2015年01月14日
「コーポレートガバナンス・コード原案」が金融庁HPにて公開されている。コーポレートガバナンス・コードとは、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を目指す「攻めのガバナンス」を実行していくための指針である(※1)。当該コードは、企業におけるリスクの回避・抑制や不祥事の防止といった「守りのガバナンス」を過度に強調するものではないとされているが、その適用前に自社の業務リスクについて、もう一度整理し、足元を固めておくことが重要であろう。筆者の携わる退職給付会計業務は、企業財務に与えるインパクトが大きいにも関わらず、数値算出の仕組みやその会計処理が複雑であることから、業務フローやそのリスクに対して主体的なコントロールを行っていくことが難しいといった声が多く聞かれる。そこで、本稿では、退職給付会計業務に関し、顧客から相談を受けた一部の事例と、そのリスクを低減する考え方について紹介してみたい。
【事例1】
1月に入り10年国債の利回りが0.3%を割り込む水準になった。このままの状態が3月末まで続くと、今年度末には割引率の見直しが必要になり、来期の費用が著しく増加することになる。割引率変更時の影響を、もう少し小さくすることはできないだろうか。
【事例2】
退職率を5年ぶりに検証した結果、実態と大きく乖離していることが判明した。適正な退職率を用いて計算してみると、退職給付債務が30%以上も増加することになった。毎期、退職率を見直して、実態との乖離が生じることがないようにしたい。
いずれのケースにおいても基礎率といわれる計算の前提条件を変更することによって、退職給付債務が急激に増加し、企業の損益に大きな影響を与えてしまう事例である。企業経営の立場で考えれば、このような企業の財務リスクを高めるような数値変動は、可能な限りコントロールしておきたい内容である。今回の事例では、基礎率変更のタイミングをどのように考えるかがポイントになるが、因みに、会計基準においては、当該内容について「割引率等の計算基礎に重要な変更が生じていない場合には、これを見直さないことができる(※2)」とも定められている。
割引率の変更に関して言えば、「期末における利回りを基礎とする」ことが前提になっているものの「前期末に用いた割引率により算定した場合の退職給付債務と比較して、期末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定されるときには、重要な影響を及ぼすものとして期末の割引率を用いて退職給付債務を再計算しなければならない(※3)」とされていることから、多くの企業では退職給付債務に10%以上の変動があるときに割引率を変更するといった運用が行われている(すなわち10%の影響があるまでは、割引率を変更しない)。そこで問題になるのは、各企業の財務リスクに対する許容度であり、退職給付債務の10%の変動が、企業経営にとって全く影響がないとする企業もあれば、多大な影響を受けてしまう企業もあるという点である。すなわち、これらを考慮すれば、割引率を変更する基準を、企業のリスク許容度に応じて、現在の一律10%とする運用から、5%,3%と幅を狭めて割引率変更のリスクを少しずつ分散させ、割引率変更のインパクトを小さくする方法も考えられないだろうか。実際、弊社のお客様の中にも、同様の考え方から重要性基準を適用しない方針(すなわち基準を0%とする)とした企業がいくつかある。
また退職率や昇給率といった基礎率については、企業年金制度の財政運営で用いられる基礎率変更の考え方に倣い、基礎率の変更を5年に1度としている計算機関も多い。基礎率の変更については「企業固有の実績等に基づいて退職給付債務等に重要な影響があると認められる場合には、各計算基礎を再検討することが求められる。(ただ必ずしも毎年度の見直しを求めているわけではない)(※3、4)」とされているが、実際、筆者が多くの企業からヒアリングしたところ、重要な影響があるか否かに関わらず、機械的に5年間そのままの基礎率を使用し続けているようなケースも散見されている。やはり、割引率と同様に、企業のリスク許容度に応じて、企業の退職者の傾向や退職金制度の特徴(※5)を考慮した上で、基礎率を適宜見直すような運用を行い、基礎率変更による財務的なインパクトを抑えるような運用を検討すべきであろう。退職給付会計に関する各企業の担当者は、基礎率変更のタイミングについて、企業の実態に合わせた、柔軟な運用を計算機関と調整してみてはどうだろうか(調整できない場合には、対応可能な計算機関に切り替えるのも一つの方法である)。
本稿では退職給付会計業務における数値変動リスクといった、企業経営の中の一部のリスクについてのみ言及したが、コーポレートガバナンス・コードの基本原則には、今後は、今まで以上に企業のリスクやそのコントロールについて「適切な情報開示と透明性の確保」が求められることも示されている。当該コードの適用前に、一つ一つの業務フローを見直し、自社の業務リスクを確実に把握し、それをコントロールしていく仕組みを構築しておくことが、今後の企業経営が目指す「攻めのガバナンス」の礎になるのではないかと思う。
(※1)本コードの適用時期は、平成27年6月1日の予定である。
(※2)企業会計基準委員会 企業会計基準第26号 退職給付に関する会計基準より引用
(※3)企業会計基準委員会 企業会計基準適用指針第25号 退職給付に関する会計基準の適用指針より引用
(※4)公益社団法人日本年金数理人会 退職給付会計に関する数理実務ガイダンス参照
(※5)定年退職とそれ以外の事由による退職で、給付金額に大きな差がある場合には、退職率変更による退職給付債務への影響は大きい。
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