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第6回 日中関係は「対等」という二文字が大事

ゲスト 加藤 嘉一 氏 コラムニスト

動画を見る(26:27)

対談動画(ダイワインターネットTV)

情報発信には経験の力と若い力の両方が必要だと思う。中国は例外を排除しない土壌で、日本よりもフレキシブルであり、若い人間にチャンスを与えている。現在の日中両国は歴史上初めて同じような国力で存在しており、互いに「対等」の意識をもつことが大切。中国の長期的発展にはアメリカ的発展モデルは必ずしも適しておらず、いろいろな問題で米中間の橋渡し役を担うことが出来るのは日本だけである。
川村

本日のゲストは、若さみなぎる加藤嘉一さんにお越しいただいております。中国で一番有名な日本人という風に称されている人物です。加藤さんが中国とご縁ができたきっかけと経緯について、簡単にご紹介いただけますか?


加藤

18歳のときに、2003年のSARSのときに中国に行ったのが初めてです。ただ、幼いころから出来る限り早く世界に飛び出して、世界の中から日本を見てみたいと思っていました。おそらく最初の動機は日本の身の回りが、非常に単純で、息苦しかったからです。僕、ランニングが趣味なんですけれども、ランニングと一緒に趣味なのが世界地図を見ることでした。そこでアフリカ、アメリカ、ここの人たちはどうなんだろうな、ここの人たちはどういう組織をしていて、どういう風に社会が成り立っているんだろうなっていうことを見ることによって、日本はどうかということを知りたかった。自分が中国に行ったというのは最終的に、僕が高校生の時に北京オリンピックが決まったといったことであったり、中国の国際的な影響力が高まって行ったという、そういった状況というのはあったんですけれども、僕の中に潜在意識として世界への目標みたいなものがなければ、中国が台頭してきたということも視野に入らなかったと思います。最終的に中国に国費留学生として、学部・大学院全額免除で行かせて頂きました。

薛軍

高卒では母国の文化とか、社会の理解とかちょっと足りない、やっぱり海外留学は大卒からって考えるのが普通です。中国で初めてテレビで加藤さんを見て、こんなに若くて、高校卒で日本から中国に来て日本への理解は十分あるのかなあ、と思いましたが、実際は十分お持ちだったんですね。


加藤

日本では親も、子どもと一緒に引きこもっていますね。親の子離れができていない、この状況は日本でも中国でも一緒です。僕が非常に幸せだったのは、僕の両親は、幼いころから勉強しろとかこれやりなさいとか、一切なかった。常に自分で考えてっていう環境があった。あと、僕は、18歳、高校卒業するまで駅伝をやっていて、なかなか教科書以外の、小説とか文学書とかそういったものを読む時間がなかったんですね。高校を卒業するまで、日本のこともほとんど知らなかったし、読書もできていなかったという状況のまま中国に行ったんですね。ですから、向こうに行ってからは、本当にむさぼるように本を読みましたね。本当にだいたい、年間300冊ぐらい読んでいましたね。ただ、僕の日本への理解、中国への理解についての疑問は当然あると思うんです。ただ、理解とか、解釈とか発信力っていう問題には、僕は年齢は関係ないと思うんですね。もちろん、経験を積んだが故に語れることってあると思うんですけれども、ただ、経験を積んだが故に語れないこともあるんですよ。やっぱり若い力、経験の力って両方必要だという風に僕は思うんですよね。


川村

狭い日本の中でも、結構いろいろ違いがある。加藤さんの経験で日本と言った時に、どうしても高校まで育ってこられた、その地域の人のイメージですかね?


加藤

そうですね。地域も社会もコミュニティもそうですし、学校のたとえばクラスとかですね。そういったところで、あれ何なんだろうなと。運動会も、文化祭も、集団登校も、勉強も、討論会も、基本的には皆が皆、自らまずは抑えることによって、自分をしっかり表現して責任を取ろうっていうやり方じゃなくて、まずは、今の言葉で言う「空気を読む」ですね。物事を決めていくのではなくて物事が決められるっていうイメージを抱いていましたね。


薛軍

日中の「加藤現象」についてどう思いますか?


加藤

僕にはあまり関係ない話ですね。別に「加藤現象」、っていう、そういったことがあるっていうのは、僕も知っていますけれども。ただ、自分がやるべきことはそこに目を向けてどうのこうのと議論するんじゃなくて、僕はやっぱり僕なりの目標と言うか、中国を理解する、中国を発信する、日本と中国がどのように、いかに上手に切磋琢磨して成長していくかっていうことを考えながら、自分のポジションを定めるっていうのが僕の役割なので、メディアの方がどういう風に言うっていうのは基本的には関係ない。中国っていう社会は、僕の見る限りにおいては、組織とか肩書とか、身分とか、いわゆるバックグラウンドをあまり気にしないですよね。


川村

僕の印象では、中国は日本以上に肩書を大事にするようなイメージを持っていたんですよ。今、加藤さんのお話を伺うと、逆ですね。


加藤

確かに、政府の組織とか、いわゆる大企業では、役職がかなり重視されると思いますね。ただ、それが個人、たとえば個性があってこれまで見なかったような人間、これまでやってこなかったような発信、たとえば僕はですね、日ごろから加藤嘉一という名前で、中国語で中国のことを中国の人に発信しているという状況なんですけれども、そういったことをやってきた人間は、これまでほとんどいなかった。そういうところに、中国のメディアも、政府も、非常に、ある意味謙虚に、包容力をもってチャンスを与えようとしますよね。例外を排除しないっていう土壌っていうのは中国の方が日本よりも、フレキシブルというか柔軟性を持って取り組まれているんじゃないかなという風に思いますね。


薛軍

残念ながら日本の学生は、ちょっと評価できないですね。基本的に今の学生は、内向き。で、加藤さんから見れば、現状を変えていけるか?どうやって変えていくか?


加藤

突破口はいろいろあると思うんですよね。責任と権限をどのように若者に与えていくかってことも大事だろうし。一方で我々当事者である若者が、どういう風に、自らを奮起させてっていうことも大事だって思う。日本の若者が、どうやってよりアクティブに、グローバルな価値観を持って外に出て行くか。日本の大学生、同年代の人間に決して意識がないわけはないんですよ。ただ、やっぱり、全体的な雰囲気というものが大事なんですよね。いわゆる空気というやつですよね。その辺が、中国と一番違うところなんですよ。中国は今国家としての勢いがあるんですよね。これって、野球で言う「流れ」っていうやつですよ。皆が「がんばろう」っていうそういう態勢に入った、スクラム組んでいるっていう意味では、やはり今日本にはそれが欠如しているんじゃないかな。突破口は、僕はこの一種の空気みたいなものに見出すべきだと思っている。「30人31脚」とかあるじゃないですか。あれって日本人しかできないですよ、なぜ国家を救おうっていう時に見せないんだろう。中国の人たちはバラバラに見えるんだけれども、まとまっているんですよ、皆同じ方向向いている。日本は、まとまっているように見えるけれど、実際はバラバラなんですよ。みんな違うところ、好き勝手な方向向いている。


川村

海外志向が強かった世代っていうのが僕らぐらいまでなんですね。薛先生が大学生にちょっと元気がなさ過ぎてっていうことをおっしゃっていましたが、僕も同じことを感じました。そういう中で、東日本大震災、言葉が出ない惨劇ですけれど、地元の回復は非常に速い部分もあって、これが何か日本の復活、元気を取り戻すきっかけにならないかなあと、いう気がしています。

加藤

僕の認識も全く川村さんと一緒ですよ。今回の震災、これだけ悲惨な、これだけ大きな打撃を受けてですね、ちょうど1か月後の4月11日に、被災地に行ってきたんです。それを見て僕は「おそらく戦後ってこうだったんだろうな」みたいなことを、若い者なりに思い浮かべながら離れて行ったんです。こういった機会に、日本人として何か変えなければいけないっていう意識が出てくるのは当然だと思いますし、実際に3月11日に僕は東京にいて、20kmくらい歩いてホテルまで帰ったんですけれど、その途中で何人か高校生がいて、彼らと話をしたんですね。彼らは、「自分は、日本人としての自覚を持って、やらなければいけない」と。そう思っている若者は少なくないはずなんですね。今回の震災が起こって、僕が一番思ったのは、政治のリーダーシップで、これもやっぱり構造的な問題ですよね。それと同時に大事なのは、国家戦略。日本として、どういう国家づくりをしたいのか。まず、少子高齢化とか、財政赤字とか、中国の台頭とか、国際社会における日本とか、目に見える客観的な条件というものをきっちりと分析した上で、じゃあ日本人として、どういう国家づくりをしたいんだ、というところからすべてが始まるわけですよね。


薛軍

加藤さんは中国式、欧米式の率直に言うタイプですね。加藤さんは将来政治家になりたいですか?


加藤

あんまり考えたことはないですね。


川村

中国人にもいろいろいる、日本人にもいろいろいると、そういうことじゃないかと思うんですが、どうでしょう?


加藤

僕もそう思いますね。二つ言いたいことがあるんですけれど、一つは、まず日本人の対中観、中国人の対日観とか考えた場合に、そもそも中国って何なんだ。いろんな人たちがいて、いろんな文化がある。パズルの中におけるピースを一つ一つ埋めていくように、これが自分にとっての対中観なんだっていうこと、そういった意識を持ちながら、外国と付き合っていく必要があるなっていうのがありますね。もう一つは、今、中国と日本の間には300以上の姉妹都市があるわけですよね。これから考えた場合に、やっぱり外交は政府組織だけじゃなくて、民間と地方が引っ張って行く時代ですよね。今後どのように安定関係を作っていくか、繁栄を築いていくかって考えた場合に、時代で見る方法も一つだし、地域別にみる方法も一つだと思う。中国における二・三線都市、たとえば洛陽とか鄭州とか、成都とか、武漢とか、長沙とか、と、日本のたとえばつくばとか、千葉とか、名古屋とか、そういうところを比べた場合にどうなんだろうなっていう分析があってしかるべきだという風に思います。


川村

リーダーのスタンスが、すごく大事じゃないか。たとえば、大学で学生が競争的であるためには、教える側の教員たちも競争しなきゃいけない、それも、その地域だけじゃなくて、全日本は言うに及ばず、グローバルに競争させるべきです。


薛軍

東京と地方を比較すれば、結構差がありますね。私は、中国は逆に、そうでもないんじゃないかと思いますね。中国は、スケールは大きいし。南、北と内陸、それぞれ有名な大学、それぞれの校風があります。日本の場合は、首都集中とか、地方のどこか、福岡集中とか札幌集中とか、一極に集中しているから、その場所だけ、優れた校風がある、と私は思いますね。もう一つ、日中あるいは日本国内、中国国内の大学の間の比較は相当難しいと思うんですけれど、東京と北京の比較をすれば、面白い特徴が出てくると思いますね。現在の日本の地方大学は、学生にとって非常に悲しいかもしれません。恵まれていない。東京だったら、多分いろんなシンポジウム、いろんなところの人に会える、北京だったら、どうでしょうかね、私は北京を知らないので。

加藤

中国っていう国家が注目されている状況ですから、外国の首脳が北京に来れば必ず北京大学か清華大学に行く。しかし、学生なら皆が皆彼らに会えるわけじゃない。競争するわけですよ。ただ、中国がこれから、まだまだ社会主義体制という状況の中で、いかに純粋なアカデミズムとして、純粋な知的議論として、空間を作っていくのかっていうのは、非常に僕は大事だと思います。大学では、アカデミズムだけじゃなくてジャーナリズムも、ビジネスマンも、政治家も、日ごろは違った分野で活動する。この点において、日本も中国もまだまだ、たとえばアメリカのハーバードとか、スタンフォードとか、ああいった大学には及ばないのかなっていうことも思いますし、やっぱり大学がどれだけ開かれていて、大学がどれだけ知的、自由であるかっていう、この点は非常に重要であると思いますよね。

薛軍

中国の80后は、「一人っ子政策」の時代に生まれ育って、結構甘やかされた。彼らに対して、これからいろんな不安、いろんなマイナス評価もありますが、どう思いますか。


加藤

2012年から22年は戦略的過渡期になるんじゃないかなと思っています。本当に大事なのは、その後ですね。その後に、社会の中心になっていく人間、今の80后はもう30歳越えていますよね。彼らの価値観が極めて大事になってくる。彼らが今後社会を引っ張っていく場合に、彼らのたとえばナショナリズムとか欧米崇拝とか、はちょっと気になりますね。北京大学はハーバードに行くためのステップのふみ台でしかないみたいな、そういう認識になっているわけですよ。


川村

日本の若い人たちは元気がないが、女性はものすごく元気です。


加藤

中国もそうですよ。男だからどうのこうの、女だからどうのこうのっていう、非現実的な因果関係は捨てましょう。中国では、いろんな格差がありすぎるわけですね。いろんな格差がある中では、男と女の格差ごときは問題にならないわけですよ。これはある意味、いい問題ですよ。中国では若者と女性が輝いている社会、若い人間がガンガン引っ張っているわけですよね。しかも、それが往々にして女性だったりするわけですよ。この社会、伸びますよね。


薛軍

中国における最近の国学熱を、どう思いますか?


加藤

僕は悲観的ですね。なぜかというと、完全に商品化しているから。国学をやっている人間が、今一番金持っているんですよ。国学が、完全に商品経済の一部になっているわけですね。もちろん、国学やる人間も、生活かかっていますから、それは必要ですけれども。


川村

人間は、食べていかなきゃいけない、稼がなきゃいけない。しかし、稼ぎ方っていうのがある。たとえば大和証券の「大和」って、「やまと」じゃなくて、「大和諧」なんですよ、グレートハーモニー。要するに皆で礼を尊びながら、お互いに相手の立場を忖度し、皆が共に栄えるように、和諧して仕事をしていきましょうと。中国では、今そうした理念自体が商品になってしまっているという話は、ちょっと残念だ。


加藤

僕も非常に残念ですね。道徳とか、哲学とか、そういったものは、普及していく中に価値があるわけで、今まで極めて短絡的な見方で、思想とか哲学みたいなものを見てしまうと、ちょっと残念だな、っていう気はしますよね。


川村

日中関係をより良くしていくためには、日本、中国それぞれ何をしなければいけないのでしょうか?


加藤

日中関係を歴史的に見てみると、今という時期は非常に特殊な時期ですよね。日中両国が、同じような国力で存在しているっていうのが、歴史上ある意味初めてなんですね。中国が、いろんな矛盾を抱えつつも、より大きく、強さを秘めながら大きくなっていく。日本としては、中国が大きくなっていく過程で、直面する問題、環境汚染とか、通貨改革とか、あるいは、腐敗の問題とか、制度改革、水の問題、省エネ、エコ、もちろん昨今の原発の問題も含めてですね、この辺の問題を、いかに戦略的にサポートしていくか、そこを日本の国益にしていくかっていう、そういったスタンスが、求められると僕は思いますよね。非常に象徴的だと思うのは、2008年の段階で、ODAの終了ですね。日中経済貿易の拡大と中国の改革開放は、ある意味正比例で伸びてきた。そういった中で、日本の対中ODAが、2008年に、大部分を占める円借款の分が終わった。これからは、日中双方がより対等な意識を持って行く。「対等」っていう二文字が僕は非常に大事だと思っています、そういった意味では、僕は今の日中関係ほど、相互補完性が強い関係っていうのは、人類史上まれに見ると思うんです。中国としては、うまく日本を使うことです。日本は中国にとっては非常に素晴らしい反面教師なんですよ。もっと言えば、中国が本当に20年、30年、50年長期的に発展していくときに、「和を以て貴し」という中国の国情からした場合に、アメリカ的な発展モデルっていうのは適さないわけです。日本はおそらく、欧米以外では、宗教という産物に頼らないで初めて経済的な近代化を成し遂げた国ですよ。じゃあ、中国はこれから宗教に頼れるかと言うと頼れないですね、まだまだ中国の、今後の発展という視点から見た場合に、日本っていうファクターが過小評価されている。今後進めていく東アジア共同体みたいな中で、いかに米中間の橋渡しをしていくか、それができるのは日本だけですよ。いろんな問題で掛け渡しが出来るのは日本だけです。そういった自覚を、まず日本人が持つことです。


川村

まだまだお聞きしたいところなんですけれども。本当にどうもありがとうございました。ますますご活躍ください。


薛軍

ありがとうございました。


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