2016年07月20日
「健康経営(※1)」という言葉が企業経営にかかわる様々な場面で使われるようになっている。健康経営とは、従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することであり、労働基準法や労働安全衛生法といった法令に求められる範囲を超え、企業が主体的に従業員の健康を維持増進する取り組みである。
健康経営のメリットを上げることは難しくない。従業員がいつまでも健康でいきいきと働ける職場環境を整えることは、人材定着率の向上や医療費の抑制につながるであろうし、従業員の健康状態やメンタルヘルスの改善は業務のパフォーマンスアップにもつながるであろう。
しかしながら、こうした一般的なメリットは認識しながらも、なかなか実践に踏み出せない企業が多いように感じられる。健康経営を実践するにあたっての課題としてよく聞く回答として「経費がかかる」「効果的な実施方法が不明」「人材確保が困難」などが挙げられるが、これらは間違ってはいないにしても、真の課題は他にあるように思えてならない。すなわち、その企業が健康経営に取り組む必要性がないか、必要性があったとしてもそれが認識されていないのではないか、ということである。企業変革論の権威として知られるハーバードビジネススクールのジョン・コッター教授は、企業が何か新しいことを始めたり、変えたりする場合には、何よりもまず「緊急性の明確化(Establish a sense of urgency)」が必要であると説いた。これをあてはめれば、健康経営の実践にあたっては、その企業はまず、その「緊急性」を認識することが必要ということになる。
実際、健康経営に取り組む企業が増えるにつれ、企業は大きくわけて5つのパターンをもって必要性を認識していることがわかってきた。具体的には、「①人材確保型」「②急病経験型」「③顧客安全型」「④市場浸透型」、そして⑤「財務戦略型」である。もちろん、企業の業態や置かれている状況は百社百様であり、これらにあてはまらないパターンも当然存在するが、多くの場合、下図①~⑤のどれかひとつ、または複数にあてはまると考えられる。

どの緊急性に基づいて健康経営に取り組むかによって、目標とする指標、いわゆるKPI(Key Performance Indicator)は変わってくる。
たとえば、①人材確保型であれば、従業員満足度や高齢従業員の再雇用率などが目指すべき指標になり得るであろう。同様に、②急病経験型であれば健康診断結果における高リスク者の比率、③顧客安全型であれば睡眠時無呼吸症候群の検診受診率、④市場浸透型であれば、従業員や地域住民の運動習慣率、⑤財務戦略型であれば、金融機関の評価項目などが目指すべき指標となり得る。実際にとるべきアクションは①~⑤それぞれ違うかもしれないし、同じかもしれない。こうしてみると、一言に「健康経営」と言っても、その中身は大海原のように広がっており、こうしたことが健康経営に対する理解を難しくし、前述したような「経費がかかる」「効果的な実施方法が不明」「人材確保が困難」などの漠然としたイメージにつながっていると推察される。
昨今、健康経営にかかる多くの取り組み事例や指標例が世に出てきていることは望ましいことである。今後ますますの少子高齢化が避けられない日本において、健康経営の潮流が途絶えることはないだろう。しかし一方で、多くの取り組み事例が紹介されることにより、企業が本当な必要な情報を探し出すことが難しくなっている側面も否定できない。他社の事例は貴重な気付きを与えてくれるものではあるが、他社の事例を参考にするにあたっては、自社の置かれている状況に応じて適切な事例を選び、かつその事例における背景を深く読み解くことが求められる。
もとより健康経営は、法令に求められる範囲を超えて、企業が主体的かつ自由に取り組むものである。その実践にあたっては、企業の現在地と目的地を見定めたあとは、自動車の運転のように前と後ろを見ながら、明るく楽しく、たまには寄り道でもして、同じ目的地を目指す仲間を集めながら、健やかに取り組みたい。
(※1)「健康経営」はNPO法人健康経営研究会の登録商標
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