2009年08月05日
一時の深刻な状況こそ脱したものの、未だ米国は金融危機から抜け出せないでいる。オバマ大統領は景気刺激のために巨額の財政出動を打ち出しているから、財政赤字は拡大する見込みだ。過剰とも言われる家計消費を背景に投資が貯蓄を上回る米国では、財政赤字を国内で賄えていない。諸外国(特に中国)に米国債を引き受け続けてもらわない限り、米ドルに対する信認低下は避け難い情勢だ。米ドルの信認問題は、中国に次ぐ米国債保有国である日本にとっても他人事でないが、翻って日本の円・国債はどうだろう。巨額の財政赤字を抱える点では米国同様だが、異なるのは国債の保有主体だ。図1に示す通り、海外への依存度は6%に過ぎず、残りは国内資金で賄われているから日本円の信認問題には繋がらない、との見方も可能だ。しかし、最大の保有主体である銀行等の主たる資金源が預金である点に注意が必要だ。企業や公的機関等が保有する銀行預金を信用創造の結果と位置付ければ、元を辿れば家計が保有する預金に行き着く。保険も主たる資金源は家計だから、直接保有分と合わせ国債・財投債の61%は家計が最終的な資金源となっている計算になる。

経済成長の鈍化、少子高齢化の進展、デフレ経済等の影響から家計金融資産は伸び悩み、21世紀に入ってからはほぼ横ばいの状態だ。図2は、中央及び地方政府が抱える債務Aを、家計が保有する預金等(預金・保険・国債・財投債・地方債の合計)と比較したものだ。B「グロス」は家計が保有する預金等であり、C「ネット」はBから金融機関からの借入(主に住宅ローン)を除いた額だ。AのB及びCに対する比率を見ると、バブル経済下で財政健全化が進んだ時期を除き一貫して上昇している。直近こそ株式市場の急落を受けて安全資産への逃避が進んだ影響で若干低下しているものの、A中央・地方政府の債務はB家計の預金等(グロス)に匹敵する水準(直近で93.5%)、C同(ネット)と比べると1.2倍以上に達している。団塊の世代の引退が完了しようとしている今日、今後は同世代による貯蓄取り崩しに伴い預金等は伸び悩みから減少に転じる可能性すら否定できない。家計の国債引き受け余力が限界に近づきつつある懸念は払拭し難いようだ。

図1に戻ろう。預貯金等以外の主たる保有主体は社会保障基金だが、既に厚生年金は給付額が保険料収入を上回り、資産の取崩し段階に入っている。主に企業がスポンサーとなる年金基金も事情は大きく変わらないだろう。そもそも、社会保障基金や年金基金は将来の年金給付のための原資だから、これを当面の財政赤字のファイナンスに充当すること自体、問題無しとは言い難い。残る保有主体は中央銀行及び海外だが、これらの保有が増えれば、日本円への信認に懸念が生じる可能性は否定できない。
図3に実質実効為替レートの推移を示す。直近こそ円高傾向だが、1985年のプラザ合意後の急速な円高が終息した87-88年以降から90年代半ばまでは円高基調、以降は円安基調にあることが分かる。急速な円高を経た直近でも87-88年当時よりも円安水準だ。実質実効為替レートは輸出競争力の観点から計算されるため、各通貨のウェイトは輸出額だ。日本の主たる輸出先は米国及びアジア(特に中国)であり、欧州は比較的少ない(※1)。アジア諸国の通貨は米ドルとの連動性が高いから、実質実効為替レートは円ドル・レートの影響を受け易い。近年、対ユーロではドル安傾向が見られるから、実質実効為替レートが示す水準以上に円安が進んでいる可能性も考慮すべきだろう。

長期にわたる貿易収支黒字を背景に、日本では円高に対する恐怖心が強いようだ。しかし、新興諸国経済の発展に伴い長期的に資源価格が上昇基調を辿る可能性があることを考慮すると、円安リスクを軽視すべきでない。少子高齢化を背景に貿易収支黒字が長期的な縮小トレンドに入った可能性がある点も懸念材料だ。家計金融資産の大半が預金・保険を通じて国債等に流入している現状では、「貯蓄から投資へ」が大きなトレンドになる可能性は低いと言わざるを得ない。円安と株価低迷が重なれば外国資本による日本企業の買収が増える可能性もある。来る衆議院選挙後、自民・民主いずれの政党が政権を取った場合でも景気刺激のため財政政策の拡大が見込まれているが、慎重な政策対応が望まれる。
(※1)日本銀行のHPによると、ユーロ・エリアのウェイトは12.36%に過ぎない(2005年)。
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