日本での社債発行促進を図っている。
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