対談動画(大和スペシャリストレポート)
中国で大変知名度の高い資生堂の前田会長にお越しいただきました。よろしくお願いいたします。最初に、資生堂という名前は易経に由来し、中国との間に深い関係があるのだなあという思いがいたしました。
はい、資生は易経の一節に由来します。「至哉坤元万物資生」、全てのもの、あらゆるものが大地から生まれ、それが新しい価値を創りあげていくという意味です。もともと資生堂は西洋風調剤薬局からスタートしています。西洋の科学的な知見と東洋の哲学的な思想と、これらをハイブリッドで構成した新しい会社を生み出していこうという由来がその名前に込められ、それが我々の価値創造の根源になっています。私と中国との関係を申しますと、国内の化粧品事業を主に担当しておりましたのが、1997年に海外事業の中でも特にアジアの担当を任されて仕事に携わったのが中国とのそもそもの出会いです。資生堂自体は、すでに1981年から中国とのつきあいを始めていました。
川村
ちょうど30年ですか、中国進出30周年になるわけですね。
前田
そうですね。1991年に合弁会社を設立後、北京に工場と事業拠点を開設しましたが、将来の中国の発展を考え、次の拠点として上海の浦東地区にビジネス拠点を作り上げることに携わりました。その頃の浦東は見渡す限りの大三角洲で、川のほとりでは少しビルが建って金融センターが移ってきていましたが、我々が今ビジネス拠点に置いている所は全く何もないという状態でした。その拠点を作るときに、上海政府の方々にお世話になったのが私と中国との関係の始まりです。
川村
資生堂の場合は単なる生産拠点というよりも内販型の進出を行い、過去30年間の中国の改革開放後のすごい経済スピードに合わせそのビジネスを拡大してきており、すごいなと感じています。中国進出30周年ということで、この30年間の中国の経済発展をどんな風に見ておられますか。
改革開放以降、すごいスピードとダイナミックさで中国は大きく発展をしている、これからも発展し続けるだろう、と我々は思っています。
資生堂が中国で事業を始めた30年前は、中国では女性も男性も人民服を着ており、女性が化粧するという雰囲気ではありませんでした。クリームや乳液が量り売りされている中で、化粧品がきちっとした価値のあるものとして認めてもらえるよう、最初は日本からほとんどを輸入し、その商品を北京屈指のホテル北京飯店などで、主に在中国の外国人女性の方に使ってもらうということをしていたのです。こうしてスタートを切ったのですが、中国政府の要請を受けたことから、国営の化粧品会社に技術供与をし、主にシャンプー、リンスといった商品を共同で開発し、資生堂の技術をいろんな形で提供してきました。それがほぼ9年間続くわけです。その後、1991年に合弁会社を作り、1994年には中国の女性向け商品(オプレ)を現地生産で展開することを始めたのです。まず沿海部のデパートを中心に拠点を広げていき、出店したデパートではほとんどシェア一位を獲ることができまして、商品が浸透していきました。2000年のシドニーオリンピック及び2004年のアテネオリンピックでは、中国選手団の公認化粧品として採用され、中国の方から国民的ブランドとして認められたのではないかと考えています。それ以降、化粧品専門店を中心に内陸の方にもビジネスを展開して、今では全省全自治区に及び、販売店数は5000店以上になります。
川村
現在の5000店以上にいたるまで、ビジネスはどんな感じで伸びていったのでしょうか。
前田
デパートは、オプレを取扱いいただくことで業績が良くなりますから資生堂を入れたいという要請がたくさん来ました。一方、化粧品専門店との取引は、資生堂のブランドを活用して、地域の一番店として地域のお客様から信頼できる拠点になってほしいと考え、2004年にスタートを切ったときには300店ぐらいの勢いでスタートすることができ、いたずらに急ぐことなく時間をかけて徐々に来て5000店というレベルに達しています。ただし、中国全土で見るとそんなに多くの数字ではないと思っています。
コーポレートブランドを大切にしながら、そこから生み出されるプロダクトがしっかりと認識されるにいたるには、我々が厳しい規律を持つとともに、お店の方にもそれを受け入れることがお店の価値を高めることにつながっていくという意識を持ってもらうことが必要と考えています。
薛軍
改革開放から30年、御社も中国に進出されてからちょうど30年になるわけです。最初の進出の頃には、販売活動を展開するときの苦労を含めていろいろあったと思いますが。
前田
進出したときには、まだまだ化粧品を使ってもらうという状態ではありませんでした。それが、経済発展とともに国民の生活意識と生活のレベルが非常に高くなってくると、化粧がお洒落から、身だしなみというところに一気に転換していきます。化粧をする人口もすごいスピードで伸びて、大変大きな需要が見込まれるようになってきていると思うのです。2010年度で化粧をする人口が1億人。2015年には2億人、2020年に3.5億人になります。その中で、我々は資生堂というブランドを憧れのブランドにしていきたいのです。そのために、特に接客のプロセスをとても大事にしてきたという歴史があります。第一印象はとても大事ですからね。我々は、中国現地の社員におもてなしの心というものの理解と促進を図り、定着させていくということに大変な努力を積み重ねてきました。
日本人に対して日本の企業がやってきたようなおもてなしでも、中国の人にとっては別の受け止め方があるなどいろいろ違いもあるようですが、そういう点で苦労されたことはないでしょうか。
経済の成長と生活レベルの向上に伴い、心の豊かさが非常に大事にされるようになっていきます。商品を買って消費するだけでなく、その物を通じ、あるいは物の購入・購買を通じ、心の豊かさを求めようになるのです。その過程で、おもてなしを含めて一人一人のお客様が高いレベルで満足し、そして購入して良かった、使って良かった、また使ってみたいと思ってほしいと考えています。
一つのエピソードですが、数年前に四川で大変大きな地震がありました。私たちと契約をしているお店も、壊滅的な被害を受け、若い女性の経営者のお店が潰れてしまいました。そのとき、お店を建て直すためにどれくらいのお金がいるだろうか、どれくらいの時間がかかるだろうかと考えるところでしょう。しかし、その経営者は、真っ先に、お店に来てくれていたお客様は元気だろうか、怪我をされていないだろうかということが心配になって、メールが開通したときに全顧客にメールと電話でお元気ですか、ということを確認していました。あるメディアのインタビュアーがなぜそういうことをするのですかと聞いたところ、お客様をいかに大事にしなければならないかを資生堂が教えてくれた。そしてお客様が元気でいるのであれば、また来てもらって美しくなるためのお手伝いをしたいと、彼女は涙ながらに言ったのです。
従来の多国籍会社は、グローバルに展開するとき、プロダクト・ライフサイクルという方式をとってきましたが、最近はグローバリゼーションを前提としても、ローカリゼーションも大変重視しています。資生堂はグローバリゼーションとローカリゼーションのバランスをどうとられていますか。
資生堂が海外展開するときに大切にしているポリシーが3つあります。ひとつは、自社のオリジナリティーを大切にすること。2つ目は、現地のリソースを最大限に活かすということ。3つ目は、良き企業市民としてその地に根付くということです。これはまさに、グローバリゼーションでもあり、ローカリゼーションとしての我々の基本的なスタンスを表している部分だと思います。現地の従業員が高い地位で企業の経営にあたっていくということも、その一つの実現であると考えています。
それから、ビジネスとしての展開だけではなくて、いわゆる社会的責任を果たすことも大事で、例えば砂漠化が進んでいる土地への植林を続けていたり、あるいは随所で美容相談会を開いたり、それからすでに6校を開校させた希望小学校の設立をこれからも続け、内陸部にも学校を建てて多くの方に教育を受ける機会を与えられるよう、お手伝いできればと考えています。
薛軍
中国人幹部の登用戦略はいかがでしょうか。
前田
中国の方の幹部への登用はかなり進んでいます。経営者層、中間管理職など、ほとんどと言っていいほど中国の方です。最高経営執行責任者はまだ日本人の場合もありますが、各々の部門を任せられているのは中国の方です。それも女性が多い。化粧品の販売ですので、女性の方が感性が豊かで、お客様に近い所でいろんな判断をすることができますからね。
川村
化粧品業界はブランドに対するイメージというものが大変重要だと思います。中国において高いブランドイメージを保っていくには、どのような点に留意していますか。
販売の質をトータルでレベルアップしていくことが、イメージ戦略にはとても重要と思っています。もちろん洗練された広告も大事でしょうが、そういう意味で、5000店のお店と契約をするときに、お店の側に非常に高いハードルをお願いしています。それを了解されたところとだけ契約をするということなのですが、例えば、商品の陳列のスペース、場所、陳列の仕方、それからカウンセリング応対のあり方、顧客管理の仕方、経営のあり方、さらにお店の従業員への資生堂による教育の受講義務付けまでお願いして、徹底した教育をしています。こういう関係の中で、お互いがしっかりとしたビジネスをすることが、イメージを絶対汚さない、落とさないということであり、あるいはお店と一緒にお客様一人一人に資生堂が憧れの存在として認められるということなのです。ある種の厳しさをもって自己をしっかりと規律をしていくのが、ブランドを育てていく上でとても重要なことだと思います。それと同時に、ブランド価値の向上がステータスとなり、社員の資生堂に対するロイヤリティも非常に高くなりました。
我々はつい中国という国を一つであるとして捉えてしまうところがありますが、中国の国内でも、商品へのニーズにはいろいろな違いがあると思います。そういう違いを克服するのに、例えば製品を少しずつ変えたり、販売方法を変えたりするなど、そういう苦労や工夫というのはあるのでしょうか。
中国に研究拠点をすでに作っていまして、そこで中国の女性や男性の肌・髪や嗜好の研究をしたり、また古典的な美容法を文献研究したり、いろんな研究をしています。研究開発についても、いかに現地に根付くかを考えながら、まさにお客様を知るということを大切にしています。
そこからの知見では、例えば東北地方の方々は、寒冷地にいることからクリームや乳液に極めてリッチな使用感のものを好みます。それも日本人が思うリッチさより、ワンランク、ツーランク上のものです。それから、日本人が好む香りに柑橘系というのがありますが、中国ではあまり好まれず、それよりもフローラル系の香りが好まれます。従って、化粧品に配合、賦香する香りも、中国の方の嗜好をきちっと研究した上でつけているのです。メーキャップ一つをとっても地域地域によって少しずつ違います。それにも、現地の美容部員であるビューティーコンサルタントが、その地域のニーズにあわせてしっかり一人一人の美容相談に当たっています。
川村
中国は、バランスとかハーモニーを考えながら個人個人が豊かになっていくという方向に舵を切っています。すると、経済成長のスピードは少しダウンするでしょうし、個人への分配が重視されるようになる中で、次の30年を展望したときに中国市場をどのように捉えられていますか。
前田
化粧品産業も景気には影響されますが、中国全体で見たときに、化粧品を使う方々がどれだけ増えるかというのが、市場の広がり、ビジネスの広がりに直接つながってきます。経済が豊かになっていく中で、化粧に対するニーズは高まることはあっても減ることはないと思います。中国の人口が今13億人とすると、そのうちの6億5000万人が女性です。そうすると、2020年に想定される化粧人口を3.5億人としても、まだ半分でしかないと捉えることもできるわけです。
薛軍
中国以外の新興市場でのビジネスについてはいかがですか。
前田
当社は、インドやロシアなどの新興国にも進出しています。ロシアでは、2000年くらいから代理店で参入してきたのをつい最近100%子会社に切り替えたのですが、すると急速な勢いで資生堂のプレゼンスが高まって、業績も上がってきています。しかし、広大なロシアにおいて、全土に経営資源を投入していくかというとそれは大変なことになりますね。そこで、モスクワとサンクトペテルブルクという2つの都市に集中して経営資源を投下し、モスクワでナンバーワン、サンクトペテルブルクでナンバーワンになれば、それはロシアでナンバーワンということだろうと、そういう戦略を展開しております。
薛軍
ところで、偽物問題ではいろいろ被害があったかと思いますが、それを踏まえて中国側への提案や助言があれば是非教えてください。
前田
中国当局にも大変努力をしていただき、私たちと一緒になって摘発に努められたことで偽物は大分減ってきました。しかしながら全てが解決できたわけではありませんし、また新たなかたちでの模造品が出てくる可能性がありますので、常に当局と連絡を取り合いながら、また化粧品専門店から伝えられるいろいろな情報を合わせて、対応を図っていければと思っています。
川村
今後の日中経済交流の在り方について、中国ビジネスの最前線にあったという立場から見られて、今後の大事な点、留意点、あるいは課題について、最後にお話くださるとありがたいのですが。
大事なのは、相手に対する理解度をどれだけ深くできるかということです。これが、とても重要だろうと思います。その中で特に、日本人あるいは日本企業がグローバル化を果たしていく上で、避けて通れない、あるいは克服しなければならない課題というのは、多様性への対応です。もともと日本人は歴史的にその点が弱く、鎖国を200年やってきた中では、異なる文化や考え方を理解し、そして認め尊敬し、お互いが共存していくという気持ちにはなかなかなりにくい風土が育まれてきました。それをいかに克服して、多様な他の国との共存を図っていくのかということが重要です。とりわけ、中国からはいろいろな影響を受けており、中国から学んだもの、教えてもらったもの、そして逆に、中国に日本がお返ししたものを含めて歴史的な交流が深く続いてきました。ですから、非常に分かりあいやすい国であるといえるし、漢字文化というお互いに共通するものもあります。そういった面で、理解をする心を持つということが、一番最初に我々が持つべきマインドではないでしょうか。もう一点は、中国とのつきあいとはショートタームで考えるものでは決してなく、長い歴史の中で一緒に歩んできた中国の方々と良い関係を長きにわたり続けていくということを考えると、百年の大計がとても大事なキーワードとなるのではないかと思います。
本日はご多用の中、このコーナーに登場いただき本当にありがとうございました。
前田
こちらこそありがとうございました。
薛軍
ありがとうございました。
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