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第17回 人民元の国際化を乗り越え、中国は資金供給国としての役割の認識が必要に

ゲスト 渡辺 博史氏 国際協力銀行副総裁

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対談動画(ダイワインターネットTV)

貯蓄超過のアジアの資金をアジア内で循環させるには、金融取引の障壁を低くし、資金が流れる仕組みや環境の整備が不可欠だ。パンダ債発行や人民元との直接取引開始等で官が先行しているが、5-10年をかけ民間にイニシアティブを移すことが必要となろう。 人民元の国際化は不可避であり、自由化の速度をどう調節するかが課題だ。 中国が地域間の資金偏在を解消できれば、日本とともに世界に対し資金の根源的な出し手の地位にいたる。そのとき、日中両国が協力しあえば、世界への貢献度、発言権はきわめて大きくなる。それは、今後10年、20年の間に、政府や民間が互いに意識して連携できるかどうかにかかっている。

川村

本日のゲストには、国際協力銀行の渡辺博史副総裁をお招きしました。渡辺副総裁は、財務省では財務官としてアジアを中心に日本政府の活動を支えるという重責を果たしてこられ、現在は勉強会や大学での講義等を通じて、国際金融の知識の啓発・普及活動にも力を注がれています。最初に、国際協力銀行の概要と中国関連の業務等についてお話頂けますか。

渡辺

昔は日本輸出入銀行という名前だったのですが、1999年に国際協力銀行(JBIC)として発足しました。仕事は、大きく分けて四つあります。一つは輸出入銀行の業務から派生しており、輸出面で、日本企業の国際競争力を維持し、日本のプロダクトや技術を海外に展開するための支援をしています。輸入面でも、日本に必要な資源とエネルギーの安定的な供給をどのようにして確保するかということが二番目です。もう二つは最近付け加わったのですが、三番目は、アジア等で金融市場がうまくワークしないときに、官の立場でなく銀行の立場で支援をすることです。四番目は環境問題への対応です。環境に優しいプロジェクトにはそれなりにコストが必要で、そのファイナンスを民間だけで賄うのは難しいため、これを支援しています。
中国との関係では、日本企業の製品や技術を中国に輸出していくことがメインの仕事だったのが、最近では、環境問題への対応として、新しい環境技術を日本あるいは日本以外のところから導入するなど、中国の人々の生活を向上させるための支援が中心になってきています。


川村

中国との関係で興味深いと思ったのは、2011年12月の日中首脳会談の際に、金融における日中協力の合意の中で、中国本土での外国企業による人民元建て債券、サムライ債の中国版であるパンダ債をJBICが積極的に発行することを打ち出したことです。


渡辺

中国に限らず、企業が海外に進出して現地で仕事をするときに現地通貨が必要になることがあります。ハードカレンシーであるドル、ユーロあるいは円を送金しても、それを現地通貨に替えなければならず、通貨のミスマッチが発生します。現地で仕事をしている立場からは、現地通貨でファイナンスしたいという要望が多いのです。
中国の場合、人民元を海外の人や企業が自由に使える仕組みでなかったのですが、これからは広い意味での人民元の国際化を進めることになると思います。その一環として、まず中国の中で仕事をする海外の企業が人民元を使いやすくなるように、最初に公的機関である国際協力銀行がファイナンスをし、調達した資金を現地で貸し出すという仕組みを考えています。


渡辺副総裁は、国際派の官僚として知られていました。若い時代の国際関係での経験や活躍、中国との縁について伺えますか。


渡辺

私は、国内で税制関係の仕事が長く、国際関係に携わったといえるのは2000年以降です。その間、アジア地域間での金融協力や、財務官時代にはグローバル・インバランス問題を中心に仕事をしてきました。中国と縁が生じたのは、90年代前半に税制のあり方について北京市税務局や国家税務総局で、日本の税制や、日本を含む欧米の国際課税、移転価格税制の説明をしていたことからです。国際関係に移ってからは、地域金融協力を進める中で、ASEANと仕事をする前に、まず主要な担い手となる日中ですり合わせをしましょうということで、かなりの頻度で北京や上海を訪問していました。


川村

財務官といえば、国際金融関係で日本を代表する行政官のトップです。財務官時代の思い出深い話や、今だから言えるといったエピソードがありましたら、お聞かせください。


渡辺

当時、世界的に議論になっていたのはグローバル・インバランスの問題です。アメリカは米中の貿易関係を問題視していましたが、互いに立場が違う上に、本来特定の国の話ではないので、米中だけの交渉では議論は深まっていきません。そこで、IMFが中心になり他の地域も一緒に考えようという機運が高まり、アメリカ、中国、日本にヨーロッパを代表したグループ、それとサウジアラビアの五地域の代表が議論をして、ようやく方向感が出てきました。例えば、中国が人民元の国際化や、内需中心型の経済政策への切り替えを進めること。アメリカは、海外からのファイナンスができないと経済が回らなくなるため、財政赤字の問題に積極的に取り組んでいくこと。資金がうまく回っているときは問題なくとも、資金の流れがぎくしゃくし始めるとそれは弱みにしかならないからです。そうした議論の中で、米中のみならず我々も含め各国のこの問題に対する意識が深まっていきました。こうした議論に参画できたというのが強く記憶に残っています。
もう一つは、さまざまな国際機関が1945年を契機に設立されていたことから、組織における発言権がヨーロッパに偏重したままになっていた問題です。アジアやラテンアメリカの国からは、現状の発言権は経済の実態と乖離している、IMFは実態に合わせた発言権の調整をするべきではないかという議論が出てきていたのです。この議論は、1980年代からあったのですが動きがないままでした。それが、私が財務官になった直後に、ジョン・テイラー米財務省次官にやはり調整の必要があると直接相談したことから動き始め、まず四カ国だけを先行してIMFでの発言権シェアを引き上げました。中国、韓国、メキシコ、トルコの四カ国です。これが、その後の発言権の全面的な調整にもつながっていったことから、いい経験をしたものと思っています。

川村

今の話は5、6年前ですね。そこからまた5、6年の間に、国際金融の世界は大きく動いており、目が離せません。


アジア通貨危機における経験を伺えますか。例えば、当時の日本政府の対応や、IMFの支援対応としてのいわゆるワシントン・コンセンサスなどについてお願いします。

渡辺

1997—1998年にアジア通貨危機と日本国内の金融危機があったのですが、それをどのように捉えるべきかについて、見直しが行われています。アメリカの学者は日本が変だとか、日本が未熟だから15年も20年も低迷していると悪口を言っていました。しかし、アメリカの経済学者のクルーグマン教授とフィナンシャルタイムズ紙の著名なコラムニストであるマーティン・ウルフ氏が最近対談しているのを読みますと、日本が愚かだったからそうなったのだと当時は言っていたが、アメリカの2008年のリーマン・ショックの後始末や、現在進行形のヨーロッパの問題を見ていると、我々も同じ問題を抱えているのだという話をしています。当時、日本が最善の措置をとったとまでは言えませんが、経済を傷めないで何ができるかということからいうと、我々がとった選択肢も決して間違ってはいなかったと思います。
1970年代、1980年代に繰り返しあったラテンアメリカの危機は、返済不能な債務を負うというインソルベンシーの危機だったのですが、アジア通貨危機はそうではなく、流動性の問題でした。しかし、当時は必ずしもその認識がなかったため、ラテンアメリカの処方箋をそのままアジアに適用してしまうという、ある意味でIMFが誤りを犯したわけです。それによりかえって混乱が起こりました。
ただし、その後にアジアの国々は危機対応を進め、IMFからの資金も早期に返しています。この経験を踏まえ、地域ごとにセーフティネットを備えることが必要だとの機運が熟し、2000年5月にチェンマイ・イニシアティブがASEAN10カ国と日中韓との間で合意されました。前世紀末には、そうした地域ごとに支援の枠組みを構築することについて、アメリカとIMFは必ずしも賛成しませんでしたし、中国も1999年まではやや後ろ向きでした。ただし、これだけの貯蓄が存在するアジア地域で資金が不足するというのはどこかおかしいのであって、それを解消するために協力しようと動いて、今のシステムができています。
2007、2008年には、IMFも地域間の協力、支援によって、地域金融システムの維持、ある国の財政、経済問題を助けることを認めるようになり、それが今のヨーロッパで活かされています。ですから、日本なりアジアが地域間の支援の枠組みを戦略的、意図的に作ったかどうかは別にしても、結果として世界全体の金融システムの安定に貢献する一つの先例を作ったと思っています。


川村

当時、宮沢構想やアジア通貨基金(AMF)構想にアメリカが強烈に反対しましたし、中国もネガティブな態度でした。


渡辺

私は1998年から2001年の間、宮沢大蔵大臣秘書官という立場でしたので、いわば現場にいたのです。宮沢構想というのは、途上国の資金ニーズを賄うには、世界の資金の流れを大きくしないといけない、そのためには政府資金だけでなく民間の資金も一緒に動かさないといけないという考えに基づいています。ODAの供与だけでなくて、ある程度金利が高い民間の資金も一緒に含めてファイナンシングしていくというものでした。
当時はまだ、ヨーロッパは贈与的な資金協力の増強についてあまり違和感を持っていなかったのですが、今は世界中が財政赤字を抱え、ODAを出すのは非常に難しくなっています。それを乗り越えるために、官が何らかの保証をすることによって民間の資金を動員することが必要となってきています。その萌芽がまさに1997年頃にあるのです。14、15年が経ちますが、そうした考えは今も活かされていますし、今後さらに重要になってくるという気がします。


川村

アジア通貨危機後の金融協力の一つに、アジア・ボンド・マーケット・イニシアティブ(ABMI)がありますが、これには渡辺副総裁も関係されています。最近、例えばアジア・ボンドラインや格付けとか、発行実績も含め成果が上がってきていると思いますが、当時、それをリードしていく立場として苦労があったのではないでしょうか。


渡辺

まずアジア通貨危機の反省があります。アジア自体にお金がないわけではないのに、それにもかかわらずお金が回らなかったことから、アジアの中にある資金をまずアジアで使えるようにしようと考えました。アジアの金融市場では銀行が非常に優勢ですので、銀行貸出に回らず国内で使いきれずに余った資金はウォール街やシティへ流れて、それがアジアに還流してくるのです。この過程で、本来長期の資金であったはずなのに、それが銀行をぐるぐる回っていく中で短い満期の資金になっています。また、本来現地通貨であったものが、いつの間にかドルやユーロになってしまい、これをもう一度現地通貨に直さなければなりません。つまり、「為替」と「満期」という二つのミスマッチがあるのです。
この状況の解消に向けては、わりあい早くASEAN+3で、アジアに長期の金融インスツルメントである債券市場を作ることが合意できました。債券で、5年、7年あるいは10年と長い資金を調達できれば、ウォール街やシティを迂回しなくてもアジアでアジアの資金を使えるようになるとの論理です。ここまでは各国の財務省、中央銀行で早期に合意できましたが、それぞれの国に厳として存在する為替規制、税制という制約を乗り越えるためにはかなり時間がかかりました。実例は出てきていますが、当初想定していたよりも少し遅れていると感じています。最終的には、アジアの民間企業や銀行が自国あるいは他国の市場で現地通貨建ての債券を発行するということを実現し、それによって迂回路を通らずに資金を流せるようにしようとしましたが、まだ民間企業が他の国で債券を発行するにはいたっていません。
ABMIのアイデアの一つには、発行される債券に保証を付けるというものがあります。どこの誰ともわからない企業の債券なんか買えないという投資家が多いとすると、誰かが保証を付けてあげればいいわけです。5月からCGIF(信用保証・投資ファシリティ)が保証業務を開始していますが、アジア域内の民間企業が債券を発行するときにそれへの保証を行うことで、長期の資金調達をアジア域内で完結させるとの目標へ向けての一歩を踏み出したものと思います。
それから、格付けについては、アジアの場合には企業より国の格付けの方が常に上となり、これがいわばカントリー・シーリングとなっています。一方、日本では某自動車会社の格付けが日本国より上ですし、他にも民間企業の方が国より上位というところが多くありますが、途上国というフィルターを通ると、国が一番上でその下に企業ということになってしまいます。しかし、最近の各国の財政事情を見ていくと、国の財務が民間よりも常にいいとは限らず、それを是正していくことも必要です。

ASEANの域内金融協力と中国との関係をどう考えられていますか。また、中国の立ち位置は今後どうあるべきでしょうか。


渡辺

1997、1998年のAMF構想には、アメリカとIMFのみならず、中国も消極的でした。しかし、その後の東南アジアの不安定さを見て中国も考えを改めたことから、1999年の終わり頃から日本、中国、韓国が一緒の方向に動きました。その結果、2000年5月にチェンマイでASEAN+3の間で合意が成立し、流動性の供給メカニズムを作ったのです。当時のチェンマイ・イニシアティブは、二国間の資金融通ネットワークであって、機動的に動くことができる組織ではありませんでした。それを、地域の組織体として動けるようにマルチ化の方向に切り替えていこうと進めてきたのですが、これについては中国の温家宝首相がリーダーシップをとっていたというのが私の認識です。
チェンマイ・イニシアティブは、流動性の供給を目的としていますから、十分な外貨準備を持っている日本と中国はその意味で地域への貢献という面で非常にいい立場にあるのではないかと思います。ただし、債券の発行や流通については中国の中で制約がありますから、徐々に中国に自由化を進めていってもらうことが必要ではないかと思っています。また、日本も中国も国内に貯蓄を多く蓄積していますので、これを活用してアジアや世界に向けて資金供給をしていくという意味で、大きな役割を果たせる立場にあります。そういう貢献を中国は行うことができますし、日本としては一緒に進めていこうと考えています。


川村

今、ユーロが大変な危機にあり、アメリカも元気がありません。こういう中で期待されるのはアジアだと衆目が一致しています。それが、中国が減速気味でインドも足踏みだということになり、欧米のみならずアジア経済についてもやや悲観的な見方が強くなってきています。5年、10年という中期のタームで、中国とASEANの経済について展望をお聞かせください。


渡辺

リーマン・ショック後、2009年は先進国がほとんどマイナス成長となり、それをカバーしたのがアジアを中心とする新興国でした。それが、新興国も今年、来年と徐々に減速します。中国は10%成長が8%に、インドも9%ぐらいが、7%、5%と落ちていくことになると思います。しかし、いったん景気循環の帰結として落ちた後は、成長ポテンシャルはありますので、適切な政策と地域の協力によって成長を取り戻せるものと思っています。政策の宜しきを得れば、現実味のあるシナリオとして、2050年に世界のGDPの50%をアジアが占めると考えています。今は約30%ですし、アジアの成長寄与度が高くなると、可能性は十分あります。
その理由は、人口構成の変化です。ヨーロッパや日本はほとんど人口が増えませんが、アジアは全体として人口が増えていきますから、それが購買力となって経済が伸びていきます。ただし、いろいろな資源制約が出てきますから、物価上昇が成長の軛となりかねず、これにどう対応していくかは問題です。こうした制約を回避するには、中国が国内での資源配分の調整を進めることと貿易の主要なパートナーである日本、韓国やASEANとどう分業していくかが課題となると思います。特に、中国にとっては沿岸部と内陸部との格差の是正や分業体制の見直しにより、効率的な経済の維持が必要となります。さらに、アジア全体でも相対的な比較優位での切り分けが行われるなど、各国経済の効率的運営が求められます。また、やや長い目で見ると、中国の人口はほぼ安定期に入ります。さらに、日本や韓国のように人口が漸減する時期に入っていくとすると、中国がそれに対応してどのように政策運営をしていくのかを明確化してもらい、その政策に日本、韓国やASEANがどう協力できるかという議論をすることが必要になってくると考えています。

日本はアジアの一員として、中国、韓国やASEANと緊密な経済関係にありますが、中長期的にどのような関係を築いていくべきと展望されていますか。


渡辺

人口が多いということは、消費がそこにあるわけですから、その消費を満足させるような生産を行うことになります。これまで、アジアは大量に生産をしてきたのですが、消費はそのほとんどを北米と欧州に任せてきました。それがグローバル・インバランスにつながったのです。
45億人なり50億人なりのアジアの人たちが、自らが作ったものを自らが消費するかたちに変えていくことが必要だと思います。今までアジアは生産地、欧米が消費地という構図だったのですが、消費地としてのアジアへのシフトが生じてくるのですから、それを念頭に生産を考えねばなりません。欧米向け製品の価格帯ではなく、まだ所得水準が低いアジアの人たちが買えるような価格帯の商品を生産していく企業戦略や、各国政府が商品の普及を促進すべき産業分野に資金を有効的に投入していくようなことも必要です。


川村

日本、中国、韓国やASEANの協力関係は着実に進んでいますが、一方でアジアバスケット通貨構想はずいぶん前から唱えられているにもかかわらず、実現には依然として距離があります。そうした点も踏まえ、今後のアジア域内での金融協力のあり方について考えをお聞かせください。


渡辺

金融面では、ABMIの中心になっている「債券をどうアジアに根付かせていくか」ということが重要です。ABMIはまだ公的な機関が中心となっていますが、最終的には、民間企業が債券でファイナンスを行うだけではなく、公的な年金基金やさらに一般の投資家が債券を買うというようにしなければなりません。それには、一般投資家に債券を流していくチャネルを作ることも必要です。
それから通貨の問題ですが、経済の発展段階が違う中での通貨の統合は難しいという意見が多数でしたし、サンプルであるユーロの現状を見れば、一つの通貨へという方向への動きはしばらくないだろうという気がします。ただし、通貨のボラティリティが非常に大きいことは貿易には不都合です。例えば、マレーシアとタイの間の取引もドル建てやドルを介在させたものでしたが、それでは域外の通貨であるドルの価値如何によって取引額が大きく変動してしまいます。そのため、何らかのリファレンスを作ることに、ある程度協力があってもいいのではないかと思います。
いずれにせよ資金をなるべく円滑に動かすためには、金融取引にかかわる障壁を低くしていき、全体として貯蓄超過であるアジアの中で資金の流れをうまく調整していくことがこれからの課題となります。今は何でも官が先行して実行していますが、5年、10年をかけて民間に徐々にイニシアティブを移していくのが、これからの姿ではないでしょうか。


人民元の国際化についてはどうでしょうか。


渡辺

人民元の国際化については、GDPが世界第二位となった中国が、通貨を今のまま他から分離してマネージしていくことは難しいと思います。通貨は、経済を動かすときの一つのバッファーとなっていますから、通貨を動かさないでいると結局他の経済政策に皺寄せが生じてきます。それを避けるには、経済実態を通貨がある程度反映できる状態にしていくことが必要であり、それが国際化なのです。
そのためには、三つのステップが必要です。一つはコンバーティビリティ(交換性)の回復、つまり誰でもどこでも使えるようにすること。二つ目は、国境を越えてお金が出入りする資本流出入規制の自由化、あるいは緩和。最後はフロート(変動制)への移行。完全なフロートに移行するか、現行のバスケット連動をより純化させることで、通貨の価値がマーケットで決まるようにすることです。
この三つのステップを中国が踏むことによって、ある意味で人民元の国際化ができるわけですが、私の認識では、中国はまだ一番目と二番目の間ぐらいのところで止まっており、これを乗り越えるにはしばらく時間がかかるだろうと思います。
為替を動かさないとすると、インフレが生じた場合に金利を高くして通貨供給量を調整しようとしても、通貨調整がないことから高金利による通貨高を期待した資金が流入します。このため、通貨供給量の調整がうまくいかず、引締め効果が限られることになります。つまり、金融政策の運営が非常に難しくなりますし、それは経済政策、財政政策において採用しうる手段を少なくすることにもつながります。人民元の国際化は不可避だと思いますので、後は自由化のスピードをどう調節していくかです。あまり遅らせるとその反作用も強くなり、急な改革を迫られる可能性が出てくる気もします。


川村

国際金融でいうトリレンマで、放置しておくわけにはいかないということですね。

渡辺

人民元の国際化は中国にとっていいことであって、アメリカが切上げろと言っているから切上げるという問題ではないと中国も理解しているでしょうし、またそう理解してくださいと言っています。一方で、アメリカにも、人民元を3割とか4割切上げろと言っても、経済構造が違うし、貿易財と非貿易財のウエイトも違う中で、単に対中貿易赤字をゼロにするためにとして言っているのなら、いつまでも赤字はなくならないかもしれないと言っています。円は1ドル360円が80円になりましたが、アメリカは日本に対して依然貿易赤字を抱えており、為替ですべてが調整できるものではないのです。各国の経済実態に合わせて何ができるかを見ていくことが必要であって、中国は欧米に比べ一段階前の発展段階にあることを認識し、中国に正しい方向に動いてもらうという議論をしなければなりません。何割調整しろという議論をすること自体が不毛ではないかと、アメリカに対しては言っているのですがね。


川村

最後に、日本と中国の金融協力の今後のあり方について、意見を伺えればと思います。


渡辺

貯蓄の潤沢さで日中は似たような立場にありますが、日本の場合は、1980年代以降資本移動に制約がなくなり、世界全体に対して資金の出し手という地位を占めています。中国は、沿岸部では資金余剰ですが、内陸部では資金不足で西部開発のために海外からの資金を必要としています。これを、今後中国の中で資金を循環させていくことになっていけば、世界全体に対する資金の根源的な出し手の地位を、日本とともに中国が占めることになる時期がくると思っています。JBICがパンダ債を出す、ドルを介さずに人民元と円の直接取引を行うなど、資金移動の自由化に向けた動きを積み重ねていくことが重要です。
日中というこれだけ大きな経済が隣国として並立しているわけですから、それを一つにグルーピングすることで、世界に対していろんなことができますし、またそういう立場にも立つわけです。ただし、それは放っておいて成立するものではありません。政府や民間が互いに意識して進めていくことが必要であり、それがこれからの10年、20年の我々の課題ではないかと感じています。


川村

伺いたいことは多々あるのですが、国際金融の難しい話題を簡潔にお話しくださり、大変勉強になりました。本日はお忙しいところ、ありがとうございました。


渡辺

ありがとうございました。


ありがとうございました。


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