対談動画(大和スペシャリストレポート)
本日のゲストは、アサヒグループホールディングス相談役の福地茂雄さんです。福地相談役は、アサヒビールの社長、会長、さらにNHKの会長として、また芸術・文化関係にも多大な貢献・功績を残されております。加えて大学教育にも、大変造詣の深い方でいらっしゃいます。まず、中国との関わりのきっかけについてお聞かせください。
私が50年間おりますビール会社は、どちらかというとドメスティックな産業でした。それでも、国際化がだんだん進み、アサヒビールも世界に出て行こうとする中で、1994年に杭州ビールの株を取得して杭州ビールの経営に乗り出したのが、中国とのお付き合いの始まりでした。現在は、北京ビールや深圳などでスーパードライも作っています。そのほかに、山東省では循環型農業を手がけたりしています。それと杭州ビールの経営に参加した1994年に、中国、韓国を含む東アジア、東南アジアからの美術、音楽に限った留学生にアサヒビール芸術文化財団がスカラーシップを始めまして、学費を補助しています。奨学金を受けた中国からの留学生は60名以上に上りますが、現在そういう方々が中国各地で芸術家として活躍しているのを非常に嬉しく思います。芸術の方もビールの方も、両方ともお付き合いは1994年からです。
2011年から新国立劇場の理事長もなさっていますが、その活動内容をお聞きかせ下さい。
福地
NHKの会長を辞めると決まったときに、文化庁からNHKを辞めたら新国立劇場の理事長を引き受けてくれませんかという申し出がありました。実は、劇場経営についてはNHKに奉職する半年ほど前に、東京都から東京芸術劇場の経営を手伝って欲しいという依頼があり、館長に就任しました。そこで、東京芸術劇場と新国立劇場とが一緒にコラボレーションすると、両方のいい所を活かせるのではないかと思い引き受けたのです。その結果、東京都と新国立の両方で劇場経営をすることができました。アサヒビール時代、私は経営の判断の軸足というのは、顧客満足、お客様目線だと言っていましたが、東京芸術劇場では観客目線で仕事をしてほしいと言い、NHKでも視聴者目線で話をしてほしいと言ってきました。この顧客目線、観客目線、視聴者目線というのは、全てBtoCの世界で不特定多数のお客様を相手にする点では同じものです。つまり現象面が違うだけで根本は一緒、経営の軸足は一緒という意識で仕事をしてきました。
2012年は日中国交正常化40周年ということで、この夏に東京と北京の双方で新国立劇場が中国と共同でオペラのアイーダを上演することになっていますが、こうしたイベントを開くこととなった経緯、あるいは苦労されたことをお聞きしたいのですが。
私の就任前ですが、2010年の夏に中国の国家大劇院から、日中国交回復40周年の記念イベントを一緒に開きませんかという話がありました。新国立劇場でもぜひ一緒にということで引き受けたのです。ただし、予想もしなかった問題が生じたのが、2011年3月の東日本大震災でした。大震災により電力不足問題が発生したため、去年の夏は節電にいろいろな工夫をし、非常な苦労をしました。それに、原発事故では中国を含め多くの外国の方が帰られたので、果たして公演が成り立つかどうかという問題もありました。今は、これらの問題も落ち着いてきましたので、文化庁委託事業として準備を進めています。上演はコンサート形式で、7月の終わりに日本の新国立劇場で2回、8月の初めに北京の国家大劇院で2回という予定です。
薛軍
アイーダは共同開催ですね。北京と東京では、それぞれの別のメンバーが演じるのでしょうか。
福地
主役級の6人のメンバーは、中国3人、日本3人です。アイーダは、和慧さんという中国の方が東京、北京とも演じますが、ラダメスとアムネリスは日本人が東京、北京とも演じ、アモナズロは中国の声楽家です。また、ランフィスは東京では日本の、北京では中国の歌手が演じ、エジプト国王は東京では中国の、北京では日本の歌手が演じます。合唱団は合同演奏で、ちょうど半分半分となります。それから、指揮者は東京では日本人の指揮者、北京では中国人の指揮者です。オーケストラについては、大人数で動かすわけにはいきませんから、東京は東京フィルハーモニー交響楽団、中国は国家大劇院管弦楽団が演奏します。このように、すべて日中半々のかたちで準備を進めています。
薛軍
中国の文化と芸術は、古くから日本に非常に大きな影響を与えていますが、特に強く感じられるのはどのような点でしょうか。
福地
日本の文化は、芸術文化も、食文化も、衣服の文化もそうですが、中国、韓国、要するに大陸の影響を受けています。その中でも、中国の文化で一番優れていると思うのは漢字の文化です。西洋には、美術、絵の文化はありますが、書の文化はないですよね。一方、中国の文化には、北京の故宮博物院にすぐれた書が集められているように、書の文化があります。書の文化というのは漢字の文化ですが、あれほど難しい漢字をたくさん覚え、それを自在に表現して書くという文化がよく育ったものだなと思います。私は書が好きで、書は絵に通じ、書き方が絵になると思っています。
中国と日本の間の芸術観の相違について伺わせて下さい。
いろんな面で芸術観というのは似ているのではないかと思います。陶磁器の文化など、特に中国と日本は似ていると思います。それから、スポーツの文化にしても、日本人が上手なのは中国人もだいたい上手ですよね。得意な分野が似ています。卓球や、この頃ではバレーボール、マラソンがそうですね。一方、絵画の文化については少し違うかなと思います。中国の絵はあまり知らないのですけれども、やはりヨーロッパの芸術観が先に出てきます。
川村
昔の中国の絵には、竹林や森などのイメージが出てきますが、今、たとえば北京に行って真っ先に受けるイメージは、ビルの石のイメージです。東京もビルは多いものの、ビルとビルの間などに、木や緑といったよく言えば繊細な、悪く言えば弱々しいものが結構あります。一方で、中国はビルも規模が大きくて何かピラミッドのようなイメージを感じます。こういうところに、何か日中間で芸術観に違いがあるのかなと、ときどき思うことがあります。
福地
中国の国土からくる民族性も合わせて、スケールの大きさなど文化の違いというのはあるでしょうね。スケールというのは、物理的な大きさと、時間的な長さです。アサヒビールで中国企業との合弁に携わったときに、日本と同じような時間観念で数字や結論を求めたら失敗するとよく聞かされましたが、やはりそんな感じがしました。
川村
文化、芸術との絡みでは、特に東京を中心とした大都市と、地方の間でよく言われている格差が、芸術文化の面でも出てきていると思います。歴史を紐解いてみると、九州は大陸の先進文化の入り口でして、福岡に鴻臚館もありましたし、江戸時代は長崎が文化の大きな輸入窓口でした。文化の先進地域であったこうした地方が地盤沈下したのか、それとも東京が台頭してきたのかはわかりませんが、たとえば美術館、博物館での展覧会、劇場での上演などの回数や日数は、東京が圧倒的に多いのです。こうしたいわば文化の地域間格差ともいうものについて、何か感じる点はありませんでしょうか。
二つあると思います。一つは、地方と東京の間に固有の文化の違いはないと思うのです。三代続けて東京に住んでいる人がどれだけいるかを考えてみればわかります。東京に住んでいるのは、九州や東北を始め地方から流入してきた人たちで、三代続けて東京に住み続けているような人たちは、ごく限られています。ですから、今東京に住んでいる人は、みんな故郷の文化を引きずって持ってきています。浅草の三社祭に行ったことがありますが、神輿を担ぐのは、浅草神社の氏子よりも他所から手伝いに来ている人たちが多いのが実状です。だから、お祭り自体は地域の固有の文化ですけれども、お祭りに参加している多くの人にとっては、彼らの文化ではないのではないかという感じがします。一方で、地方では住んでいる人がだんだん減っていくので、地方の固有の文化が担い手を失い、非常に弱くなってきています。つまり、地方の文化、地域の文化というものをもう一度見出していかないといけないと思います。
それから、もう一つは、東京の文化は幅広いということです。舞台芸術でも、歌舞伎、バレエ、オペラ、現代舞踊、演劇という具合です。東京の人はこれらに接する機会が多いのですが、地方の人が接する機会は非常に少ないのです。新国立劇場は新宿にありますが、東京の人だけに舞台を見てもらうということではいけません。あくまで国立の劇場なので、幅広く全国の人々に親しんでもらうのが大事だと思うのです。そこで、地方公演を行おうと企画していましたが、今年から半額を文化庁で負担するという予算措置ができましたので、これから本格的な地方公演に乗り出していこうと考えています。しかし、地方には場がないのですよ。たとえばオペラを上演しようと思ったら、フルオーケストラ編成でしょう。オーケストラピットがある劇場がどれだけあるか、場面転換ができる劇場がどれだけあるか、となるわけです。だから、地方に持っていくときには、地方用に形を整えて持っていかなければなりません。たとえば、コンサート方式のフルオーケストラとすると人件費がかかりますから、録音したものでオペラやバレエを上演する、オペラの場合でも歌手だけ並んで、象やラクダを使わずアイーダを上演する、そういうふうな形に変えています。また、メディアの活用も考えています。なにしろオペラのチケットは高いですからね。二人で行くと五万円から十万円もかかります。もっと、オペラに入門しやすいようにしないと客層が増えていきません。裾野をどう広げていくかというときに、簡易に取り組める方法の一つがメディアを利用することです。そのときにも、まず視聴者の視点が大事です。たとえば、相撲中継はきっちり6時前に終わります。取り組みが長引いて6時半までかかったということはまずありません。野球放送もだんだん短くなってきて、今では2時間ちょっとで済むようになりました。オペラの番組を製作するときにも、オペラは4時間、5時間かかるのが当たり前だと思わずに、初心者がオペラにもうちょっと親しむために、気軽に見られるもう少し短い時間で番組を作ってほしいのです。そうしながら、地方での公演を増やす、地域の人に舞台に親しむ機会を与える、ということが必要になってくると思いますね。
薛軍
日本企業の経営の特徴、その強さ、弱さについてお話しいただけますか。
福地
今、経営に一番必要なことは、変化への対応ではないでしょうか。私は、話をするときによく3次元の変化の時代と言うのです。今、変化が起こっていない分野ってないですよね。例外なしにあらゆる分野で起こっています。例えば、私がアサヒビールに入ったときには、ビールは麦芽が3分の2以上入ったものでしたが、麦芽が半分という発泡酒ができましたし、今は麦芽をまったく使わないビール風飲料が出てきました。当時からは考えられない時代ですよね。写真フィルムもそうです。1990年代まで、カメラにはフィルムを装填して撮影していましたが、1990年代に「写ルンです」というカメラ不要のレンズ付きフィルムが出てきました。それが2000年代に入ると、デジタルカメラ化の進展で写真フィルムが不要になってしまいました。各分野で変化というより変革が起こってきています。その変化を読み取り適応していかないと、会社自体が立ちいかなくなってしまいます。写真フィルムに依存しすぎたコダック社がいい例です。
二番目はスピードですね。よく日本で、経営資源はヒト・モノ・カネと言いますが、ヒトというのは、教育により質を上げること、社員を集めることで量を増やすことができます。カネというのも、増資をするか借りてくるかで増やすことができます。考えてみると、増減させることが何もできないのは、時間だと思います。オバマ米大統領も福地茂雄も1日24時間しか持っていません。つまり、この時間という経営資源をいかに有効に使うかが、経営者に求められていることだと私は思います。次に、今の日本の経営者に求められているのは、最初に言いました顧客目線です。競争が激しくなってくると、コンシューマーとコンペティターを見る順番を間違えることがあります。競合他社が何をしているのかと様子をうかがう前に、まず自分の会社がお客様に対して何を提供できるか考えなければなりません。自分のところの強みである、企業のコアコンピタンスをどうやって活かしていくかということが、大事なのではないかと思いますね。
川村
最後に、日本と中国の間の文化、芸術交流に関する今後の見通し、あるいは相互理解をさらに発展させていくためのあり方についてお話をお願いします。
福地
歴史を振り返ってみますと、19世紀というのはヨーロッパの世紀、20世紀はアメリカの世紀だったと思いますが、21世紀はアジアの世紀でしょうね。今、日本の主要都市はみなアメリカの方角である太平洋側を向いていますが、21世紀のアジアの時代になると、長崎が一番大陸に近くなります。中国とも日本で一番近いわけです。私は、煙台、北京、上海や深圳に行ったことがありますけれども、飛行機では成田空港を飛び立ち長崎の五島列島までの時間より、五島列島から上海までの方がはるかに近いのです。こうした条件を活かし、ヒトの動きの面では、日本と中国とでもっと行き来をしないといけません。そして、ヒトの動きに付いていくのが、芸術文化の動きだと思いますね。
教育の問題では、留学生の相互交換が重要です。長崎—上海間には数千円で行き来できる定期航路ができましたから、長崎大学が中心になって、もっと留学生の交換をすればいいと思います。長崎大学の強みはというと、九州の国立大学の中で唯一水産学部を有しており、さらに環境問題の専門学部を持っていることです。環境問題や東シナ海、日本海の水産資源にともなう問題は、日中間の固有のものだと思いますから、こうした長崎大学の強みを活かして、日中間のヒトの動きを増やしていくことです。ヒトの動きにともなってモノの動きが出てきますから、これが一番急ぐことだなと思いますし、ぜひ実現したいですね。
本当に今日は、多岐にわたる話を大変ありがとうございました。
ありがとうございました。
福地
どうもありがとうございました。
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