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第10回 助け合いや絆の強まりを新たなネットワークに拡げ、岩手の復興をアジアの発展へ

ゲスト 達増 拓也氏 岩手県知事

動画を見る(33:23)

対談動画(ダイワインターネットTV)

岩手県の復興計画は8ヵ年計画であり、今はまだ最初の1年が終わった初期の段階にある。内外を含めた多くの支援を受けたので、改めてお礼を申し上げたい。ただし、復興にいたるまでは引き続き支援や協力をお願いする。 復旧・復興の中で、するべきことを明らかにし、計画にまとめ、予算や事業のかたちにして進めていけば、地元の底力に海外を含め外からの力も加わって、大きな力で復興を果たすことができると思う。復興を果たした上で、アジアに貢献できる岩手県として、アジアの皆と一緒にアジア全体の発展に力を尽くしたい。

川村

本日は、岩手県庁に達増拓也知事をお訪ねしています。今復興・復旧に努力されている忙しい中で、いろいろ貴重なお話を伺えればと思っております。まず、岩手県の東日本大震災、大津波による全般的な被害の状況をお教えください。

達増

平成24年2月13日現在、死者4,670人、行方不明者1,315人、そして家屋の全壊・半壊が24,746棟に上ります。岩手県は津波の常襲地ではあるのですが、過去の大津波に比べても大変大きな被害でした。産業関係でも、水産業で5,649億円の被害が出ましたし、内陸の津波被害を直接受けなかった所でも、土木や農林関係の被害に加え、物流面の混乱、観光関係の風評被害など、被害は岩手県全般に及んでいます。


川村

岩手県は被害からの復興・復旧に際し、「いのちを守り、海と大地と共に生きる ふるさと岩手・三陸の創造」という大きな理念・スローガンを掲げられました。この理念を具現化する復興計画のポイントとはどんなものでしょうか。


達増

最初に、人命が失われるような津波・災害は今回で終わりにしようという決意の下に、防潮堤、防波堤といったハード面の整備に加えて、避難訓練、防災教育といったソフト面の対応も充実させ、安全を最優先に確保していきます。次に、町の形をただ作ればいいというだけではなく、人が暮らしていく、すなわち働いて稼いで生きる場を作っていく人間本位の復興がなされなければなりません。それには、岩手の海及び大地の恵みを活かしていくことが必要だと思ったのです。そして、地域資源を活かしながら、その加工や流通までも取り込んで6次産業化(1次(生産)×2次(加工)×3次(流通、販売))していく、そういう産業振興に向けた施策が復興計画の中身になっていきます。


薛軍

現時点での復旧・復興に関する進捗状況はどうでしょうか。


達増

岩手県の復興計画は8ヵ年計画です。まだ最初の1年が終わったところですので、復興は初期の段階です。海の側は更地のままでまだまだこれからという所もありますが、応急復旧措置で、仮設住宅の建設を進めましたし、各々の町の中や町と町を繋ぐ主な道路はほぼ復旧しています。水産関係の設備についても直せる所から直して、工場も水産加工業を中心にどんどん直していくということで、復旧が進んできました。また、仮設店舗や仮設商店街、観光関係の施設についても、とにかくできるところから手をつけて直していくという1年間でした。


川村

復旧活動は、まず地元である岩手県、各市町村が担うことになりますが、同時に国も関わってきます。国と地元自治体との連携は、どう機能したのでしょうか。


達増

県や市町村からの要望や提案について、かなりの部分は国に対応してもらいました。ただし、被災直後を思い出しますと、国土交通省関係の道路の復旧が典型的ですが、ひとつの省庁で話が済むことについては、各々の省庁に迅速に動いてもらったと思います。一方で、ガソリン不足のようにモノの確保に輸送が絡んだりして、問題が複数省庁にまたがると上手く対応できなかったり、国の指導力、調整力がいまひとつと思うところもありました。第3次補正予算の編成や復興庁の立ち上げについても、もう少し早くできたのではと思っています。

川村

私が感心しますのは、復旧での立ち上がり段階における計画策定やいろいろな組織体の組成で、岩手県は速やかな対応をされたと思うのですが、素早い対応が可能であった秘訣は何でしょうか。


達増

市町村と県との連携が密接にとれたことによると思います。典型的なのが仮設住宅の建設でした。被災地で一番先に着工し、一番先に完成したのが陸前高田市だったのですが、これは、県から担当者が陸前高田市に行き、市職員と一緒に取り組み真っ先に建てることができました。町長さんが亡くなるなど町役場の機能に大きな被害を受けた大槌町でも、県の担当者が町の担当者と一緒になって用地確保をしながら、仮設住宅の建設を進めました。


川村

厳冬となった今年、仮設住宅における暖房は問題なく確保できているでしょうか。


達増

12月に私も一泊してみました。備付けのエアコンに、持ち込んだ石油ストーブなどを組み合わせると、かなり暖かさは確保できます。完成後の手直しもあって、約13,000戸の岩手県の仮設住宅には、すべて防寒対策を整えました。


川村

健康、医療面はどうでしょうか。


達増

健康、医療の面でも、仮設診療所をできる所から立ち上げていまして、市町村の枠を超えた「医療圏」というエリアで対応する方式で、何とか被災地の医療ニーズに対応しています。本格的にそれぞれの地域の医療機関は再生していかなければならないと思っています。


薛軍

知事が、この1年で最も苦労されたあるいはされていることは何でしょうか。


達増

最初に苦労したのは、岩手県全体が停電になり、通信設備も使えなくなったことで、情報が途切れたことですね。沿岸の津波の被害を受けた市町村の状況がなかなか分からず、それが一番困りました。そして、今困っているのはマンパワーの不足です。特に専門家が足りないのです。建設土木関係の専門家や福祉関係の専門家も足りず、全国から広く応援を求めているところです。


薛軍

知事は、孟子の「浩然の気」を大切にされていると聞きましたが。


達増

するべきことをきちんとしていけば、そこに無限の力が湧いてくるというのが、浩然の気という言葉の意味だと思っています。災害からの復旧・復興という中でも、やらなければならないことをいち早く見つけて明らかにし、それを計画としてまとめ、予算や事業というかたちにして進めていけば、そこに大きな力、すなわち地元の底力が引き出され、また国からの支援を始めボランティアの皆さんの協力も含めた外からの力も加わって、復興を果たすことができると思っています。

川村

岩手県は復興特区の申請をされましたが、その内容を教えて下さい。


達増

最初に申請したのが、保健・医療・福祉に関する特区です。介護施設では、医師の必要配置数を緩和してもらわないと、被災地やそれを支援する内陸の方で十分な体制を整えることができませんので、それはすぐ認定されました。ほぼ時を同じく産業再生の特区も申請しています。これは、被災地やその周辺での新規立地に際し税制上の優遇措置を受けられるという特区で、近々認定される見込みです。


川村

東京での復興セミナーには相当数の人が来場していましたが、知事の講演での熱意に打たれて、岩手県に来てなんらかの産業に関わろうという人も増えてくるのではないでしょうか。


達増

土地も人も余力がありますので、ぜひ岩手県で事業を始めてほしいと思っています。


川村

中国や海外からという可能性はどうなのでしょうか。


達増

それも大歓迎です。今回の大震災では、中国やアメリカ、イギリスから緊急援助隊に来てもらいました。また、海外からの義援金や寄付金、緊急支援物資の送付、そしてボランティアによるいろいろなお手伝いがありましたので、岩手県民も改めて国際的な協力が大事だと、復興についても国際的な協力を受けながら実行していかなければという意識が浸透したと思います。ですから、岩手県への海外からの新規投資や事業拡大は大歓迎です。


川村

世界文化遺産となった平泉など、海外向け、特に増加する中国からの観光客に岩手県の豊富な観光資源をもっと紹介されたらと思うのですが。


達増

2年前の上海万博に、岩手県からも南部鉄瓶の展示を主に出展しました。この他にも、岩手県の美味しい食べ物、豊かな自然、伝統工芸品などに、中国、アジアを始め海外の皆さんが触れる機会が増えていってくれればと思っています。


川村

被災地の厳しい現場における日本人の助け合い精神や絆というものについて、感じられたことはありますか。

達増

予想以上の大勢の方々がボランティアで現地入りしてくれました。また、義援金、寄付金や物資も想像以上に届いています。私は沿岸の被災地を回って、仮設住宅に住んでいる人たちと話をする機会があるのですが、皆さん支援に対する感謝の気持ちを非常に強く持っています。行政に対するだけではなく、ボランティア活動や海外からの援助を含めた支援全体に対する感謝の気持ちが強くあったこと、これと支援する側の善意とが上手く結びついて絆になっていると感じます。


薛軍

救援物資の受け取りでも列を乱すことなく並んでいる姿や助け合いの姿が報道され、すごい国だなと感じました。


達増

発災直後は、沿岸の半島部の端の方にある集落には食料も届かず、少ない食べ物を分け合うような避難所もたくさんありました。困ったときほど力を合わせようという感覚は、家族の間の自然な気持ちです。それが隣近所へ、同じ村や町へと広がり、また県やさらに全国にもと、絆になって広がっていったのだと思います。そういう気持ちは、隣国である中国と日本の間にも育てられると思いますし、実際に中国からの支援も受けました。研修で大船渡市の水産加工場で働いていた中国の皆さんが、地元の人たちと食料を分かち合い、暖房をともにして避難生活をしている所にも行きまして、「加油」と声を掛けてきました。困難に立ち向かう助け合いは、中国の皆さんとも一緒に実行していくことができるものだと思います。


川村

今回の震災で経験した行政と住民一人一人の危機対応について、今後の教訓として活かしていかなければならないことは何でしょう。


達増

17年前の阪神・淡路大震災も大きな教訓になっています。その後、耐震性に対する意識が徹底されてきました。このため、今回の地震では人命に関わる被害はほとんどなく、岩手県に関しては一つもありませんでした。一方、津波は問題でした。岩手県はもともと津波の常襲地で避難訓練も重ねているのですが、過去の大津波のときでもここまで水が来なかったとして避難していなかった所でも、実際には水が来て流されたということが起こりました。ですから、津波は決して過小評価してはなりません。今まで経験したよりも大きな津波が来る危険性が常にあると考え、避難を徹底しなければならないと思います。今回も、小中学校のように普段から訓練をしているところではスムーズに避難ができました。特に、岩手県では学校関係でまとまって避難した人からは一人も犠牲者が出ていません。やはり訓練が大事です。それと、水や食べ物といった備蓄ももちろんですが、防災の拠点となる公的施設には停電や通信の途絶に備えた自家発電や衛星電話といった設備も充実させていかなければなりません。


薛軍

中国では、日本の中学校や小学校の校舎は官舎より丈夫だと伝えられていますが、それは本当ですか。また、政策的に避難所として整備されてきたのでしょうか。


達増

新しい校舎は大きな地震でも大丈夫なように耐震設計で作られています。また、古い校舎も耐震強度が弱い所はそれを補強するということが行われています。学校校舎の耐震強化は、阪神・淡路大震災以降に本格化しましたが、予算を確保するのが大変なので、古い建物は補強作業を行っている最中です。


川村

東日本大震災を境に、日本の政治や経済のあり方、方向性がこう変わってきたのではないか、あるいはこういう方向に行くべきではないかという点について、知事という立場を離れてお聞かせください。


達増

草の根のレベルに近いところほど、さまざまないい方向の変化が多く見られると思います。行政でも、市町村間の協力が大きく発達してきました。大震災前にはなかった大規模な市町村間の協力、例えば名古屋市が陸前高田市に何十人も人を派遣するといった動きが被災後に起きています。これは都道府県間でも同じで、岩手県には多くの都道府県からたくさんの職員を派遣してもらっています。また、いろいろな団体、企業、個人のボランティア活動が、twitterやFacebookといったソーシャル・メディアの助けも借りて、非常に伸びてきていると思います。反面、国家レベルになると、そもそも災害対策本部や原子力事故対策本部をきちっと立ち上げて運用できなかったような感じがします。縦割りでの各々の動きはそれなりに良かったのですが、政府として横断的に調整力や指導力を発揮すべきとなったときに、うまく対応できていなかったように思います。電力の問題も含めて、個々の企業は涙ぐましい努力や英雄的な努力によって、いろいろ対応してきていると思うのですが、一方日本全体としてのエネルギー需給や産業政策のあり方に関しては、ビジョンが定まらない状況ですね。これだけの大災害ですから、国家のあり方を再検討して変えるべきところは変えていかなければならないと思います。そこが上手くできていないなと感じます。復興庁も復興対策本部がそのまま復興庁になっているところがありますが、新たに復興特区や復興交付金といった制度が動き出しましたから、それらの運用でさらに復興を進められるよう、今までになかったこともしてくれるのではという期待は持っています。
一方で、そもそもここ10年、20年ぐらいのスパンで、一種の国家の店じまい、棚卸しのような流れがあったと思います。例えば、道州制も何か新しいものを生みだすようなビジョンや具体策をともない進めるのならいいのですが、それがないままに今出てきている議論は、国でしてきたことをこれも止める、あれも止めるというふうになってきて、あとは個人あるいは地方の責任でとなっているわけです。そういう中では、今後の国家像を描く上で、日本国民として最低限こうしたことは実現していこうといった、国家レベルの議論が非常に薄くなってきていると思うのです。

川村

ここ何年か必ず出てくるのがいわゆる官僚批判ですが、知事は以前官庁に籍を置き、現在は地方自治体のトップにあるという立場から、率直な感想をお聞かせください。


達増

バブルの崩壊後に日本経済が立ち上がっていかず、格差社会化が進んでいるという状態は、一つには官僚主導の行政が機能していないということです。それに代わる政治主導の行政をしていかなければならないという話は昔からあったのですが、まともな政治主導のかたちを構築できていないというところに問題がありますよね。国民のニーズを踏まえ、政治が国の舵取りをきちっとし、官僚を使いこなし、一人一人によく働いてもらうということをすればいいのだと思うのですが。


薛軍

知事は外交官の出身でもありますので、アジアの人々に対し何かメッセージを頂けますか。

達増

まず、いろいろなかたちで支援を受けましたので、改めてお礼を申し上げたいと思います。その上で恩返しができるようになるためにも、一日も早い復興を成し遂げなければならないと考えています。ただし、復興にいたるには、今はまだ初期の段階ですので、引き続き支援や協力をお願いしたいと思います。そして、復興を果たした上で、アジアに貢献できる岩手県として、アジアの皆さんと一緒にアジア全体の発展に力を尽くしたいと思いますのでよろしくお願いします。


川村

最後に、今の海外へのメッセージとともに、ぜひお願いしたい、訴えたいということがありましたら、お聞かせくださればと思いますが。


達増

消費税増税あるいはTPP参加といった問題が、国会の議論でも中心になっていたこの1年だったと思いますが、知事の立場からはもっと復興のことに集中してほしいと思いますね。復興に際して、地域資源を活用していくという地に足の着いた経済成長戦略を考えていますと、TPP参加についての議論はかなり大雑把で観念的なように思えます。また、フリートレードも大事ですが、フェアトレードのような、生産者の顔が見えて消費者と結びつき、なお生産者に然るべき所得がきちっと残るようなネットワークを作り、それが実を結んでいくことも大事だと思います。ですから、復興の現場をしっかり見つめ深く考えていくと、日本全体のあるべき姿に加え、国際社会の中でどのようなかたちで発展していけばいいのかということも、自ずと見えてくると思うのです。


川村

大変お忙しい中、貴重なお時間をいただき本当にありがとうございました。一日も早い復興・復旧を心から祈っております。


達増

ありがとうございます。


薛軍

ありがとうございました。


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