2010年06月02日
近年、日本市場の成長が鈍化する一方で、中国市場の成長は著しいものがあり、多くの日系企業は中国市場に活路を求めて事業拡大を図っている。しかしながら、成長期待が高まる一方で、中国における各社のリスクマネジメント体制はまだ整備途上にある。
日本国内では、少なくとも上場企業においては、J-SOX制度が適用開始されたこともあり、管理規程や推進組織などのリスクマネジメント体制が確立され、Plan(リスクの認識・分析・評価、リスク対策の策定)→Do(リスク対策の実行)→Check(モニタリング)→Act(経営者による見直し)というリスクマネジメントのPDCAサイクルが構築・運用されている。
一方、中国においては、特有の文化や法制度をはじめとして日本とは異なる環境の中、様々なリスクが発生し、在中子会社の多くがその対応に迫られている状況である。現状の中国におけるリスクマネジメントの主な課題としては、不十分なPDCAサイクルの確立、不十分なリスクの洗い出し、中国子会社におけるリスクの隠蔽の可能性、日本人駐在員とローカル社員とのコミュニケーションの壁、などがあげられる。法制度や競争環境が大きく変わる中で、中国におけるリスクは増大し、多様化している。その中でも特に、戦略リスクのうち「ガバナンス・組織リスク」、オペレーティングリスクの「人事・労務リスク」が重要なリスクである。

「ガバナンス・組織リスク」は、内部統制でいう全社的統制が対象とする領域に相当する部分であり、リスクマネジメントの土台となる。出資状況やガバナンスの考え方にもよるが、ガバナンス・組織リスクの例として、以下のようなリスクがあげられる。
- 合弁会社における董事会(※1)機能(例えば、合弁企業の定款の改正や解散・増減資等の重要事項については、董事会に出席した董事の全員一致の決議が必要となるため、スムーズに意思決定できないリスクがある)
- 日本本社と中国子会社間の不明瞭な役割・職務権限や情報伝達
- 不十分な監査(事業拡大に対応した監査機能の強化がされていないため、従業員の不正行為を十分にチェックできない等)
「人事・労務リスク」は、大多数の中国子会社が何らかのかたちで抱えているリスクであり、現地の日本人駐在員が対処に苦慮しているリスクである。今後とも中国子会社の運営強化を行い、業績向上に繋げるために対処が必要な人事・労務リスク例としては、以下のようなリスクがあげられる。
- 人事制度の適応性(中国の給与体系は職務(ポスト)に応じて給与を定める職務給与制度が一般的であり、年功制と成果型を組み合わせた日本の給与体系とは異なる)
- 日本人駐在員とローカル社員の給与水準の差
- ジョブホッピング(※2)
- 従業員・元従業員からの訴訟
- 従業員の横領・不正
中国におけるリスクマネジメント体制を構築・運用し、以上の様々なリスクに適切に対処していくためには、ボトムアップの情報伝達の円滑な流れを構築することが重要である。そのような情報伝達が行われないと、中国子会社の現場に存在する生のリスク情報が、中国子会社から本社の経営層まで伝わらず、本社対応が必要な重要なリスクに対して十分な対応策がなされない可能性が高くなるからである。そのためには、図表2に示すようなコミュニケーション対策を行い本社サイド、日本人駐在員、ローカル社員との間のコミュニケーションの壁を取り払うことが必要であろう。それが中国におけるリスクマネジメントの根幹と言える。

(※1)董事会:日本における取締役会と株主総会の機能と権限を併せ持つ、会社の最高意思決定機関
(※2)ジョブホッピング(job-hopping):技能や賃金の向上を求めて転職を繰り返すこと
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