2011年09月21日
9月8日、健康保険組合連合会は健康保険組合(以下、健保)の2010年度決算見込の概要をまとめ、約1,400組合のうち約8割が赤字と発表した。また、今後の見通しも、日本経済の先行きが不透明な中で、医療費や高齢者医療制度への拠出金が増加すると見込まれ、健保財政は厳しい状況が続くと懸念されている。
健保の支出項目は大きく保険給付費、保健事業費、高齢者医療制度に対する支援金の3つに分けられる。このうち、保険給付費は長期的な計画による削減の期待効果は見込めるが、一朝一夕の成果は難しく、また高齢者医療制度に対する支援金は健保に課せられた金額を納付することとされており、健保では支出のコントロールが事実上不可能な項目である。そこで健保が裁量の持てる保健事業をいかに効率的、かつ戦略的に実現していくか、という観点が健保財政のために、さらには加入者の健康増進や母体企業の財政のためにも重要になってくる。
それではどのように保健事業を活用すればいいのだろうか。それに対する一つの方向性として、マーケティングの視点を保健事業に取り入れる、という考えがある。なぜマーケティング?と思われるかもしれない。ではそもそもマーケティングとは何か。2007年のアメリカマーケティング協会(AMA)は「マーケティングとは、顧客、依頼人、パートナー、社会全体に対しての価値を持つ提供物を創造し、伝達し、届け、交換するための行動、一連の制度、プロセスである。」と定義している。健保が効率的に保健事業を行うことにより、加入者の健康状態が良好なものとなり、企業の生産性が改善することで企業価値が向上し、ひいては株主の利益に寄与する。そしてその一連の連鎖は一企業の業績の貢献に留まることなく、医療費が削減されること等により社会全体に対してプラスの効果をもたらす。こう考えれば、AMAの定義したマーケティングのあり方との保健事業の意義は、意外なほどその類似性を見ることができる。つまりこのことは、現在マーケティングの手法として多用されるSWOT分析、市場細分化、市場ポジショニングや4P(Product(商品)、Price(価格)、Place(チャネル)、Promotion(広告))の設計が保健事業の策定に活用できる可能性を示唆している。
2010年12月~2011年3月に大和総研が270健保を対象にアンケートを行った。その中で、「加入者の健保に対する満足度を測るためにアンケート等を実施したことがありますか?」という質問に、8割以上の健保が「ない」と回答している。本当に価値のある商品(保健事業)を顧客(加入者)に提供するためには、まずは顧客のニーズ、ウォンツを拾い上げる必要がある。加入者はこれを望んでいるだろう、という思い込み(先入観)に囚われず、加入者が何を考え、何を望んでいるのかという視点こそ、マーケティング的発想のベースとなるものである。P.F.ドラッカーは、『顧客は何をもって価値とするか、何が彼らのニーズ、欲求、期待を満たすかとの問いは、実はあまりに複雑であって、顧客本人にしか答えられない。(中略)答えを想像してはならない。必ず、直接答えを得なければならない。』(「経営者に贈る5つの質問」P.F.ドラッカー(ダイヤモンド社))と経営者に訴えている。保健事業の効率的活用、そして保健事業策定にマーケティング的視点を導入するその手始めとして、まずは加入者の生の声、要望を吸い上げる仕組みを構築することが必要であると考える。
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