2010年10月05日
尖閣諸島沖の事件に関連し、中国の外交政策への注目が高まっている。経済力の高まりを背景に強硬な姿勢を示す今回の中国の対応は、一歩後ろに下がって目立たず近隣友好を進めるこれまでの外交からの、根本的な転換であるとの論調もにわかに出てきている(9月28日付シンガポール联合早报、同30日付Financial Times等)。筆者は国際政治の専門家ではないが、こうした機会であるので、あえて少し冷静に、近年の中国の多国間の様々な枠組みへの関与をレビューすることにより、今後の中国の対外政策、対外姿勢に、ほんとうにそのような根本的転換が生じでくるのかどうかを見極める一助としたい。(※1)
1990年代頃から、中国は地域安全保障等を主たる目的とする様々な多国間地域協力の枠組みに参画するようになってきている。主なものを挙げれば、1991年にAPEC, アセアン地域フォーラム(ARF)には設立時の1994年から参加、またその他、上海協力機構(SCO),アセアン+チャイナの枠組み、6カ国協議(6PT)、チャイナ・太平洋島嶼国経済協力フォーラム(CPIC)などがある。しかし、これら地域協力の枠組みへの中国のアプローチの仕方を見ると、必ずしも一様ではない。
国際政治学的なアプローチでは、ある国と多国間協力枠組みとの関わりを説明する上で、およそ次の3つの視点を考慮するようである。すなわち、第一に、参加国のパワー、影響力がどのように分散しているか、とくに主たる参加国と当該国の関係がどうなっているか、第二に、その多国間協力枠組みで扱われる課題の重要性、それが当該国にとって政治的、経済的にどの程度重要なのか、どういった利害をもたらすのか、また他の参加国にとってどうなのか、第三に、当該多国間協力枠組みの制度化(institutionalization、目標、行動規範がどの程度ルール化されているか、恒久的事務局や委員会等の有無、開催の頻度等)が、どの程度進んでいるか、それは誰のイニシアティブによるものか、という点である。こうした視点を踏まえると、中国の上記多国間地域協力の枠組みへの関与は、おおむね、APECやARFに対してはどちらかと言えば受身、消極的、SCOやアセアン+チャイナ、CPICに対しては積極的で主導しようとする意図が顕著、6カ国協議については、一概に積極的あるいは消極的とは言いがたいが、いずれにせよ、中国は主導的な役割を果たす一方、それは国際政治力学の影響を大きく受ける微妙なもの、という整理がされていると言ってよいのではないか。たとえば、反国際テロリズム、反民族分離主義、反宗教的急進主義を共通の課題とし、メンバーもロシアや中央アジア諸国を中心とするSCOは、中国が最も積極的に関与する多国間地域協力の枠組みである一方、中国との関係が一様でない様々な国が参加し、したがって中国としてあまり主導権は取れない、また必ずしも共通の明確な目標、課題を持たないARFに対しては、それほど積極的な関与はしてこなかったと言える。
中国当局はまた、とくに経済的な面では、原則は主張しつつも(あるいは原則は貫かれているというなんらかの説明ができる範囲内であれば)、できるだけプラグマティックかつ現実主義的な対応を採ることがその特色と言える。おそらく、社会主義経済建設の初期の段階では、米国によって主導される、所謂アングロサクソン的な国際経済システムとは異なる基準、システムを模索した時期があったかもしれないが、結局、中国は、高いコストを払って全く新しい何かを構築するよりは、既存のシステムに乗っかって、その枠内で、中国として主張すべきことを主張した方が得策であることに、比較的早い時期に気がついたということが、IMFやWTOへの参画の背景ということではないか。最近の、中国のIMF等での出資割合、発言権の増大をねらった主張と、ドル機軸体制が揺らぐ中で、「人民元の国際化」を推進せんとする動きは、こうした文脈の中で、経済力を高め自信を深めた中国の戦略として、当然の帰結と考えられる。米国、欧州、日本などにとっては、中国が、こうした多国間地域協力の枠組み、あるいは世界的な協力の枠組みへ積極的に関与しコミットしていくことは、基本的には、おおいに歓迎されるべき話である。問題は、そうは言っても、他方で、中国はなおやや異なる価値観、基準を有しており、また、国際社会の中で、ある時は、先進的な大国としてふるまい、ある時は、なお援助を必要とする途上国としてふるまうというダブル・スタンダードを、巧妙に使い分けていることである。各国政策当局者は、こうした中国の動き、主張を注意深く見ながら、各多国間協力の枠組みの中で経済力を背景に国際的な影響力を高める中国に、どう対応していくかを冷静に考えることが求められている。
(※1)本稿は、“China’s Multilateral Cooperation in Asia and the Pacific,”Chien-peng Chung, Routledge 2010、およびこれに対する筆者自身の書評(オーストラリア国立大学英文研究雑誌、‘Asian Pacific Economic Literature’ に掲載予定)等を基にまとめたものである。
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