なぜ企業は持株会社を選ぶのか?

~3社の事例~

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2016年09月28日

  • 佐藤 翔

本稿では、持株会社体制への移行を検討したことのある企業について、その「動機」を考察する。


組織は戦略に従う—1962年に刊行された経営学者であり歴史家でもあるアルフレッド・チャンドラーの著書”Strategy and Structure”の邦訳版のタイトルである。著書では米国の巨大企業4社のケーススタディをあげ、その戦略と組織形態との関係について研究している。そして、市場という外部環境が戦略や組織形態に変化をもたらす大きな要因となっていると分析した。


簡単に言えば、外部環境や内部環境の変化という事実(・・)があり、これに対応・適応するための戦略(・・)を立て、その戦略実行に最適な組織(・・)形態が取られる、という理解になるだろう。


持株会社体制というと、一般的に「経営と執行の分離」、「企業買収に対応しやすくなる」、「経営幹部人材の育成」等のメリットが思い浮かぶ。もちろん、これらのメリットは持株会社体制をうまく活用することで享受できるだろう。しかし、実際に持株会社化する企業の動機はもっと個別具体的で、企業の戦略に沿っているものである。そして、その動機は実にバラエティに富んでいる。


本稿では、持株会社化を検討した企業(検討の結果、持株会社体制を選択しなかった企業も含む。)の事例を取り上げその動機を整理した上で考察を行った。

(事例1)鉄鋼A社 「意思決定の迅速化のために持株会社化を検討」


A社は鉄鋼事業を営む国内企業である。国内市場において、業界大手ではあるもののトップ企業との売上規模の差は大きい。また、A社は鉄鋼事業の他に建設機械の製造等の事業も行っており、営む事業の種類は多岐にわたる。


規模の経済性が働きやすい鉄鋼事業において、業界トップとの売上規模の差は利益率の差に影響する。A社もシナジーを創出できそうな競合他社と提携をして、少しでも規模を拡大したいと考えている。


すでに業界内の再編は始まっており提携ができそうな競合他社が限られてしまっている。そのため、シナジーの出せそうな提携先があればすぐに対応したい。また、A社は鉄鋼事業のほかにも複数の事業を営んでいるが、経営トップはどの事業も提携の対象となると考えている。


一方、社内に目を向けると、複数事業を抱える現体制のままだと事業提携のような重要な判断をする場合に、その事業以外の事業を管掌する役員にも説明をし、説得をする必要がある。そのため意思決定に時間がかかることが想定された。交渉のスピードが決定的な要素にもなり得る事業提携において、意思決定に時間がかかるのは致命的である。


A社の経営者は、自社が鉄鋼業界という規模の経済性が強く働く業界に属しており、事業規模が競争に勝つための重要な要因であると考え、常に事業提携に対応できる準備をしておかなければいけないと認識していた。


もし、持株会社体制への移行により各事業をそれぞれ子会社として分割し、持株会社が事業提携の経営判断を行う体制になれば、意思決定のスピードは格段に速くなる。


この企業にとって持株会社化は、事業提携という重要な経営判断にあたり迅速な意思決定を実現する手段になる。

(事例2)陸運B社 「第二、第三の事業の柱を育成するために持株会社化を検討」


B社は運送事業を営む国内企業である。B社には強力な中核事業があり、その事業規模はB社内の他の事業と比較しても圧倒的に大きい。


中核事業の市場は成熟段階に入っており今後の成長の伸び悩みが想定される。そのような環境下でB社は第二の事業、第三の事業を開発する必要に迫られていた。


課題は、次世代を担う事業の芽に重点投資しようにも強力な発言権を持った中核事業を管掌する取締役が首を縦に振らないことであった。稼ぎ頭の中核事業には、競合他社との競争に勝つためのさらなる投資が必要であり、その取締役は成功するか失敗するかわからない新規事業への投資を渋るのである。危機感を募らせたB社の経営トップは、新規事業を育成できる組織体制を模索した。その1つとして検討されたのが持株会社体制であった。


中核事業を持株会社の子会社とすることで、次世代を担う事業への投資判断を持株会社が単独で行えるようにする。発言権の強い中核事業の取締役を子会社の取締役とし、持株会社と中核事業の子会社の役員を兼務させないことで、発言権の強い中核事業の取締役の意思決定への影響力を弱める。B社は単純に持株会社体制に移行するだけでなく、役員人事も含めた組織設計により課題解決に効果的な持株会社体制を築くことを検討した。


B社にとって持株会社化は、将来のための第二、第三の事業を育成するための手段になる。

(事例3)食品C社 「消費者ニーズの変化に対応するために持株会社化を検討」


C社は食品事業を営む国内企業である。国内市場における業界大手であり、誰もが知っている商品ブランドをいくつも抱えている。食品事業だけではなく、製品を運送するための物流事業や海外での製造販売事業も営んでおり『食』という領域の中で多角化を進めてきた。


近年の課題は消費者の嗜好の変化への対応スピードが競合他社に劣っていることであった。C社の社内体制は開発・生産・営業と分かれる機能別組織であるため、社内コミュニケーションが取りづらかった。たとえば、営業員が現場で消費者のニーズ変化を捉えてもそれが開発部門まで伝達されるスピードが遅く、商品化して消費者に届けるまでに時間を要していた。


消費者の嗜好の変化に素早く対応できるように持株会社体制が検討された。機能という括りではなく事業として括り、事業ごとに子会社に任せることで開発・生産・営業の距離が近付く。事業ごとに括られた子会社では開発・生産・営業は同じ商品群を取り扱う。社内で相談すべき相手が明確になることで開発・生産・営業間の情報交換も活発になり、消費者のニーズを今までよりスピーディに商品化できる。


C社にとっての持株会社化は、消費者ニーズを素早く商品開発へ取り込み、その商品を競合他社よりもいち早く消費者に届けるという目的を達成するための手段になる。


持株会社化のメリットは一般的には「経営と執行の分離」、「企業買収に対応しやすくなる」、「経営幹部人材の育成」等と言われる。


しかし、実際に持株会社化を検討した企業の動機を考察してみると、その企業の個別具体的な課題に対して、それを解決するための選択肢の1つとして持株会社体制を検討したことがわかる。


組織体制の検討をする場合には、持株会社体制ありきの検討ではなく、自社の課題を正確に把握し、持株会社体制への移行がその課題の解決に効果があるかを検討することが重要なのである。

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