注目を浴びている自社株報酬と日本企業におけるその選択肢

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  • 小針 真一

2015年6月から適用が始まったコーポレートガバナンス・コードにおいて、役員報酬として「自社株報酬」という用語が用いられて以降、新聞報道等でも「自社株報酬」という活字を目にする機会が増えており、役員報酬として自社株報酬を活用するスキームがこれまで以上に注目を集めている。


一般の従業員については労働基準法の「通貨払いの原則」により、賃金として自社株を付与することはできないが、労働基準法が保護の対象としていない役員の報酬については非金銭的報酬も認められている。しかし実務的には、非金銭的報酬として自社株そのものを付与しようとしても、会社法の制約から報酬の支給手段として株式そのものを用いることはできないとされており、欧米のPerformance Share(パフォーマンス・シェア)やRestricted Stock(リストリクテッド・ストック)の代替手段として、権利行使価格を限りなく低い1円に設定し、株式そのものを付与したのと同様の効果を持たせた株式報酬型ストックオプションが普及してきたという経緯がある。


実際に企業が株式報酬型ストックオプションを役員に付与しようとする場合、通常の役員報酬の枠取りとは別に、ストックオプションとしての役員報酬の枠取りを付議することとなる。株主総会で議案が承認されれば、役員は職務の対価として会社に対して金銭報酬債権を有することになるが、と同時にストックオプションの割当を受けるにあたって、払込金額を払い込む義務を負うこととなる。この金銭報酬債権と払込債務を相殺するという形式をとることで、役員報酬として株式報酬型ストックオプションを活用しているのである。


ちなみに、欧米では、役員報酬として自社株報酬を付与することが主流であり、現金報酬と株式報酬の構成比率はおよそ2対8といわれているほど一般的な報酬制度である。しかし、日本では株式報酬型ストックオプションを導入する企業が増えているとはいえ、未だ上場企業の1割強(大和総研調べによると2014年12月時点で上場企業3,557社の11%にあたる384社で導入済であり、2013年調査時から85社増加)の導入実績であり、金額水準も報酬総額に占める割合が1割強(同調査では報酬総額の13%程度)の水準であることから、まだまだ発展途上とも言える。


今後、日本企業の役員報酬において「自社株報酬」の導入は進んでいくと思われるが、現時点の選択肢としてどのような制度が考えられるだろうか。


一つ目は、既に述べた株式報酬型ストックオプションであり、現時点における自社株報酬の選択肢としては最も一般的なものである。その特徴としては、会計基準のルールにより費用化が必要であるものの、それは現金の支出を伴わない費用であることからキャッシュの流出を伴わず導入可能であること。付与対象者が権利行使したタイミングで過去に累積して費用化した額がまとめて損金算入が認められること。更に、導入や運営に伴うコストも相対的に低いこと等が挙げられる。


二つ目は、ここ数年で導入企業が増えている信託の仕組みを活用した株式給付信託といったスキームである。これは企業が信託設定した金銭を原資として、信託が予め企業の株式を取得しておき、将来付与条件を満たした対象者に株式を付与(無償譲渡)するものである。会社は株式の取得資金を予め信託に拠出する必要があることからキャッシュアウトを伴うことになる。更に信託は将来必要となる株式数の予想に基づき、予め時価で株式を取得することになるが、株価次第では信託財産中の金銭が不足する可能性もあり、その場合会社は追加で金銭を信託する必要がある。一方メリットとしては、制度の運用や管理を信託に一任することが可能であるため、事務負担を軽くしたいと考える企業にとっては有効なスキームであると考えられるが、信託報酬・信託費用等のコストが相対的に高いとも言われており、規模がそれ程大きくない企業が導入を検討する際には、費用対効果の観点で留意が必要である。


三つ目は、役員持株会の制度を活用したスキームである。役員持株会の本来の目的は、インサイダー規制の観点等から自社株を購入することが困難な役員に自社株を購入する機会を提供するものであり、一般的には財産形成に寄与する有効なスキームと言えるであろう。この役員持株会という制度をうまく活用して、役員に自社株の購入資金を基本報酬に上乗せ支給し、役員持株会に拠出させることで自社株を取得させる事例も見受けられる。この場合、会社が自社株購入資金を金銭報酬として支給することになるが、この時点で給与所得課税されてしまうため、役員持株会に拠出できる実質の金額は目減りしてしまう。その補償として役員の税金負担分を会社が上乗せ支給するケースも見受けられるが、会社としての報酬の原資を最大限に有効活用できていないという課題が残るであろう。


最後に四つ目であるが、2015年7月24日付で経済産業省から「コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会がとりまとめた報告書」が公表され、新たなプランとして「金銭報酬債権を現物出資する方法」による自社株報酬のスキームの採用について、法的論点に関する解釈指針が公表され、今後、新たな選択肢が増える可能性がでてきた。


その概要は、既に欧米で主流となっているPerformance Share(パフォーマンス・シェア)やRestricted Stock(リストリクテッド・ストック)を参考としたものであるが、日本では、報酬として自社株式を付与するためには、一旦金銭報酬債権を付与して、自社株を取得するために当該金銭報酬債権を払い込む方法をとる必要があるとされており、その点において株式そのものを付与する欧米の制度とは異なるものであるが今後の動向は注目に値するであろう。


最後に、コーポレートガバナンス・コードでは、インセンティブの観点から「自社株報酬」を記述しているが、会社が役員報酬の制度を設計する際には、法人税法上、損金として認められるかといった観点も重要であろう。これまでは、金額の確定した月額報酬や一定のルールに基づいて支給される賞与、更に、売上高に基づいて変動させる業績連動報酬については損金算入が認められてきたが、業績連動に用いるその他の指標については、法人税額を恣意的に少なく操作することを防止する観点から損金不算入とされる場合が多く、実際に企業が望む指標(例えばROE)を業績連動として用いることは実質困難であった。ところが、昨今におけるコーポレートガバナンスにおける議論の中心は会社業績として株主資本や投下資本の観点からの効率性が重要視されており、今後はROE(株主資本利益率)やROA(総資産利益率)、ROIC(投下資本利益率)等の業績指標を用いた業績連動報酬についても損金算入を認めようとする動きがでている。


「自社株報酬」の導入を検討する際には、損金算入の可否も重要な論点であるため、十分な確認が必要であることは言うまでもない。

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