2017年04月11日
最近、鉄道整備の関係でモンゴルを訪れる機会を得た。モンゴルは人口約300万人、156万平方キロメートルと日本の約4倍の国土面積を誇る国(※1)だが、同国における近年の経済成長は減速傾向にある。2016年の実質成長率は1.0%(※2)と、これまで5年間連続で急低下を余儀なくされている(※3)。背景は様々だが、そもそも同国では人口が少ない、海がなく(海運を利用できない)輸送は陸路と空路に限られる、という成長上の制約がある。資源開発が同国の主要な産業なのだが、資源産業では輸送が重要であり、同国を南北に走る鉄道(南北線)が主要幹線として大きな役割を担っている。
言わずもがなだが、インフラの充実は経済発展には欠かせない。要するにモンゴルでは鉄道整備が経済的に大きな意味を持つが、同国の幹線鉄道は建設時の予算制約からトンネルを作らず、また橋梁架設を避けて敷設されるなど結果としてカーブが非常に多い路線なのが実情だ。このため列車の運行速度に制限がかかり、輸送効率面や安全面での質が低い状況を余儀なくされている。現在、新しい鉄道路線建設が数々計画されており、これはこれで大きく期待されるところだが、複数のプロジェクトでは、線路の幅である軌間をロシア(広軌1520mm)と中国(標準軌1435mm)のどちらに合わせるかといった争いも生じている。これは、あるプロジェクトが実施されると他のプロジェクトの投資採算に負の影響が出るといった悩ましい問題を惹起する。またそもそも、これらは大型プロジェクトとして多額な資金が必要で、政治的な調整を含めて実現・完成までに時間がかかる。
これに対して一部では、小規模でよいからモンゴルでの自助努力を後押し、対応可能な部分から早期に着手することで、その効果を享受する方法を考える動きが注目され始めている。これは鉄道の新線を建設するのではなく、従来路線のリハビリを推進することで輸送力の増強、効率化を進めることを想定するものだ。先端技術でなくても現在の途上国の実情に合った技術を導入すればよく、ここでは必ずしも最新設備・技術の導入は必要ない。そして何より、この従来路線のリハビリを中心とする手法では、技術供与を受ける側の自助努力が重要で、とかく新興国にありがちな国際援助に頼りきりになる弊害を防ぐという効果も期待できる。
少々抽象的な話で恐縮だが、例えば施設のリハビリに必要となる部品等について、技術を含めて当初は先進国より輸入するとしても、これを国内生産する形にシフトさせ、製造コストの低減を目指して輸入代替を実現する。そして先進国の部品に見劣りしない品質のリハビリ部品を製造できるようになれば、低コストでの機能性、耐久性等の向上が図れ、全体としての鉄道事業運営のコストも大きく削減される。これはそのコスト削減分を他のインフラ整備に回す余裕ができることになり、さらに多くの既存の路線でリハビリ推進が可能になる、という好循環が生まれるはずだ。小さな好循環でも、うまく回り始めれば効果は大きくなり、持続可能なインフラ整備、経済開発が進むという寸法だ。小規模ながら、技術の習得と部品国産化、鉄道事業運営費の削減、余剰資金を生み出す、という流れが重要なのである。
先日見学した鉄道整備工場では、工場建屋外に大型エンジンブロック、トランスミッションケースなどの鉄屑が山積みになっていた。これらを原料として自社で必要とする整備用部品を鋳造するとのことである。また加工棟ではロシア製のマニュアル式工作機械が15台ほど設置されていたが、自動化はされておらずすべて手作業で行われていた。しかし、同行した日本の技術者によれば、ここでは鉄道輸送設備のリハビリに必要な部品について自社生産が可能との見立てを持っていた。問題はリハビリに必要な部品の精度や耐久性をどのように必要な水準に引き上げるかなのだが、きちんと要点を押さえた技術導入を図ることで、実用に耐え得る部品の製造は十分実現できるとの判断であった。
先に掲げたように、小規模ながら技術導入を図り、リハビリ部品を国産化してコスト低減を実現、また余剰資金をさらなる鉄道リハビリ事業に充てる。モンゴルでの鉄道整備に関する視察調査は、こうした効果的な循環実現が大きく期待できるものであった。しかも小規模だが短期間での改善効果が期待でき、さらに自助努力の醸成による持続可能な支援となり得る手法でもある。小規模でも日本が途上国支援でできることは、まだまだ多いことを痛感させられる。
(※1)外務省ウェブサイト「モンゴル国(Mongolia)基礎データ」
(※2)National Statistics Office of Mongolia(速報値)
(※3)2012年~2016年まで12.3%、11.6%、7.9%、2.3%、1.0%、National Statistics Office of Mongolia
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