第15回 内需主導に向け、中国は為替レートの制限緩和と需要拡大策が必要

ゲスト 吉野 直行氏 慶應義塾大学経済学部教授

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対談動画(大和スペシャリストレポート)

中国は、輸出依存による高成長から、内需拡大による成長持続を目指していかねばならない。今後、必要な政策は、為替レートについて固定制からバスケット通貨制の方向に動いていくこと、経済成長を維持するために内需の中に成長を支える柱を作っていくことだ。 内需には、消費だけでなく、住宅投資、公共投資があり、政府消費として教育、年金、医療、社会保障も増加が見込まれ、各分野で適切な政策対応が必要となる。 為替レートに関しては、バスケット通貨のウエイトを徐々に変えていく調整が適当だ。今後は、元とユーロ、元とウォンのように、自国通貨と他国通貨との交換開始というかたちで取引を拡大していくべきである。

川村

本日は慶應義塾大学の吉野直行先生をお迎えしました。先生は、財政政策、金融政策を含め経済政策全般にわたるオピニオンリーダーであり、さらに日本を代表する研究者として活躍されています。また、アジア、とりわけ中国と縁が深いと聞いていますが、先生と中国との縁の始まりはどういうものだったのでしょうか。

吉野

最初は、1990年、91年に訪問した北京です。そのときは、慶應義塾大学と中国人民大学の間で、計量経済学の普及に向けた学問的交流をしようというのと、当時私が政策金融を専門にしていたことから、中国でも政策金融を活用して経済を発展させていったらどうかという提案を携えて訪問しました。それ以来、北京とは非常に長い付き合いとなり、たくさんの友人がいますし、私の研究室の卒業生も北京や上海でたくさん働いています。


川村

先生は審議会等で、日本の政策決定を間接的にリードされておられますが、そうした政策形成と関わり合いの生じた経緯、それらの政策決定過程で蓄積されてきた考え方の成果について伺いたいと思うのですが。


吉野

私がアメリカで勉強していたときの指導教授は、サッチャー英首相の経済顧問であったアラン・ウォルターズ先生でした。私がちょうど大学院の博士論文を仕上げたときに、彼は経済顧問として英国の首相官邸に戻ったため、私は彼との間で手紙を頻繁にやりとりしながら指導を受けていました。そして、博士論文を完成させ、すぐイギリスに論文の発表に行ったのです。その後、アイルランドを初め各国の中央銀行で論文を発表する機会を得られたり、各国の財務省等でも発表の場を作ってもらったりというのが政策形成との関わり合いの最初でした。現実の政策とある程度関わっていかないと、本当の経済学はできないだろうと考えていたのです。もう一つは、アメリカの新しい経済学の理論は、ほとんどの場合現実の経済の分析から生まれて来るのですが、他方、日本の経済学者には、アメリカで作られた経済学のModelをもとに研究し、前提を変えたりして論文を書く人達もいます。私はアメリカで勉強した後、スウェーデン、ドイツ、フランスといったヨーロッパ大陸の研究者と一緒に論文を何本か書いたのですが、その過程で彼らとアングロサクソンの世界との違いをひしひしと感じることになったことです。そこで考えたのは、政府の役割というものがある程度あるのではないかということでした。その理由は、彼らが英語を母国語としないからです。つまり、英語を母国語とする国民は、ビジネスの世界ではどの国に行っても情報が全部取れますから、普通のビジネスマンでも勤まるわけです。しかし、ドイツやフランスでは、英語は母国語ではないので、英語を母国語とする国民からみるとハンディを負っていると見ています。そこに、ドイツなどでは、政府の強い役割があるとしていることを勉強しました。そういう意味では、スウェーデンや、ドイツ、フランスの学者と一緒に論文を書いていると、日本とものすごく似たところがあると感じました。ある程度の政府の関与というのは必要なのではないかということです。もちろん、あまりに政府が関与し過ぎて規制が多いということは良くないのですが、完全にアメリカ、イギリスと同じにしたら、日本は負けるのではないかという気もしたのです。


川村

公的な関与の必要性について、今の視点は非常になるほどなと思いました。ところで、日本経済は10年、15年デフレと言われ、デフレ脱却が一つのテーマとして掲げられています。その中で、インフレターゲット論が盛んに唱えられていますが、インフレターゲットと称されるものにも濃淡があり、ヘリコプターでマネーを撒く、つまりマネーの供給を増やしさえすればいいというような議論から、もう少し実体経済とセットで考え、どちらかというとマネタリーポリシーを触媒のようなイメージで捉えている学者もいれば、そもそもデフレで構わない、インフレになどすべきではないというような議論までが錯綜していると思います。先生はインフレターゲット論に対してどのようにお考えでしょうか。


吉野

日本の一番の問題点は、構造問題であるのにそれをあたかも金融政策で変えられる、ある程度のノーマルな中での変化というふうに、間違えて考えている方が多いのです。FRB副議長のジャネット・イエレンさんと議論する機会があったときに、私は今の日本の一番の問題点は高齢化だと思う、これは構造問題だと言ったのです。これは金融政策では解決できないものです。つまり、高齢者が多くなりすぎて若い人が少なくなると、当たり前の話ですけれど、年金の負担も大変ですし、社会保障費用も増えてくるわけです。そのとき、重要なことは、高齢者になるべく社会で長く働いてもらうことで、若い人と少し年をとった人たちが一緒になって、うまく日本社会の効率性を上げていくということだと思います。これは、金融政策で対応できる問題ではありません。それを、あたかも金融政策ですべて対応しようということ自体が間違いです。それから、元気な高齢者に社会に対し貢献し続けてもらうことも重要です。高齢者は、子どもは学校を卒業し、住宅ローンも大概払い終わっていますから、自分と奥さんが生活できればいいわけで、そんなに給料がなくてもいいわけです。職場の中で、元気で非常に能力のある高齢者にどういうかたちで働いてもらえたら、最も効率的になるかということを考えるべきです。そうすることが職場全体の効率性を上げますし、社会保障や年金に必要なお金も減らすということにつながっていきます。一番の問題点はそこにあるのに、マネーサプライとか金融政策が問題だとか言っているのです。


それから、インフレ目標ということですけれども、私は高いインフレ率を抑えるときにインフレ目標という考えは採りうるとは思いますが、物価が低位の状態なのにそれを上げろというのには、私個人としては少し違和感があります。景気を良くすることによって、徐々にインフレ率が上がるというのは分かります。例えば、これから石油価格が大きく上がったとすると、何にもしなくてもインフレになるわけです。それでも、景気が良くなるわけではありませんから、これをいいインフレとはいえないでしょう。私は、デフレの状況では景気回復の方が重要であり、他方でインフレが非常に高い水準になったときには、インフレを抑えるインフレ目標というのが重要だと思います。


川村

お金の需給関係によって景気の方向性が変わるというのは順序が逆だなと奇異な感じを受けていたのですが、今の話を聞きその意を強くしました。インフレターゲットと同時に語られる問題ですが、日本の中央銀行の機能あるいは独立性と、財政政策との関係、生臭く言えば、日本銀行と財務省との棲み分け、関係のあり様といったような議論についてはどのように考えておられますか。

吉野

私は、ある程度経済がノーマルな状態で浮き沈みのあるときには、金融政策が効くと思います。ところが、大きな構造変化が起こったようなときには、金融政策では対応できないわけです。ケインズが1930年代に登場したのは、そうした大きな構造変化のときには、フィスカル・ポリシー、財政政策で対応していかなくてはいけないということを唱えたからだと思うのです。

今、日本の最大の問題は構造問題です。高齢化の進展と、産業構造の変化で日本の企業が円高の中で中国や韓国と比べると非常に苦しいということですから、これは構造改革と財政政策で対応すべきであって、金融政策の微調整では対応できないと思います。ですから、役割分担をはっきりさせないといけないと思うのです。一部の政治家の方は、何でも金融政策で解決できるのではないかというように思われて、金融政策が悪いと言われるのですが、そうではないと思います。つまり、金融政策で対応できる範囲と財政政策で動かしていく範囲とをしっかり見定めなくてはなりません。


それから、もう一つは、日本の財政は今ものすごい赤字で、ギリシャよりも財政赤字の名目GDP比率が高い状態です。それなのに、なぜ日本の財政が維持されているかというと、過去に蓄積された国内の貯蓄があって、それが預金として銀行に預け入れられ、銀行は貸出先があまりないので、国債を買っているからです。年金基金も国債を抱えています。運よく国民の金融資産として国債を持ち続けていたわけです。しかし、今後このまま国債が増発されていくと、国民のネットの金融資産では持ちきれなくなりますから、今度は海外に国債を売らなければならなくなります。そうすると、ギリシャと同じように非常に不安定になってくると思います。そういう意味で、最も重要な財政政策は、構造変化に応じた改革を行うことによって、高齢者の社会保障や、年金というものはなるべく抑制していき、財政赤字の拡大を止めるということだと思いますね。


薛軍

少子高齢化、財政赤字、円高の3つの深刻な問題に、日本は悩まされています。その中でも、財政問題は今ここにある危機に他ならないと思います。日本の財政については、どう考えておられますか。


吉野

今の状況をみると、日本の財政赤字はすごく大きいのですが、これと個人が持っている金融資産とを相殺することができますので、まったく問題ないのです。ですから、今の状況であれば国の破綻はありえないのです。それはどういうことかと言うと、我々の持っている預金がゼロになるということです。つまり、預金が国債を持っている、あるいは我々の預けた生命保険が国債を持っていますから、相殺しましょうということになると、我々がたくさん持っていると思っている1,450兆円の金融資産が、ちょうど政府赤字とバランスしますので、国の破綻ということはないのです。だから重要なことは、これ以上国債を増やさないということです。それでは、国債が万が一増えたときに外国人が買うかどうかを考えると、変な話なのですが、今の円高というのは、外国人が日本に投資してきているわけで、しかも短期国債を買っているのです。ということは、これだけ日本の将来が不安でも、短期的には日本の国債の方が、ユーロやアメリカの国債よりはまだいいかもしれない、と今は見ているわけです。

薛軍

中国に話題を転じますが、今年になって、中国政府は自らGDP成長率の目標を低めに設定しました。その意味をどうとらえるべきか、その背景をどう見るかについてコメントをお願いします。


吉野

しばらく前に中国の高官から、8%の成長を中国は維持し続けないといけないという話を聞きました。そのときには、どの社会層の人も含め皆の所得が成長するのが8%だという話でした。皆の所得が成長していれば、少しぐらい所得格差が出てきても、それがクッションとなり大きな不満は出てこないだろうと聞いていたわけです。ところが、今回いろいろなショックが生じたことで、今後中国が目指していかなければならないこととして、内需の拡大を図っていく、為替レートに関してある程度柔軟に考えていくという点があげられています。為替レートの制限下で外貨がどんどん溜まり、それがマネーサプライにそのまま結びついていくと、バブルが生じる可能性が出てきます。ですから、中国に必要なことは、これまでの輸出依存による成長を内需主導の拡大に変えていくと同時に、マネーサプライのコントロールをきっちり行うということだと思います。現在、中国は、銀行の貸出などを制限することによって、金融のオーバーヒーティングを防ごうとしています。日本のバブルのときも、同じようにマネーサプライが増えていました、それを総量規制というかたちで、不動産向けの融資規制をしようとしたのですが、結局いろいろなところからお金が流れていって、バブルは抑制できませんでした。バブルの進行を止めることができなかったわけです。その意味で、中国に今後必要なことは、為替レートについて、固定制からバスケット通貨制というような方向に動いていくこと、同時に経済成長を維持するために、内需の中に成長を支える柱を作っていくことだと思います。


薛軍

内需には、主として消費と投資があります。今の中国の成長は外需依存ですが、私から見るとそれと同時に投資依存といった問題もあります。日本の投資率は高い時で30%程度ですが、中国のピーク時の投資率は40%台ですので、内需でも投資にはもう依存できなくなっています。消費が残されていますが、今、消費だけで中国経済を引っ張って行くには材料不足だと思うのですが。


吉野

GDPのコンポーネントは、消費と投資ですが、投資には二つあって、企業の投資と住宅投資があります。それから政府支出ですが、これも公共投資と政府消費支出があります。あとは、輸出と輸入です。そうすると、消費だけを増やさなければならないとは限らないわけです。中国では、普通の中間層にとって住宅投資は重要です。上流層は既に十分な住宅資産を持っていますが、住宅政策としてきちんと対応し、中間層、低所得層にも住宅取得の道を提供することによって、投資IのH、いわゆる住宅投資を増やすことは十分可能だと思います。さらに、公共投資を中国全体に広げることにより、GのI、つまり政府支出の投資部分もこれから増えていくでしょう。


薛軍

年金や教育も重要でしょうね。


吉野

それはGのCです。それには、長期の投資が中国で今後必要になります。そして、長期の投資を促すためには、生命保険とか年金という金融制度が必要となってきます。アジアの金融は、今、銀行中心で、短期なのですが、サブプライムローンやユーロの危機を経て分かったことは、やはり長期の金融が必要だということです。アングロサクソンの世界を見ると、債券市場があり、この社債の市場で、長期の資金を調達することができます。一方で、日本には従前、長期信用銀行があり、ここが長期の安定的な資金を提供していました。


私は、銀行の中に、政策金融や長期資金を担う金融機関を、日本の高度成長期同様に作るというのが、一つのやり方としてあると思います。そのためには、長期で資金を預ける人がいないといけないわけですが、長期で資金を預けるのは、一つは生命保険、それと年金基金です。中国も、これから高齢化が進んできますから、ある程度公的な年金や私的な年金を作り、そのお金を長期の投資で運用するというかたちになっていくと思います。そういう意味で、資金の供給サイドと需要サイドが必要です。需要サイドは長期の資金を使い、例えば長期のインフラ投資をしていくことになりますが、これも国からの資金だけではなくて、PPP(Public-Private-Partnership=官民協調)によって民間と国の資金を合わせて効率性を保っていくということが必要だと思います。ですから、私は消費だけが中国で期待できる内需ではなく、住宅投資、公共投資も増え、さらに政府消費として、教育、年金、医療、それに社会保障といった分野にも資金が回っていくと思います。


薛軍

大変勉強になりました。住宅投資は、バブルにつながるかもしれませんので、日本の教訓を活かしてどうやって防いでいくかが課題ですね。

吉野

今、私は三つのバブル指標というのを作っています。これは、金融が銀行中心の経済において、気をつけていかなければならない指標です。アメリカやイギリスでは、バブルの指標というのはキャピタルマーケットがそれなのですが、金融が銀行中心のアジアには適用できませんので、新しいバブル指標を作りました。


一番目は、住宅・不動産向けの貸出金を全体の貸出金で割った比率です。日本も、今回のアメリカも、さらに中国もそうですけれども、バブルのときにはこれが上昇します。日本は、16%が33%程度まで上がりました。ですから、この比率を注意深く見守り、この数値がトレンドとして上昇し始めたときは、まずバブルではないかと疑うべきことです。


それから、二番目は、住宅・不動産向けの貸出金の伸び率と経済成長率との伸び率の差です。住宅・不動産というのは、経済で活躍している企業や個人がその住宅に住み、またオフィスビルを借りているわけです。そうすると、彼らが払える賃料は、経済成長率以上になるはずはないわけです。そうすると、経済成長率を上回って住宅・不動産向け貸出金が伸びていき、その経費の支出が大きくなっていくということは、やはりおかしいわけです。


三番目は、住宅価格と所得との比率です。これはアメリカでも日本でも見られ、アメリカのサブプライムローンのときは急速に上がりました。それが今、また元の数字に戻ってきています。日本も同じです。この三つの指標をよく見て、指標がちょっとおかしいなと思ったときには、人々に対して、銀行に対して警告を発するということが重要だと思います。


薛軍

日本のバブル時代には、この三つの指標からすべて警告が出たのですか。


吉野

そうです。まず、住宅・不動産向けの貸出の総貸出に占める比率が大きく上昇していきました。当時、皆が日本の不動産価格は下がることはないと思っていました。それには、ちょうどベビーブーマーの人たちが住宅を買う時期でもあったので、住宅価格が上がる前に買おうという動きがまず一つありました。もう一つは、東京市場がアジアの金融の中心になり、外国から多くの金融機関が日本に進出し、アジアへの投資をしていくと考えたことから、オフィスビルが足りなくなるとみられていました。それで、投機的な動きが大きくなったのです。住宅・不動産向けの貸出金の伸び率と経済成長率を見れば、その差は非常に大きくなり、住宅価格もさらに高くなっていましたので、この三つの指標はバブル時の日本に全部成り立ちました。今回のサブプライムローンのアメリカでも、同様です。現在、中国人の学生と一緒に、これが中国でも成り立つことを証明しようと思っています。


薛軍

ぜひ後ほどその結果を聞かせてください。6月1日から、東京及び上海市場で、人民元と円との直接取引ができるようになりました。人民元の国際化は、中国の金融資本市場開放に向けた重要な一環として位置づけられています。また、中国政府の国際戦略ともされていますが、自由化の一番のネックは、資本の自由化と見られています。人民元の国際化について、その見通しなどをお聞かせください。


吉野

人民元については二つ問題があって、為替レートの変動をどうするかと、資本移動をどうするかという問題があります。最終的には、人民元も円と同じように自由に変動することにより、完全な資本移動の自由を実現する、これが最後のゴールだと思います。まず、為替レートに関しては、私は、バスケット通貨制により、そのウエイトを徐々に変えていくということが妥当だと思います。今、アジアの国々に関して動学的な分析を行い、いくつか論文を書いているのですが、バスケット通貨政策を採用して、その最適なウエイトを目指し徐々に為替レートを動かしていくことにより景気と物価の安定を得ることができるということを、シンガポールとマレーシアに関して計量的に示すことができました。中国も、アジア諸国と同じように、現在バスケットにおけるドルのウエイトが高いわけですが、ユーロ、円、その他通貨を含め、そのウエイトを変えていくことが必要です。また、ウエイトの設定は貿易ウエイトだけではなく、それぞれの国とどれくらいの資金取引があるかという資金の流れや、財・サービスの流れなどを考えないと本当の最適値を出すことはできません。少し難しい数式なのですが、中国にこの式を当てはめれば、最適なウエイトを示すことができます。実は、数年前に中国でそれを発表したことがあるのですが、吉野先生の数式は難しすぎる、もう少し易しいのがほしいと言われてしまいました。


薛軍

人民元の取引を自由にして人民元が上昇すると、中国企業の一部は採算がとれなくなります。今は人民元の壁があるからこそ、中国で付加価値の低い産業が生き残っていられるのですが。


吉野

バスケット通貨制の最適値を目指して、徐々に動かしていくということであって、為替レートを急に変えるということではないのです。ゴールがあそこで、何年後ぐらいにあそこまで行きますよとすれば、企業もそれに向かってどう内部の構造を変えていくべきかを考えることができます。一番まずいのは、急に為替レートを自由化することです。


薛軍

人民元の自由化には、これからどれぐらい時間かかると考えられていますか。


吉野

これはデータを見ないとわかりませんが、他の国の例を見ますと、5年とか7年とその国の構造によって違ってきます。また、中国国内の内需がどのくらい良くなるかということも大きな要因になると思います。それから、資金の移動に関しては、中国と日本の間における元と円の直接の交換ということが非常に重要です。なぜかは、外貨準備はしばらく前までほとんどドルでしたので、中国も日本も大量のドルを持っていますが、今回のサブプライムローンやいろいろな危機で、外貨準備にドルだけを積んでおくのは望ましくないと分かったのです。それがまず一つです。二番目は、日本と中国の間の貿易取引の多さです。決済のつど、元をドルに、ドルを円に替えるとしたら、そんな馬鹿らしいことはありません。互いの貿易取引が多いのであれば、それに見合った外貨を持ち合っていればいいのです。


日中両国の取引、決済は元と円で済ますのが一番いいわけで、その意味で今回元と円の交換が実現したことは、素晴らしいことです。中国は、元とユーロ、元とウォンというように、今後は自国通貨と他の国の通貨というかたちで取引を拡大していくべきで、世界の共通通貨であるドルを通じて取引するというかたちにはしない方がいいと思います。そういう意味で、中国の外貨準備の理想は、バスケット通貨のウエイトに応じた外貨をもつということです。


川村

先生は、アジアの金融資本市場について、とりわけASEANで、金融協力として長期や現地通貨建ての資金調達手段、あるいは運用手段を作ろうと尽力されています。アジア通貨危機以降のASEAN諸国を中心としたこれらの金融協力の成果についてどのように評価されていますでしょうか。


吉野

大きな流れとして、長期で安定的な資金を提供していくには債券市場が必要だということで始めてきたわけですが、そんなに早く債券市場が育成できるわけはありません。日本でも、債券、社債の市場というのはまだ不十分にしかできていないわけで、やはり銀行中心なのです。個人的には、社債市場の発展を促すと同時に、長期資金を安定的に提供する金融機関を作るのがいいのではないかと考えています。その一つが、政策金融機関、長期信用銀行であり、もう一つは年金基金と生命保険です。アジアは、これから高齢化に向かいます。すると、生命保険や年金の需要が高まってきますから、そういう銀行ではない金融機関を育成し、その資金を長期資金として金融市場に流していくことが必要になると思います。

アジアでは、インフラの整備がこれから必要です。中国も、地方に関してはインフラがもっと必要だと思います。そのとき、インフラ整備のための長期の資金として、PPPで効率性を確保することで、国の資金と同時に年金や生命保険の長期の資金の流入を促すことも必要です。この一つに、インフラボンド、あるいはインフラ・レベニューボンドと言われるものがあり、今少しずつアジアで行われています。


それから、もう一つアジアで重要なのは、欧米の人たちはあまり言わないのですが、中小企業金融です。アジアに行くと、経済の担い手は中小企業だと分かりますから、これらの中小企業を安定的な資金でいかに育成するかが重要です。しかし、こうした企業が社債を発行できるのかというと、いくら債券市場が発達しても、それは無理でしょう。そこで、今、一生懸命やっているのは、中小企業のデータを整備することです。中小企業が、どういうビジネスをしているのかをある程度分かるようにして、それをアジア共通のデータベースにすれば、アジアの中で国を超えて金融機関がお金を貸しやすくなります。そうすることで、アジアの貯蓄をアジアの中で回していくことができるのではないかと考えています。日本では、CRD(中小企業信用リスク情報データベース)というのを作り、中小企業のデータを信用保証協会及び金融機関を通じて集めています。それで、同じような方法が採用できるかどうか、タイ、マレーシア、インドネシアで、中小企業庁や財務省と一緒に研究していまして、APECとも一緒に研究しています。


川村

視点を変えた質問になりますが、現在、先生は慶應義塾大学に加え、アジアのいろいろな大学でも教壇に立たれており、昨年には中国の社会科学院でも教鞭をとられました。また、以前にはアメリカでも教えられていたというように、全世界の若い学徒を相手にされています。そこで、現在のアジアの学生と日本の学生とを比べてみたときに、教育者としてどのような印象をお持ちでしょうか。


吉野

昔、アジアの国々を回っていたときにどういうことを考えたかというと、日本人が少しくらい怠け者になってもアジアの学生には負けないだろうと当時は思ったのです。その理由は二つあるのですが、一つ目は図書館にあまり本がないことです。一方、日本の図書館は非常に充実していて、ジャーナルも主要なのがありますから、勉強しようと思えば勉強できる環境です。二番目は、東南アジアはやはり暑いのです。相当暑いので、日本人が怠けて勉強量が8割、7割になっても大丈夫と思いました。しかし、これが完全に覆ってしまいました。今は、英語さえできれば、インターネットで世界のどんな文献でも読むことができますし、東南アジアでも冷房が効いています。この前、北京大学に行ったときに、北京大学の先生と一緒に図書館でちょっと喋っていましたら、学生が皆私たちの顔をうるさいなという感じで睨むのです。これは大変だ、日本の図書館とは違うなと思いました。アジアの学生はものすごく勉強していますね。日本の学生の強みだったのは、数学力が強かったことだと思うのですが、それをゆとり教育のときに完全に間違えました、アジアの国が、皆一生懸命教育に力を入れているのですから、日本もきちんと教育をしていかないと負けていってしまいます。それから、私が授業で心がけているのは、学生に目標、目的を持たせることです。目標を設定することで、授業の理解が一層深まっていくのです。最後に、日本人の学生の英語力は駄目ですね。中学校、小学校から、英語で聞く、喋ることができるような教育を続けていかないと、グローバル化の中で日本だけが遅れていってしまうと思います。


川村

多方面にわたり、非常に要領良く我々にも分かりやすくお話いただきまして、本当にありがとうございました。


吉野

ありがとうございました。


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