2010年11月17日
所得格差の問題はどうか。中国の場合、もともとは社会主義経済のもとで、一部の政治的特権階級を除けば、基本的には大きな格差はなかった(少なくとも、建前上はなかったはず)が、改革開放政策で市場経済的要素が導入され、高成長が続く過程で格差が拡大してきた。他方、インドの場合は、1990年代に経済改革が始まる以前から、すでに大きな格差が存在していた(そのため、上述のように、改革を進めることもできた)。その意味で、格差問題は、中国にとっては新しい問題、インドにとっては古い問題である。したがって今後、経済発展に伴い、インドの方が格差の縮小傾向は早く現れてくるとも考えられる(貧困層はこれ以上、貧しくはなれない)。このように見てくると、格差問題が社会にとっての不安定要因になるかどうかという点では、中国の方がより深刻かもしれない。もちろんインドも楽観はできない。とくに、経済改革が上述のように進められてきたとすれば、それは大部分の貧困層をおきざりにしてきた発展であったと言わざるをえない。経済発展の究極的な目的は、言うまでもなく、多くの人々が絶対的な貧困から脱却し、より良い生活をおくることができるようになることだ。ごく一部のエリート層だけが潤うIT産業にのみ依存した発展、これまでの経済改革路線では、この目的は達成されまい。
今後の潜在成長力を見る上で、労働人口がどうなっていくかは避けて通れない重要なポイントになる。中国は、よく指摘されるように、1979年以来、一人っ子政策を実施してきた結果、今後急速に高齢化が進む見通しである。本年7月に開かれた中国人口学会によると、2015年には総人口13.9億人のうち、60歳以上が2億人を突破し、生産労働人口はピークを迎える(人口ボーナス時期の終焉)、60歳以上の総人口に対する比率は、2020年に16.7%、2050年には31.1%にまで上昇する。これに対しインドは、2030年ごろには総人口で中国を抜くと言われており、年齢構成が若く、理想的な人口ピラミッドを構成していることから、2040年ごろまでは生産労働人口も増えていく見通しである(これから人口ボーナス時期を迎える)。発展モデルとの関係で見ると、中国は、これまでのような安価で膨大な労働力供給に支えられた製造業、輸出主導のパタンは持続しえなくなるということを意味する。他方、インドはこれから、中国や他の東南アジアがこれまで進めてきた発展モデルに移行する可能性があり、そうなればインドの経済発展はより長期的に持続可能なものになろう。中国はおそらく、いまだ発展途上の段階(たとえGDP規模で世界一位になっても、一人当たりでは発展途上国)で高齢化社会を迎えるという、歴史上例を見ない困難に直面するが、インドにはまだ時間的余裕がある。しかし、いくつかの途上国にみられるように、人口ボーナスを迎えても、それが自動的に開発、発展につながることにはならない。それは、インドでは人口増加が著しい地域と、成長の早い地域は一致しておらず、地域間格差が大きいことにも端的に現れている。また、職業訓練はむろん、読み書きなどの基礎的教育すら受けていない人口がなお大半を占めていると言われている。人口ボーナスを実際に開発、経済発展につなげていくためには、これらの点で、中国などから学ぶことは多いのではないか。
両国の発展モデルにはそれぞれ長所、短所があり、両国がお互い相手から学ぶ点があるという指摘は多く、筆者もその点は同感である。現実にも、そうした動きがしばらく前から見られてきている。それは、両国とも、これまでの発展モデルのままでは、中長期的に持続可能でないと認識しはじめていることの裏返しでもあろう。たとえば、中国は、インドにならい、世界的に通用するブランド企業を育成し(外国企業の買収を通じてブランドを確立するという形態が多い)、民間企業のガバナンス改善、健全な法統治、金融面でのグローバル・スタンダードなどを目指そうとしている。また、次期第12次5ヵ年計画(規画)に向けて、より消費を中心とした内需主導の成長に転換を図ろうとしているのも、その表れと言えよう。他方、インドは、25百万人以上と推計される海外在住のディアスポラ(印僑)を母国に呼び戻し、あるいはその結束強化を図ろうとしているが、これは中国が長年行ってきた華僑政策に通じるものとも言われている。また最近のインドの経済政策の重点項目には、インフラ整備のための公共投資の拡大や製造業の強化などが提唱されるようになってきた。このように見てくると、両国のこれまでの発展パタンは大きく異なっているが、今後中期的には、両者の成長戦略、発展モデルは似通ったものになってくる可能性がある。世界経済における両国の位置付けという観点からは、これまで発展パタンが大きく異なっていたがゆえに、供給面では、中国がさまざまな製品の製造拠点、インドがIT等のサービス供給拠点として、また需要面では、貧困から脱してややゆとりのできた中間層が急速に増加する中国が、さまざまな新製品や奢侈品、それよりは所得水準が低い層を多く抱えるインドが、より基礎的な生活物資に対する需要マーケットを創出するという形で、補完的な役割を果たしてきたと言える(‘China versus India’ではなく、‘China and India’所謂 ‘Chindia’の概念に象徴される)。二つの巨大な振興経済は、この意味で必ずしもライバルとして競合はしてこなかったが、上記のように、今後、成長戦略、発展のパタンが収斂してきた場合に、世界経済の中でのこうした補完的、非競合的な関係に変化が生じてくる可能性がある。その場合に世界経済は全体としてどのような形となるのかは、壮大な問題提起であるが、それゆえに今から考えはじめても早すぎることはないだろう。
参考までに、中国・インドの発展パタンの違いを、GDPの需要構造、貯蓄率の比較で見たもの(参考1)と、アジア開発銀行(ADB)の国地域別の中期戦略レポートを基に作成した、両国の中期課題、および援助機関の戦略の比較表(参考2)を、下記に掲載する。後者は、「中期」というタイムスパンであり、それほど長い見通しをもったものではなく、また、こうした戦略レポートは、当該国との戦略パートナーシップという観点から、当該国の政策当局者とのコンサルテーションを通じてまとめられる関係上、必ずしも歯切れのよいものではないが、本稿でふれたようないくつかの側面が浮かび上がっているように思う。
(参考1)


(注) ADB ‘Key Indicators for Asia and the Pacific’ を基に筆者作成
(参考2)中国、インドの中期的課題と国際援助機関の戦略比較
(注)ADBの国地域別中期戦略レポートを基に筆者作成。
中国 | インド |
---|---|
(主な課題)
(重点支援戦略) 農村のインフラ整備と消費活性化、都市インフラの整備と環境保全。周辺国地域との協力強化を支援。民間部門の環境整備(ガバナンス、ファイナンス・アクセス) |
(主な課題)
(重点支援戦略) 相対的に貧しい地域のインフラ建設。インフラ投資におけるPPPを促進。温暖化への対応。革新的ファイナンス手法を促進 |
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