第3回 中国・日本の中央政府と地方自治

ゲスト 麻生 渡 氏 前福岡県知事、前全国知事会会長

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対談動画(大和スペシャリストレポート)

中国・日本の地方自治体間の地道な友好提携は大切である。中国では中央政府が養成した人材を地方に配置するという伝統に根ざした優れた統治システムが機能している。日本は、官僚主導から政治主導への転換があまりうまくいっていない。

川村

麻生渡様は、長らく福岡県の知事、そして全国知事会長という要職で、日本の地方自治を引っ張ってきたリーダー格の方です。日本の中央政府のしくみと地方自治の現場の両方に通暁されている方です。福岡という土地柄、大変アジア、とりわけ中国ともご縁が深いというお立場であります。麻生さんと中国との関わりはどんなことで始まったのでしょうか?


麻生

京都大学に入学したときに、色々な学生の活動がありました。その中に中国研究会というのがあり、それに入りました。当時、毛沢東指導下の大躍進政策、あるいは人民公社の時代で、激しく中国が動いているときでした。日本の将来を考えた場合も中国はしっかり研究しておかなければいかんという意識は当時から私にはありました。通産省に入ってからは、正式には国家間の交流は全くない状態でしたが、当時の通産省は、いずれ中国との関係で、貿易はもちろん色々な関係を作っていかなければいかん、ついてはやはり中国要員を要請しなきゃいかんということで、「おまえ中国語の勉強をしておけ」ということになり、半年ばかり中国語の勉強をしました。


川村

16年の長きにわたって福岡の県政をリードしてこられた中で、県のリーダーとしての時代の中国との関わりについてご紹介いただけますでしょうか?


麻生

まずは江蘇省との交流・友好が中心になっていました。経済関係は勿論、青少年の交流、森林の関係、環境の関係、文化の関係、たとえば文化関係で今盛んにやっていますのは、九州国立博物館における博物館交流のようなことを中心に行っています。その中で非常に面白い成果は、南京の中山公園の一角に日中桜の園というのがあります。これは、何かの形で明確な友好を示すものを作りたい、ということで、基金を募集して公園を作らせたのです。それが日中友好桜の園です。今、桜の木が二千本くらいあり、非常に大きな桜園になっています。春には福岡から南京に花見に行こうという動きが毎年あります。一方今度は中国の庭園を造ろうとなり、太湖石という湖の底の奇岩を送ってもらって、県庁のすぐ前の県立公園の中に、貴重な石を使った江蘇省の庭ができています。

薛軍

今までの日中交流で一番印象深い話は何でしょうか?


麻生

この十六年のあいだの、中国、江蘇省の躍進ということです。初めて行った南京駅では、駅の前では、出稼ぎなのか皆野宿していました。それが今、立派な駅が新たに作られて、野宿している出稼ぎ者の姿は全く見えない。みなさんの風景が豊かになりましたね。


川村

中国の公的セクターのリーダーシップというのは非常に大きかったと思います。今日本では、地方自治のありかた、国と地方自治体の関係のありかたが議論されています。プロ中のプロとしての立場からご意見をいただけますか。


麻生

中国の北京中央政府と江蘇省との関係から言いますと、私が見てきたところでは、中央政府の力がますます強まったと思います。16年前に江蘇省に行ったときの省の最高権力者は、地元出身の共産党の書記でした。その人を中心に運営されていましたが、その後、人事は北京政府が握りました。中央政府の大きな政策があり、それぞれの枠のなかで地方が色々実行するんですが、税制が変わったというのが非常に大きいのではないでしょうか。驚くべき速さで税制が改革されて、中央政府の取る税が明確に確立され、独自の徴税機構を持つようになりました。


川村

日本における中央政府すなわち東京と地方自治体との関係はいかがですか?


麻生

これについては是非、地方分権を思い切って進める必要があると思います。我々の社会では、いかにして、高齢者が生き甲斐をもって安心して生活できるかが非常に重要な課題になります。高齢者が毎日社会の中で楽しく安心して生活していこうとする場合、地域によって高齢者に対するものの考え方、あるいは家庭と社会との関係が違います。それぞれに地域に合った形でやっていくことにしなくては、今の社会の構造変化に対応した形でのいい社会を作れない。そういうことと、少子化を考えた場合、子育てをしていかなくてはいけない。地域ごとに経験のある人が、子供とはどういうものかを伝える人が必要です。これも、全国一律では到底できない。思い切った分権をやらなければ、費用の面から言ってもやれません。それからもう一つ、なぜ分権が必要かと言いますと、グローバル社会と国際ルールが非常に重要になるからです。一番典型的なのは環境です。世界的にも、一国では対応できないので、世界共通の環境ルールを作ろうじゃないか、と。税の徴収について共通のルールを作る、あるいは知的財産権も、あるいは、企業統治のありかた、あるいは株式市場のありかた、金融制度、電話や放送方式も共通化していこうという、世界標準が非常に大事になります。国家の役割というのは、世界ルールを作る時にどれだけ積極的に発言しリーダーシップを取っていけるかということになる。そこに国の活動の重点を移すべきである。地方自治も人材も揃って能力もあるし意欲もありますから、内政は思い切って地方に移して、むしろ対外関係でもっと積極的に活躍する国にしなければならない、そのためにも、地方の世話という国の負担を思い切って減らし、国は外へ出て行くという大きな分業体制をつくれ、と。

川村

福岡県は、アジア特区という構想を知事の時代に随分打ち出されて色々な施策をされてきました。この点についてお話いただきたい。もう一つは、地方と言っても、だいぶ格差があるのではないか。従前のように国が一括で吸い上げて再配分するようなしくみが、今まではそれで来ていましたが、今後地方分権にしたときに、そういう自らの富を蓄積したり生み出す格差をどのようにすればいいのか、について教えていただきたい。


麻生

福岡県は歴史的にもアジアとの経済あるいは文化交流の拠点でした。今後も、我々の希望はアジアと共に発展するということです。明治以来、日本には二つの潮流がありました。ひとつは、福沢諭吉の「脱亜入欧」、つまり、アジアは遅れてしまっていて一緒にやっていられない、だから欧米と手を結ぼう、という考え方。それに対して福岡には大アジア主義というのが一貫してありました。それは、孫文の革命を支援して、しっかりした近代的アジアの国々を作って、それと手を結んでいくべきではないかという、そういう道がありました。是非、アジアのみなさんと共に繁栄をしていくということを、我々の将来の方向として進めていこうと。これが一致した希望です。それをどういうふうに実現していくか。福岡アジア戦略特区という総合特区をつくろうじゃないか、と言っています。今回の特区の中には、一つの拠点、5つの役割を持っていこうと。一つは、世界の成長産業を、アジアのみなさんと協力しながら作り出していく。そのための産官学協力や研究開発投資を積極的にやっていこうと。福岡の場合には、自動車、半導体、バイオ、水素、ロボット等に非常に注力しています。同時にこれがアジアの新産業作りの先進拠点になっていこうではないかと。二番目は、ビジネスをする場合に、非常に大きな問題は中小企業であると。中小企業の皆さんを中心に、アジア交流をしてアジアとの連携を進めていこうということです。タイの経営者を60人福岡に呼びました。そして福岡の中小企業の皆さんと一緒に討論をする、あるいは現場も見てもらう。どういう考え方で会社を運営しているのか、従業員とはどういう関係を作るのか、というようなところから始めた。今度は我々のほうからも出していきます。そういうことを通じて、いいパートナーをつくるための仕組みを積極的に作っていく。それから三番目は、何と言いましても環境です。北九州はかつては産業公害で大変でした。色々な努力をしまして、非常にきれいな都市を作りました。


川村

知事の小さい頃、北九州の港では、あまりの汚染で鉄船の錨の鎖が溶けたという話がありましたが。


麻生

私のころは、7色の煙というのがあった。これは、黄色の煙が出たり、紫の煙が出たり、白い煙が出たり、黒い煙が出たりした。どんどん煙を出して盛んにやっているということが、日本経済の復興の証であると考えられていた。われわれはいろんな経験をしました。空気をどうしたらいいか、水はどうしたらいいのか、下水システムはどうしたらいいのか、ということをはじめ、多くの経験を持ちました。それを中心に是非、いい環境をアジア中が作っていき、その拠点としてやっていこうということになった。現に、実は私どもは産業廃棄物税を取っている。そのお金を使い、アジア環境人材研修事業をやります。これは各国の環境担当行政官に来てもらって、三ヶ月くらい現場や歴史を見て何が今必要なのか、どういう法律的な規制・制度を設けているかということもやっている。中国、ベトナム、タイ、一部インドの中にそういう環境人材ネットワークが今できつつある。4番目は、今アジアにおいては非常な勢いで若者文化ができている。日本で有名なポップミュージシャンは、これは北京でも上海でも香港でも共通して有名になりました。漫画もそう、映画もそう。それから、食べ物。これもアジア固有の共通の食文化ができてます。これを大いに推し進めていく拠点になろうではないか。今私どもは、アジアンビートという、インターナショナルネットワークに今6カ国でアジアの若者情報を発信している。日本語はもちろん、中国、韓国、ベトナム、タイ、中国語も2種類(北京語と広東語)ということで出している。それからもう一つ非常に一生懸命やっていますのは、ファコ(FACO)、福岡アジアコレクションです。これも、パリコレとか東京コレクションがありますが、われわれはアジアのファッションを作るという目標を明確に設定してやっている。ヘアファッションもある。福岡というのは、ヘアの美容学校というのがなかなか盛んです。もう一つは、医療があります。医療で高度医療の拠点になっていこうということです。最後に、それをやるためには、やはりインフラを世界に負けないようなものに整備していく。そのような目標をもって、5つの点で、アジアに貢献できる拠点になっていこうではないか、というのが福岡アジア総合戦略特区の構想です。それから2番目に言われたこと、確かに地域間の格差はある。地方交付税で、それぞれの行政水準のミニマムの財政を保証しようじゃないかということでやっており、これをきちっと維持しないといけない。ただ、何もかも同じ水準にしますと、かえってそれぞれの地域の創意工夫を阻害することになる。その設定の仕方が大切です。それぞれの地域の創意工夫、自主的な努力、自尊、という考え方が根本にないといけない、と思ってやっています。


川村

最近は、地方政治のほうが面白い。


薛軍

日本はこれまで高度経済成長期で大成功しました。中央と地方の政府の役割のバランスをうまくとって成功したと思います。その経験を紹介して頂きたい。また、中央と地方の分権について、中国にとっての教訓があればアドバイスをいただきたい。

麻生

中国には中国の長い歴史で形成されている統治の方法がある。中国の統治のやり方は、典型的に言うと科挙があり、皇帝が各地域に科挙の合格者を派遣している。もう一つはそれぞれの地域に特色があり、自らのあり方を考えていくという2面が中国の歴史には常にある。今見ていると、私のところに毎年中国共産党の中央党校のみなさん20人、30人が来ます。最近は経済問題より環境問題、高齢化社会をどうするのか、という点に関心が移って非常に熱心に勉強している。彼らは、呼び方は違うけれど、中央党校でまさに幹部として養成されている。この養成システムは見事だと思う。この人材養成を非常に積極的に中央政府がやっていて、かつその人材をうまく配置していく。これは非常に優れた中国の伝統に根ざした統治システムだと思います。


薛軍

最近ある県の議員と話したんですが、去年発表された現政権の日本の中長期ビジョンを知らないという。なぜ知らないかと聞くと、あれはあまり開示されていないとのこと。私としては、現政権の方針であり自分の問題じゃないか、と感じるのだが、どうも当事者意識が薄い。中国側の共産党の幹部の任命制は、日本の民主政権と違いますが、日本の問題点も含め、どう違うでしょうか。


麻生

結局、ああいう見事な仕組みで人材を中央側が養成して、中央に配置していくというやり方。これと民主的なチェックという問題をどう両立させるか、という問題は依然として残る。ただ現在のところは、効率や能率、決定権を非常に重視した政治システムである。これはやむをえないと思う。そうしないと、資源を徹底的に有効分野に集中し、人材を集中しながらやっていくことができませんから。しかしそういう時代を中国はだんだん超えていくでしょう。


川村

官僚システムに、全否定のような言動が最近目立ってきている。社会のシステムが成長期のシステムと違うのは当然だと思いますが、一方で、従前のシステムを一方的に否定している半面、それに代わるかたちが出てきているかというと、なかなかそれが見えない感じがする。

麻生

一言で言うと、官僚主導型から政治主導型に変えないといけないということですが、うまくいっていない。やはり日本の発展条件が非常に変わった。世界が明らかにグローバル時に全く違う考え方でやっていかないといけない。そういう時に、その切り替えができていない。官僚機構がしっかり世界を勉強してどういう方針で行くべきかのビジョンと、それを実行する具体的な提起ができていない。かつての日本はもっと謙虚に世界に学んだ。だから、もっと政治主導でやらないといけない、ということになったが、今のところあまりうまくいっていない。政治主導であるか、官僚主導であるかは、一種の言葉の問題ですが、両方とももっと、何が本当の問題か、何を解決するのか、そのためには具体的にどういうことをしなければいけないということを、世界から学ばなければいけない。もう少し謙虚に、国内の問題、あるいは国際的な問題を学んでその中から一番日本の社会にあったやり方を作り出していくということです。ただし、日本が低迷しているというが、これにはもう一つ大きな理由がある。 これだけ激しい勢いでの寿命が延びる、平均寿命が83歳ですよ。こんなに長生きするのは人類史上、世界文明史上初めてのことです。日本は今まで経験したことのない問題に一番先に取り組んでいる。これだけ高齢化した社会をどうやって皆が幸福にやっていけるか、仕組みを作っていくか、それはいずれ中国もそうです。中国は意外に早くそうなる。そういう21世紀の共通の課題に日本は一番早く取り組んでいる。苦労するのは当然です。ですから、あんまり日本をダメだと思う必要はない。世界最先端のことに別の形で取り組んでいると考えるべきだと思います。


薛軍

もう一つ聞きたいのですが、今回の地震のことです。日本だけの災害ではなく、人類の災害と言われています。中国も四川大地震とか、地震は少なくありません。知事の立場から、地方政府の危機管理のあり方と中央政府との連携とのあり方について伺いたいのですが。


麻生

危機管理の中心になるのはやはり国家です。今回明らかに国家的なレベルでの危機であるということです。今回のいろんな危機を通じて、国家レベルの危機管理上いくつかの問題が出てきた。危機を乗り越えるために、平時と違うルールでやっていくということです。ところが今の日本にはそういう明確な体系がないということなんです。そういうものをもっとしっかり持たないといけない。例えば、誤解を与えるかもしれませんが、原発事故が起こりました。あれを対処する場合に、少なくとも現場の作業においては通常の基準でやっていたのでは手の施しようがない。別のルールを適応するということがなければいけない。平時のルールの延長線では処理できないという現実があるということを冷静に見ないといけない。そういう点を今回反省含めて考えないといけないと思う。それから、今回は中央よりも地方の方が頑張ったと思う。例えば、被災3県に対する支援、人的支援あるいは物資の提供など、非常に迅速にそれぞれの判断で動いた。逆に言うと、危機管理における初動体制が地方のほうが早く動いている。人材供給でも、どんどん自分のところの要員を割いて送り出した。地方は危機管理能力を高めましたが、その裏には分権改革をやってきて、国と地方は対等だという定義を変えたことがある。


川村

大和総研が復興支援のプランニングとか、いろいろな関わりを持っている中で、今知事がおっしゃったことと同じ印象を持っています。今回見ていると、地方からの色々な起案や行動が大変すばやいし、実効性があるものをもってきている。さて、今後の自治体という目から見た日中交流のあり方、あるいはここは解決しないといけないという課題はありますでしょうか?


麻生

日中交流を私どもが考えていく場合に、地方同士の地域間交流、これは草の根交流とも言っていますが、これが非常に大事だと思う。国家間というのはなかなかいろんなことがあって、利害がぶつかります。これは当然のことである。しかし、やはり日中両国が、安定した相互の補完、協力関係をしていくという場合には、ベースの国民そのものがお互いに理解をしている、友達がいるということが非常に大事です。そういう安定した相互の理解が深い環境を作っていく場合に、われわれの地域間交流が非常に重要である。現に感じるんですが、確かにいろんなときに、日中間の危機があります。一般の人たちはそういうことを超えてやっぱり仲がいい訳です。仲良くしなくてはいけないじゃないかという気持ちは非常に強く持っているんです。この気持ちこそが、やっぱり非常に大事な日中の将来の基礎だと思うんです。それを育てていくという点で、地域間交流は非常に大事です。

川村

あっという間に所定の時間が来てしまいました。本日は本当に多方面に亘る興味深いお話、大変ありがとうございました。


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