民主党政権による情報通信施策~"マニュフェスト至上主義"から"政治主導"へ~

RSS

“日本の潜在成長力を十分に引き出す施策を打ち出すべきである”と民主党政権に対する厳しい指摘が多い。実際、日本銀行の「経済・物価情勢の展望(2009年10月)」によると、直近の我が国の潜在成長率について、一定の手法で推定すると「0%台半ば」まで低下したと発表(※1)しており、強い危機感を感じざるを得ない。
このような状況を打破する施策の一つとして、情報通信分野における中長期戦略は極めて重要である。なぜならば、情報通信産業の市場規模は、全産業の名目国内生産額合計の約1割を占め、実質GDP成長に対する寄与率は、直近5年間では平均約34%にも達するからである。また、ある推計によると、情報化投資を加速化させることにより2%半ばの経済成長率を達成できるともいわれている(※2)


しかしながら、平成21年度補正予算執行見直しや行政刷新会議による事業仕分けなど、短期的には経済成長にブレーキをかけるものばかりが目立っている。具体的には、総務省が所管する情報通信関連では、「地域ICT利活用推進交付金」や「国内外におけるコンテンツ流通促進」等に関して約650億円の補正予算の執行停止が行われた(※3)。これは、ICTの利活用に関する事業の大幅な見直しであった。さらに、行政刷新会議の事業仕分けでは「情報通信分野のベンチャー企業支援」や「高度ICT人材育成支援事業」等については、他の事業との重複や事業目的との整合性を踏まえて廃止と結論付けた。
一方で、アクセルを踏むべきIT戦略に関しては、自民党政権下に設置されたIT戦略本部やi-Japan戦略2015が存在するが、政権交代に伴い実質的に動いていない状況である(※4)
情報通信施策の遂行には、アクセルとブレーキをうまくバランスさせることが重要であり、アクセルとなりうる新たなIT戦略策定と遂行体制の構築が待たれるところである。そもそも情報通信の分野は、政権交代によって目新しいアイデアが出てくるような世界ではなく、従前より現状の課題や論点についてはある程度網羅的に議論されてきたところである。だからこそ、国民の負託を受けた民主党政権では、戦略性と実行力が問われるのである。


現在、国家としての新しいIT戦略の枠組みについては、関係府省の政務官レベルで検討中であり、来年早々にも動きがあるとのことである。新たなICT政策については、10月30日に発足した「グローバル時代におけるICT政策に関するタスクフォース」にて検討されている。これは、従前の審議会とは性質が異なり、ゼロベースで電気通信に偏ることなく幅広にICTについて議論を行うといった新しい試みである。マニュフェスト(=政権公約)に謳っている日本版FCCに関しては、12月16日に発足する「今後のICT分野における国民の権利保障等の在り方を考えるフォーラム」にて議論を行う予定である。この会議体の名称には、“FCC”がなく当初想定していた組織とは異なるものであるとの原口総務大臣のメッセージが込められている。通信・放送融合法制については、民主党政権の下で修正を行った上で、来年の通常国会への法案提出に向けて作業が続いている。つまり全般的に、あらゆるステークホルダーを巻き込みながら、ゼロベースで幅広な議論を始める下地をつくっている段階といえよう。


来週には、民主党鳩山政権が誕生してから100日目を迎える。情報通信施策に関しては、“事業仕分け”の陰で、IT戦略の司令塔の姿が見えないまま、“政治主導”と称して個々のマニュフェスト(=政権公約)の微修正を行いながら慎重に事を進めている状態である。
しかし、これからが民主党政権が目指す“政治主導”の本番である。民主党政権がどれだけ本質的に切り込んでくるか見極めるには、国民ID、行政と国民・企業等とのインターフェースの標準化・共通化、著作権といった中央府省を横断する大きな課題に関する合意形成と利害調整のプロセス、さらには具体的なタスクスケジュールへの落とし込みに注目することが重要であろう。特に、来年夏の参議院選挙を睨みながら、世論の動向を踏まえた新たな駆け引きが始まるだろう。
例えば、地上デジタル放送への完全移行や通信・放送融合法制などの重要な施策が“政治主導”という一言で先延ばしされることがないよう強く切望する。なぜならば、“政治主導”とは一見美しいフレーズではあるが、本質を隠蔽する恐ろしさを併せ持っているからである。我々国民は、“政治主導”が本来の趣旨とは異なり偽装されたものになっていないか、“政治主導”と称して実行された施策の本質を見極めなければならない。

(※1)日本銀行「経済・物価情勢の展望(2009 年10 月)」
(※2)篠﨑彰彦・飯塚信夫「企業投資と日本経済の中期成長率 —情報技術への投資加速を織り込んだシミュレーション—」(2009年8月)
(※3)総務省「平成21年度第1次補正予算の執行の見直しについて」(平成21年10月20日)
(※4)IT戦略本部とは、高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(平成12年法律第144号)に基づく組織であり、新しい枠組みを構築するためには、法律改正を必要とする。また、i-Japan戦略2015とは、IT戦略本部(本部長・麻生首相)が決定したものである。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

関連のサービス