第2回 高成長中国の構造的問題とその対応

ゲスト 河合 正弘 氏 アジア開発銀行研究所(ADBI)所長

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対談動画(大和スペシャリストレポート)

所得格差や貧富の格差の問題に対して中国はまだまだやれることがある。例えば税制、社会保障、教育や医療への投資。またメディアの力を活かすとともに、司法制度の整備を進めることで環境問題や公害問題に対処できる。

川村

河合所長は東大教授、世銀東アジア地域チーフエコノミスト、財務省副財務官、アジア開発銀行の幹部などを歴任されて現在はアジア開発銀行研究所所長として活躍されています。日本のみならずグローバルに著名なアジア経済全般にわたる第一人者です。まず初めに河合所長と中国との関わりについてお聞かせください。


河合

私が大学生であった1960年代後半、中国ではちょうど文化大革命が起きていました。日本では学生を中心に反体制的な思想が盛り上がっており、私自身も当時はどちらかと言えばそうした考えを持っていました。そうした中で、毛沢東の思想や中国に興味を持ち、大学の第二外国語として中国語を選択し、毛沢東語録を読んだり、中国の歌や京劇を知ったりしたのが中国との関わりの出発点でした。お茶ノ水女子大学(注 当時日本でナンバーワンの国立女子大学で、東大から距離も近い)も「中国」に力を入れていたため、年に一度一緒に京劇をやったりもしました。中国語は結局モノにはならなかったのですが、「文化大革命」は、今考えると行き過ぎたものであったものの、若い頃の自分にとっては大きな影響力がありました。次に中国と関わりを持った大きな機会は、1990年前後に北京の中国人民大学で講演し、当大学の先生方や学生達と交流したことです。その後、1998年から世界銀行で中国を含め東アジア全域の担当となり、中国の政策担当者や研究者と交流する機会を持ちました。そして、日本の財務省で仕事をしていたときには、上司が現アジア開発銀行(ADB)総裁の黒田東彦氏であり、2002年に人民元切上げの必要性に関する小論文を共に書き、それがFinancial Timesに掲載されました。当時の中国は物価デフレの環境下にありながら、すでに外貨準備の蓄積を始めており、この先もこの状況は続かないため人民元を切り上げていかないといけない、ということを書きました。真偽は定かではありませんが、それをきっかけに中国の政策担当者の間で黒田と河合の名がブラックリスト(?)に載ったと聞いています。2005年にADBに移り、2007年からはADBIに在籍する中で、中国の研究者や政策当局者との関わりがより深まっています。

薛軍

日本でも著名な中国社会科学院の余永定先生とはいつから面識があるのですか?


河合

2000年代の前半からです。


薛軍

余先生も人民元切上げの必要性を説いていらっしゃいますね。


河合

1985年9月のプラザ合意以後の円高が、日本のバブルの原因になったという議論があり、中国国内では日本の二の舞を踏まないためにも人民元切上げをすべきでないという議論が広まりました。たしかに当時の円の切り上げ幅とスピードは過大だったと思いますが、その後の金融・財政政策による過剰な反応や金融監督行政の脆弱性なども教訓とすべきだと思います。余先生や黒田総裁も同様の関心を寄せており、共同でコンファランスを行ったりしました。


川村

ADBI(アジア開発銀行研究所)の活動内容についてお聞かせください。


河合

ADB(アジア開発銀行)のミッションは、アジア域内の発展途上国に対して経済発展に必要な融資を行うと共に、各種の知見を提供することにあります。ADBIは特に知見の提供の面で仕事をしており、アジアの途上諸国が長期的且つ持続的に経済成長を続け、人々の生活の質を高めるためには何が必要かを研究するシンクタンクです。現在は主に3つの優先分野を設定しています。1つ目は社会包摂的かつ環境面で持続可能な経済成長の実現、2つ目は域内の経済統合と協調の促進、そして3つ目が政策の枠組みを高めるためのガバナンス改革です。現在抱えている研究分野としては主に4つあります。第1が温暖化・気候変動への対応と緑のアジアの実現、第2がASEAN、中国、インドといった域内諸国の相互依存関係の促進と、それら諸国が世界と調和した発展を遂げるための政策展望、第3がアジアの観点からみた国際金融・通貨システムの改革、そして第4はつい最近追加されたものですが、日本で起きた地震、津波、原発問題からの教訓についてです。この災害は、アジアをはじめ世界に大きなインパクトを与え、また将来にむけて有益な教訓になると考えています。


川村

中国社会科学院は4,000人近いスタッフがいると聞いていますが、ADBIのスタッフは何人くらいいるのでしょうか?


河合

国際的なスタッフは15人です。人数は少ないのですが、ADBIの強みは外部の様々なシンクタンクと協業ができることです。ADBIのスタッフはプロジェクトの企画や運営を統括し、外部の研究機関と協力することで少人数ながら多くのプロジェクトを実現させています。強みという点では、アジア各国のシニアレベルの政策担当者に対する能力開発や政策対話の機会を提供していることも挙げられます。これは例えば、彼らに様々な問題を勉強してもらうことを通じて、我々も彼らがどのような考えをもっているのか理解でき、それが次の研究アジェンダにつながるのです。


川村

余永定先生との接点もそうした共同プロジェクトを通じてだったのでしょうか?


河合

そうです。我々が何か研究プロジェクトを立ち上げるときには、中国社会科学院をはじめとして、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、ベトナム、インド、韓国等のシンクタンクや政府機関からも参加してもらって研究を進めています。


薛軍

ADBが初めにメコン川流域経済圏(GMS)という枠組みを提唱しましたが、ADBとして今後メコン諸国の協力をどのように進めていくのでしょうか?


河合

メコン川流域の開発問題に関しては既に制度的な枠組みが整ってきています。国家の大統領や首相をメンバーとしたGMSサミット、関連する大臣の会合、その下の上級実務者(SOM)の会合、さらにその下のセクター別のワーキンググループという体制で行っています。メコン川流域開発はADBが事務局となって取り組んでいますが、それだけでは機能しません。重要な事は、各国が自分たちの問題であると捉え、自発的に参加して行動に移すことです。英語で言うオーナーシップが重要です。各国に本気で物事を考えてもらい、また自分たちにとって本当に良いことであるといった確信をもってもらったうえで、インフラ開発や環境保全に取り組んでもらうのです。国を跨ぐインフラ開発プロジェクトや様々な地域経済協力の問題については、各国で影響力のあるシンクタンクを巻き込んで議論を行ってもらい、政策担当者だけでなく一般の人々にその重要性を更に広く認識してもらうことが重要です。


薛軍

ASEANの活動が+3(日中韓)あるいは+6(日中韓+インド、豪州、ニュージーランド)と拡大していく中で、中国の存在感がますます高まってきています。中国は先進国の仲間入りをしたという見方もある一方で、「いや、まだまだ発展途上国だ」という見方もある。中国の先進国と発展途上国という二つの顔を対外的に使い分けていることはどう思いますか?


河合

実際問題として、中国は依然発展途上国と言えます。一人当たりGDPは低いレベルに留まっており、農村部の貧困問題も深刻です。一方で沿海部など、特に上海・北京・広東・天津などの都市は一人当たり所得も含め急速に発展を遂げており、また、産業面でも技術面でも非常に能力が高まってきています。中国の政策当局者は、先進国的側面と途上国的側面の両方が混在している中で、対外的に二つの顔を使い分けているのが実情です。しかし、経済的、外交的に世界における中国のプレゼンスは高まっており、中国には国際ルールを尊重する姿勢が求められます。国際貿易のドーハラウンド、気候変動、世界的不均衡などの面で、中国はより責任ある行動を取るべきだと思います。中国自身が持続的な発展を遂げるためには、欧米諸国との軋轢を縮小させ、国際的なルールを守り、国際公共財を提供していくことが重要になります。

薛軍

中国政府は、新しい第12次5ヵ年計画において、これまでの経済成長の最大化から、持続的な成長に向けた構造転換へ進もうとしています。それについてはどう思われますか?


河合

中国政府のリーダー達は適切に問題を理解していると思います。中国は高い経済成長を遂げる中で構造的な矛盾が表れてきているので、様々な課題に対処していかないと持続的な成長ができなくなっているからです。例えば、所得格差の拡大、環境問題の深刻化、不動産価格の高騰、投資と輸出に過度に依存した経済発展、エネルギー多消費型の成長、サービス産業の未発達などです。国内経済の不均衡の観点で言えば、これまで不動産関連投資のウェイトが高く輸出主導型の成長を続けてきましたが、消費主導型にシフトしていかなければならないという課題があります。インドと比べて弱かったサービス産業を伸ばし内需を高める必要もあります。環境問題では非化石燃料の消費の割合をもっと高め、GDPに占めるエネルギー消費や、二酸化炭素の排出量を低下させていくことも課題です。また、所得や資産の格差に関しては、累進課税や資産課税の強化、相続税の導入などの税制改革、教育・医療・社会保障制度への投資の拡大などが挙げられます。社会保障制度の整備については、高齢化に伴い待ったなしの状況にあります。産業の寡占化の問題もあります。通信、電力、鉄道、金融などの産業は政府により保護されると共に、従業員の所得が他の産業の給与水準に比べ非常に高い。こうした様々な問題に取り組んでいかなくてはなりません。


川村

中国では経済成長とともに、インフレの問題も同時に高まっています。人民元について米国等は切上げを要求しています。一方で、中国側は国内インフレの原因が米国の「QE2(Quantitative Easing 2)=量的金融緩和第2弾」による過剰流動性にあり、輸出産業への打撃を考慮して切上げは出来ないと主張しています。その点についてはどう思われますか?


河合

双方共に言い分には一理あります。米国としては「QE2」が原因でドル安が進むのであれば、なおさら中国は為替を切上げて対応すべきという姿勢です。一方で、中国をはじめとした新興国では、為替の安定を重視しており、その観点から米国の金融政策の実施においては、他国へのインパクトを十分に考慮すべきだと主張しています。ただそうは言っても、中国など新興国側ではマクロ経済の安定が非常に重要で、インフレや不動産バブルを抑制することが必要なので、為替の切上げは重要なオプションとなります。ただし、新興国同士で歩調を合わせた方が為替の切り上げをやりやすいという側面があります。


薛軍

中国は様々な矛盾を抱える中で、多くの政策上の決断をしていかなければなりません。私が最も恐れているは、日本のようなバブル発生と崩壊が起きることです。1980年代後半以降の円高とバブルの発生・崩壊には何か関係があったのかもう一度ご意見をお聞かせください。


河合

プラザ合意前には1ドル250円程度だった為替水準は数年で1ドル120円近くまで円高が進みました。これは確かに行き過ぎた円高だと思います。一方で、人民元が現行の1ドル6.5元から3.0元近くといったような水準になることは当面のところ考えられません。人民元切り上げを提唱している米国ピーターソン国際経済研究所でさえ、切上げ幅としては20~30%程度で十分としており、これは中国側にとってもある程度時間をかければ許容範囲内のはずです。日本のバブルの原因は、急激な円高に対して金融政策、財政政策が過剰に反応したこと、加えて金融機関の融資行動については、住宅融資や不動産を担保とした企業向け融資が助長される一方で、金融行政による監視、いわゆるマクロ・プルデンシャル監督・規制が全くと言っていいほど行われていなかったことです。要するに、日本では円高そのものが資産価格バブルにつながったのではないということです。中国では金融行政による監督制度が徐々に整いつつあるので、それをしっかり続けていくことが良いと思います。金融政策としては、人民元の切上げや金利の引上げを考慮に入れつつインフレ抑制とバブル防止を目指すべきです。中国では人民元の切り上げは、バブル防止に役立つのです。


川村

1980年代のブラックマンデー時には全世界で株価が大暴落しました。ところが、その後日本株は1年半程度で急上昇しました。ファンダメンタルズや金融情勢と無関係な上昇で、これはマクロ・プルデンシャルがほとんど効いていなかったからとも言えるのではないでしょうか。一方、中国は2000年代に上海株が暴落した後上昇を続け、リーマンショックで再び暴落しました。しかしながら、現在は順調に上昇しています。そういった意味で中国の株式市場の舵取りはうまくいっている、と言えるのでしょうか?


河合

中国での株式市場の舵取りは、これまでのところうまくいっていると言えます。株価が日々上下するということが普通のこととして認識されるようになりました。むしろ問題は住宅価格の上昇です。主に二つの原因が考えられます、第1は、インフレが続く中で預金金利が低すぎることです。インフレ率が5%以上の水準になっている中で、預金金利(1年もの)が3.25%となっており、預金者からすると預金すると実質金利がマイナスで目減りするので、資金を住宅など他の資産へ流した方が有利だということになります。第2は、財政政策が依然として積極財政であることです。既に十分な経済成長の回復が実現されており、インフレが進んでいることを考えれば、財政政策を引き締める方向への転換が必要です。政府による社会インフラの整備や貧困層への支援は確かに重要ですが、マクロ経済的には財政引き締めによるインフレの抑制とバブルの予防が必要です。


薛軍

これからの中国の課題として、農村部の都市化や、低付加価値製品中心から高付加価値製品中心の輸出への転換などを急ぐ必要があります。その点についてはどう思われますか?


河合

都市化に関しては、まず農村部から都市部へ住民がもっと自由に移動できる制度が必要だと思います。戸籍制度を改めたり、日本の住民票のような制度を新たに導入してそれを教育・医療・年金などの社会サービスと結びつけたりすることが考えられます。とはいえ、人々が一拠に移動したら社会的な混乱が起こるでしょうから、都市部のインフラを整備して農村部からの人々を受け入れる態勢をつくることが重要です。輸出に関しては、おっしゃるように、その付加価値を高めていくことが課題です。例えばADBIが実施した研究でiPhoneの付加価値の内訳を調査したものがありますが、それを見ると中国で最終的に組立てられて輸出されたiPhoneの付加価値のうち中国で生み出された付加価値はたったの3.6%しかありませんでした。他方で、部品を中国に輸出している日本(同34%)、ドイツ(同17%)、韓国(同13%)などは、付加価値の割合が大きいのです。アメリカも部品を中国に輸出して6%の付加価値をつくり出しています。中国がこれまでとってきた加工貿易戦略、つまり部品や部財を無関税で輸入し、国内で組立てて輸出するというやり方は限界に来ているのではないでしょうか。中国は技術進歩もめざましいので、今後は国内の付加価値が高い貿易への転換が必要だと思います。

川村

高度成長期の日本では、所得倍増計画のもとで、経済成長イコール豊かさとみなされていました。しかし、現在では高成長の影で失われたものにも注目が集まっています。経済成長と人間の幸福の関係についてどう思われますか?


薛軍

中国でも広東省などは、新しい5カ年計画において経済成長よりも市民の幸福感を重視する姿勢を打ち出しています。例えば、「幸福広東省」というものを5年計画で作ろうという計画を立てました。これは、広東省のGDPを増やすよりも人を豊かにしようといった趣旨のものです。


河合

幸福は主観的なもので、一般化・数量化するのが難しいものです。世の中には貧しくとも幸せに暮らしている人はたくさんいます。例えば、私が1年半程度住んだマニラでは、フィリピン人の経済的豊かさは不十分ながら、家族の絆を重視して楽しくすごそうとする姿勢が強く印象に残っています。しかしながら、そうは言っても、GDPで示される所得の豊かさは、幸福の構成要素の1つとして外すことは出来ないと思います。しかし、GDPだけで幸福を測ることは出来ません。日本の高度成長のつけとして、環境劣化や公害問題がありました。いくら経済成長しても、汚れた空気・河川・土地の中で住むのは幸福とは言えず、高所得を得つつも同時に緑溢れる豊かな環境を享受でなければ幸福とは言えません。例えば、GDPから環境への負荷を差し引いたグリーンGDPの考え方を採用してみてはどうでしょうか。社会的なリスクへの対応のあり方も、人間の幸福に影響を与えると思います。フィリピンの例でいうと「家族の絆」が強く、コミュニティで手に手をとって相互扶助を行うなどいわゆる「ソーシャル・キャピタル」がしっかりとしているところでは人間の幸福は高まるのではないでしょうか。そうした伝統的なやり方が崩れてきたところでは、しっかりとした社会保障制度を作っていくことが必要です。中国の場合には、少子高齢化が進み、かつ核家族化の傾向があるため、社会保障制度を強化していくことが喫緊の課題だと思います。GDPを高めることも重要ですが、豊かな自然環境を保ち、社会的な安全網や安定性を確保していくことが人間の「幸福」につながるのではないでしょうか。


薛軍

中国は日本の経験から多くのことを学ぼうとしています。しかし、個人的には日本と同じような失敗の道を辿るのではないかとも懸念しています。日本と同じ失敗をしないよう、何か中国に対してアドバイスはありますか?


河合

日本において、良かった点としてはメディアや司法制度の力があります。公害問題などについてメディアが積極的に国民に知らせたことで事態を改善させました。あるいは四日市ぜんそくや水俣病などについて裁判所への訴訟の結果、国による賠償や補償へと発展していった経験があります。また、オイルショックという外圧がもたらした価格変化をテコに国内で省エネ化が進展しました。中国においても、メディアの報道をもっと開放する、司法制度をもっと活用する、エネルギー価格を国際市場と連動した水準にするなどの点を真剣に考慮すべきではないかと思います。これまでの日本を含め先進国が歩んだように、まず経済成長を達成させてから公害などの負の側面の後始末をするというのは非常にコストがかかる作業です。当然、人口13億を抱える中国でも高いコストが想定されますし、そのつけが貧困層へ行くことも懸念されます。最後に、日本では1961年には公的医療保険や年金保険について皆保険・皆年金制度を実現させており、中国でも皆保険制度の整備などを平行して行うべきではないでしょうか。


薛軍

全く同意です。


川村

あっという間に予定の時間を過ぎてしまいました。本日は多くの有意義なお話をありがとうございました。

河合

こちらこそどうもありがとうございました。



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