2017年07月27日
2016年のカンボジアの観光業収入は32億ドルであり、これは同国の名目GDP約200億ドルの16%を占める。慢性的な赤字が続く同国の貿易収支状況を考えると、近年旺盛になっている消費活動を支える貴重な外貨獲得手段である観光業の重要性は高まる一方である。
当然ながら政府も観光業の重要性を痛感しており、2020年までにカンボジアを訪問する観光客を750万人、観光による収入を50億ドルに引き上げるという目標を2012年に設定している。また、併せて目標750万人のうち200万人を中国からの観光客とする目標を立てているのも面白い。
これら目標に対し、フン・セン首相は自らカンボジアと各国を結ぶ直行便の誘致活動に尽力、また外資のリゾートホテル建設を積極的に受け入れるなど、様々な政策を進めてきた。その結果、2011年から2016年までのカンボジア訪問者数は年率平均11.7%の伸びを見せ、2015年には中間目標である450万人を達成するなどの成果が表れている。今後もこの増加率を維持できれば、最終目標の750万人達成も実現可能に思える。無論、中国人観光客数も順調に増加しており、5年前に25万人程度であったのが、2016年時点で83万人に達している。こちらも、同様に2020年の目標達成は十分可能な情勢だ。

しかし足元の状況、具体的にはピーク時のホテルの空室状況(キャパシティ不足)や1年を通じて訪問者数の増減が激しいなどの状況から、目標達成に対して慎重な見方も示さねばなるまい。
カンボジア観光のベストシーズンは11月から3月までとされており、特に観光客の多くなる12月には、観光名所アンコールワットで有名なシェムリアップのホテル稼働率は100%の上限に近づくとされる。しかし、2011年から2015年の間に首都プノンペンではホテル客室数が59%増加しているのに対して、シェムリアップでの増加率は14%にすぎない。現在のシェムリアップ訪問を中心とした新規訪問者受入余地は限定的と捉える必要があるのではないか。
季節性についてみても、ホテル稼働率の年間平均が70%ほどにある一方で、訪問者数は月ごとに大きく変動するのが現実だ。例えば、乾期にあたる11月~5月のうち、訪問者数が最多になる12月には61万人(2016年)が同国を訪れる一方で、11月~3月の平均月間訪問者数は約50万人まで減少、特に4、5、9月にはピーク月12月の半数である30万人程度にまで落ち込む。稼働率の天井に近い12月の訪問者数増加に頼った目標達成は少々楽観的すぎると言わざるを得ない。
なお、誤解を避けるために断っておくと、年間平均70%という稼働率は決して低い水準ではない。例えば、マイナーインターナショナル社によれば、同社ホテルの稼働率は70%前後で推移しているとのことである。しかし、カンボジアのホテルでは月ごとの訪問者数増減が激しいため、訪問者が少ない月の底上げができなければ、ホテル設備を増改築してキャパシティを高めたところで収益力が低下し、投資回収が遅れるリスクが高まってしまうという問題がある。

5年前の目標設定時から今日までに観光客が増加したことには、周辺各国とカンボジアを結ぶ直行便を増設し、アクセスを容易にしたことが大きく寄与している。しかし、このような輸送インフラの整備だけでは、既知の観光資源にしか観光客が集まらず、月ごとの観光客数に偏りが生じてしまう事態の改善にはつながり難い。
筆者が思うに今後2020年に向けて行うべきは、月平均の訪問者数を多くの観光客が訪れる現在の12月水準へ近づけることではないだろうか。特に、乾期で気候にも恵まれているベストシーズン中の11月や1~3月を12月レベルに引き上げるのは、比較的実現性の高い目標ではないか。また雨期にあたるものの、ピーク時ほど厳しい暑さではなく果物のおいしい季節として日本人旅行者にも人気の高い7~8月について、訪問者数を増加させるポテンシャルも十分にあると考える。もちろん、雨期の終了時期10~11月には「水祭り」が観光の目玉となろう。
季節ごとに対応したカンボジアの魅力についての積極的な情報発信等は、こうした各月の訪問者数の平準化へ少なからず寄与しよう。加えて、シェムリアップ以外にも「世界で最も美しい湾クラブ」に選ばれたカンボジア随一のビーチリゾート、シアヌークビルといった魅力ある観光資源を対外的に売り出す努力も可能だろう。カンボジア政府や同国観光業界にできることはまだまだ多いとは言えまいか。
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