2016年03月16日
2015年にコーポレートガバナンス・コードが導入され、日本企業が「稼ぐ力」(=企業価値の向上及び持続的な成長)を強化するための「攻めのガバナンス」を実現することが期待されている。
しかし、「攻めのガバナンス」が注力されている一方で、「守りのガバナンス」が盤石かというと昨今の企業不祥事の度重なる発生から考えると必ずしもそうとは言い切れないのではないか。
2006年5月施行の会社法改正による内部統制の強化や2008年4月以降に始まる事業年度から適用された日本版SOX法(財務報告に関わる内部統制報告)が運用され久しいものの、企業の不祥事は後を絶たない。
収益の拡大を図る一方、遵守すべき法律・法令や社内規則に違反し大きな不祥事に発展している企業は枚挙にいとまがないのが現状である。
そのような中で、徐々にではあるが、「守りのガバナンス」の一翼を担う内部監査の役割は重要性を増してきていると言える。
社団法人日本内部監査協会によれば、「内部監査は、組織体の運営に関し価値を付加し、また改善するために行われる、独立にして、客観的なアシュアランスおよびコンサルティング活動である。内部監査は、組織体の目標の達成に役立つことにある。このためにリスク・マネジメント、コントロールおよびガバナンスの各プロセスの有効性評価、改善を、内部監査の専門職として規律ある姿勢で体系的な手法をもって行う。」と定義されている。
以上のように内部監査の役割は組織体の目標の達成に役立つことであり、組織体の運営に関し価値を付加する活動であるが、日本企業の内部監査部門は幾つかの課題を抱えており、上記の定義の内部監査を行う途上ではなかろうか。
以下、日本企業における内部監査部門の課題と施策について考察する。
内部監査部門の課題
- 規模
- 有価証券報告書の「コーポレート・ガバナンスの状況等」を見ると、内部監査部門の状況が記載されているが、国内・海外子会社を数十抱えて、従業員が1,000人を超える大企業であっても内部監査部門の人数が「1名」という企業も見受けられ、部門という組織規模を満たしていない企業が散見される。
- 内部監査部門は営業部門とは異なり、収益を生み出さない部門であるため、最低限の人数しか配置しないと考えている企業の経営者の話をよく耳にするが、上記のような規模では、最低限の機能も満たさないのではなかろうか。
- ある企業では、「現在の内部監査部門の人数では、全グループ会社を監査するのに10年以上かかる」という話も聞く。これでは、とある部門を監査している間に監査が実施されていない他のグループ会社でリスクが顕在化し、不祥事等に繋がる恐れがある。
- 人材
- 監査を行うために、内部監査部員は、事業・業務に対する理解や、法律・法令・社内規則に通じていないと十分な監査を実施できない。
- また、被監査部署の所属長等に問題点を指摘・助言し、納得させるだけではなく、社長等の経営トップに報告するコミュニケーション能力にも長けている必要がある。
- 従って、内部監査部員は、専門知識が問われると同時にコミュニケーション能力も兼ね備えた人材が求められる。
- 組織
- 内部監査部門は、一般的に社長の直轄におかれる場合が多く、その点で他の部署との独立性や客観性は保たれるが、社長の部下という組織上の位置づけから、社長の業務執行に対する監査は困難と言える。コーポレートガバナンスの最も肝である、社長という経営トップの不正等を防ぐことが難しい立ち位置にある。
以上のような課題に対し、更なる内部監査部門の機能発揮のための施策として以下のようなことが考えられる。
内部監査部門の課題に対する施策
- 内部監査部門を通じたキャリアパスの形成
- 内部監査部員は監査活動を通じて、事業や業務に対する理解が深まり、事業や業務に対する見方が高度になる。この業務経験は、事業・営業部門に異動した場合、業務管理上役立つのではないかと考える。具体的には、業務フローの改善活動や業務のリスクマネジメント活動に活かせるのではなかろうか。
- また、人事制度において内部監査部門の経験を上級管理職や役員へのキャリアパスの一環と位置付ければ、内部監査部員のモチベーションは向上し、日本内部監査協会で定義するような組織体の運営に付加する活動になっていくのではなかろうか。また、そうなれば、内部監査部門に対する社内での位置付けも高まり、内部監査を受ける側の対応や姿勢もよりポジティブになる可能性がある。
- 新たなレポーティングラインの確立
- 英米では、以下の図のように内部監査部門は社長に対するレポーティングラインとAudit Committee(監査委員会)に対するレポーティングラインの二つがある。社長に対するレポーティングラインは、日本の社長に対するレポーティングラインとほぼ変わらないが、監査委員会に対するレポーティングラインがあり、これは社長に対する牽制となりうる。

- 尚、内部監査の国際機関であるInstitute of Internal Auditors (IIA)の基準では、以下の表のように上記の2つのレポーティングライン(監査機能上指揮と部門運営上指揮)を示している。

- 日本企業においても同様のことが考えられる。日本では、統治形態は一般的に監査役会設置会社であるが、下図のように、社長から独立した監査役会や社外取締役へのレポーティングラインを構築することにより、内部監査部門の社長からの独立性を確保することとなり、社長に対する牽制となり、経営者主導による不正等を防ぐ機能となるのではないか。

以上、日本企業の内部監査部門の課題とそれに対する施策を考察したが、このような課題に対し施策を実行させることで、「攻めのガバナンス」だけではなく、それを支える経営基盤と言える「守りのガバナンス」を確立できるのではないだろうか。そして、内部監査部門がその活動を継続的に運用し改善を加えることによってはじめて企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上が実現するのではなかろうか。
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