2012年03月08日
タイはメコン河流域(GMS:Greater Mekong Subregion(※1))において2004年と比較的古くからバイオエタノール(BE)の利用推進を表明しており、2011年のBE利用量は4.3億リットルとGMSの1位、アジアの中でも中国(19.5億リットル(※2))に次ぐ2番目に位置する。GMSにおけるBE先進国と言えよう。
しかしタイのBE利用量は2009年以降ほぼ横ばいに留まっており、2011年のBE利用量は決してタイ政府の満足する水準ではない。2008年に発表された再生可能エネルギー15ヵ年計画によれば、2011年の目標利用量は10.9億リットルであり、実績は目標の半分にも届いていない。
本稿ではなぜタイのBE利用量が伸び悩んでいるのか考察するとともに、GMSのBE先進国であるタイの状況をみることで、GMSにおけるBEの将来を考えたい。GMSに注目するのはGMSが豊富な農地や比較的安価な労働力を有し、将来のバイオ燃料の供給基地になる可能性を秘めていると考えるからである。

まずBE利用量をBEの利用形態にあわせてブレイクダウンする。BEはガソリンと混ぜ合わせられて「ガソホール」として販売されており、それぞれオクタン価によってハイオク(※3)とレギュラーの2種類が存在する。下図でハイオクとレギュラーそれぞれにおけるガソリンとガソホールの利用量を示す。


ハイオクではガソリンからガソホールへの移行が一巡している。すなわちハイオクE10(BEの混合比率が10%)が普及しハイオクガソリンはほとんど利用されていない。さらなるBE普及を促すためにはBEの混合率を高めたE20(同20%)やE85(同85%)の普及が求められるが、そのためには利用者による専用車購入が必要となる。E20やE85の小売価格抑制、専用車購入の優遇といった財政負担が必要になるが、天然ガス車両(NGV:Natural Gas Vehicle)やバイオディーゼルといった他の燃料との競合にさらされている。
タイ政府は国内で生産される天然ガスの国内利用も進めている。特にコストパフォーマンスを重視する利用者層にとってNGVは強大なインセンティブを有している。下表はガソホールやNGVについて、単純に熱量あたりの単価を比較したものである(※4)。E85がガソリンの8割程度の価格に留まるのと比べ、NGVはE85と比べても4分の1の価格に過ぎない。圧倒的な価格差が存在する。

次にレギュラーガソリンをみる。ハイオクとは異なり、レギュラーガソリンからレギュラーE10への移行があまり進んでいない。2007年から2009年にかけてはレギュラーガソリンからレギュラーE10への移行が進んだものの、そのトレンドは続かず、依然としてレギュラーガソリンの消費量がレギュラーE10を上回る。利用者の意見では、燃費の悪さやパワー不足などのデメリットが指摘されている。燃費の悪さを差し引いて、上表のように熱量あたりの単価で比べても4%の価格差が存在するが、パワー不足などのデメリットとのトレードオフでレギュラーガソリンが一定の支持を得ているようだ。レギュラーE10への移行を押し進めるためには、より一層の価格差が必要となろう。
以上、NGVやレギュラーガソリンとの比較から、BEのコスト競争力強化が問われていることが分かる。そのための具体策として2点挙げる。第一に、BE生産のコスト抑制によってコスト競争力を強化する。現在、税制優遇や石油基金によってBEには価格インセンティブが付されているが、これを除くとBE価格はガソリン価格とほぼ横並びである。BE生産をタイの産業として確立させるためには、まずはガソリン価格を安定的に下回るコスト競争力を確保することが重要である。例えば、原料作物の高収量品種の開発や栽培技術向上による単収増加といった原料作物価格の抑制、あるいは発酵工程などの改善による高効率生産が求められよう。
第二に、BEの政策順位を押し上げて税制優遇や基金によるサポート強化を図る。そのためにBE事業者は、タイ国農家の収益向上といった農業政策に合致するようなビジネスモデル、さらにはタイ国農家への貢献を重視したビジネスモデルの創出が重要となろう。
冒頭にも述べたように、上記はタイに限られたものではない。BEを推し進める多くの国で、発生し得る課題とその対応指針となるだろう。
(※1)Greater Mekong Subregionとはタイ、カンボジア、ベトナム、ラオス、ミャンマー、中国の雲南省、広西チワン族自治区といったメコン河流域国・地域の総称。
(※2)USDA, “China- Peoples Republic of, Biofuels Annual, 2011 Annual Report”, GAIN Report Number 11039, 2011
(※3)タイのガソリン・ガソホールはオクタン価91と95の2種類が存在する。本稿では前者をレギュラー、後者をハイオクと呼ぶこととする。
(※4)もちろん実際の燃費はこのような単純な熱量計算とは異なっており、実証実験などにより燃費の計測が試みられている。
(※2)USDA, “China- Peoples Republic of, Biofuels Annual, 2011 Annual Report”, GAIN Report Number 11039, 2011
(※3)タイのガソリン・ガソホールはオクタン価91と95の2種類が存在する。本稿では前者をレギュラー、後者をハイオクと呼ぶこととする。
(※4)もちろん実際の燃費はこのような単純な熱量計算とは異なっており、実証実験などにより燃費の計測が試みられている。
このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。
同じカテゴリの最新レポート
-
コロナ禍を踏まえた人口動向
出生動向と若年女性人口の移動から見た地方圏人口の今後
2024年03月28日
-
アフターコロナ時代のライブ・エンターテインメント/スポーツ業界のビジネス動向(2)
ライブ・エンタメ/スポーツ業界のビジネス動向調査結果
2023年04月06日
-
コロナ禍における人口移動動向
コロナ禍を経て、若年層の東京都一極集中は変化したか
2023年03月31日
関連のサービス
最新のレポート・コラム
よく読まれているコンサルティングレポート
-
アクティビスト投資家動向(2024年総括と2025年への示唆)
「弱肉強食化」する株式市場に対し、上場企業はどう向き合うか
2025年02月10日
-
退職給付会計における割引率の設定に関する実務対応について
~「重要性の判断」及び「期末における割引率の補正」における各アプローチの特徴~
2013年01月23日
-
中国の「上に政策あり、下に対策あり」現象をどう見るべきか
2010年11月01日
-
買収対応方針(買収防衛策)の近時動向(2024年9月版)
ステルス買収者とどう向き合うかが今後の課題
2024年09月13日
-
サントリーホールディングスに見る持株会社体制における株式上場のあり方について
2013年04月17日
アクティビスト投資家動向(2024年総括と2025年への示唆)
「弱肉強食化」する株式市場に対し、上場企業はどう向き合うか
2025年02月10日
退職給付会計における割引率の設定に関する実務対応について
~「重要性の判断」及び「期末における割引率の補正」における各アプローチの特徴~
2013年01月23日
中国の「上に政策あり、下に対策あり」現象をどう見るべきか
2010年11月01日
買収対応方針(買収防衛策)の近時動向(2024年9月版)
ステルス買収者とどう向き合うかが今後の課題
2024年09月13日
サントリーホールディングスに見る持株会社体制における株式上場のあり方について
2013年04月17日