現場主義のガバナンスを考察する

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  • コーポレート・アドバイザリー部 主任コンサルタント 内山 和紀

上場企業のコーポレートガバナンス報告書や決算短信を見ていると、「当社は現場主義を貫き、顧客視点のサービスを提供し・・・」、「現場主義の考え方に基づき、社員一人ひとりが自主的に業務を遂行し・・・」というように、小売業や製造業を中心に現場主義を謳う企業がある。また、経営者へのインタビュー記事等では、「当社は、今でも経営陣が現場に足を運ぶ現場主義で…」といった発言も見られる。どうやら、現場主義のとらえ方は企業によって異なるようだ。


現場主義には、大きく二つの視点からのアプローチがあると思われる。一つは経営者が主体であるもの、もう一方は現場自体が主体であるものだ。


経営主体の現場主義は、経営者が現場に赴き指示する、または現場の声を直接聞く形である。これは、顧客との接点となる現場で得たヒントを経営者の決定・判断に活かすことを意図している。


それに対し、現場主体の現場主義は、現場に大きく権限を委譲することで、現場が柔軟に行動することを促し、決定の迅速化・合理化を図るとともに、顧客からのニーズに応える形である。これは、顧客に最も近い現場で、真のニーズや課題の本質を理解・把握している人間こそが決定・判断を行うべきであるととらえている。


主体こそ違うものの、いずれも現場が核心であり競争力の源泉であるとしている点は変わりないが、ここでは後者の現場主義に対するガバナンスについて考えてみたい。


現場主体の現場主義は、現場の自主性を重んじることで日常業務の効率化や創意工夫を促す。これらは従業員の自立的な判断力の向上、顧客満足度の向上、ひいては企業価値向上の効果をもたらすと考えられる。また、現場レベルで経営を意識するようになり、次世代経営者を養成できる点もメリットの一つといえる。


このような現場主義を掲げる企業はスピード感もあり、攻めることに長けていることが多い。そのためか、守りの機能、いわゆるガバナンス強化の施策について消極的な企業も一部に見られる。これは、日本企業のこれまでの典型的な特徴であるが、業績に直結する現場部門は管理部門よりも優位に位置づけられており、結果的に現場の声が強く、管理部門によるコントロールが困難であったことが考えられる。一定事項につき管理部門の承認や報告などを求めることが現場の柔軟な対応や自主性を奪う懸念や、管理部門の都合で決めた新たな手続きやルールが現場の作業を煩雑にし、現場から強い反発を招くのではないかという不安が、ガバナンス強化に踏み切れない理由になっているのかもしれない。


ガバナンスが弱く、現場の力が強すぎると、「経営陣は現場を全然わかっていない」「現場が稼いでいるのだから、管理部門に文句を言われる筋合いはない」といった現場の慢心を生み出す。それが増幅し、さらに統制が弱まると、「この範囲は現場に任せられているから上に報告しなくてもいいだろう」といった情報の遮断が発生し、不祥事につながりかねない。しかし、自由は規律の上に成り立つものであり、規律なき自由は放縦である。これは、現場の自主性はガバナンスの上に成り立つものであり、ガバナンスなき現場は無法地帯である、と言い換えることができないだろうか。したがって、経営者は現場とのパワーバランスを注視してガバナンスをコントロールする必要がある。


ガバナンスを実行するうえで重要なポイントは、現場の自主性とガバナンスは相反するものでなく両立するとみなすことである。ガバナンスを強めることは現場の自主的な活動を制限することではない。適切にコントロールされたガバナンスの構築は、現場のリスクテイクを支えることにつながり、現場の効率や能力はさらに向上する。ここで、ガバナンスを強化しつつ現場を機動的に行動させる三点の施策を例示したい。


1.経営者が率先して実践する
現場に方針やルールを浸透させるためには、強烈なトップダウン・アプローチが必要である。ガバナンス強化が課題であることを繰り返し発信することはもちろん大切であるが、それよりも重要なことは経営陣や取締役会がガバナンス強化策を粛々と実行することである。経営者が動いてこそ現場に本気度が伝わる。「経営者がそこまで本気なら現場もやるしかない」という空気が醸成され、ボトムアップ的に統制活動が生まれる。


2.経営者が責任を持つことを示す
現場で起きたトラブルの責任は現場にある、との考え方は現場の自主的な行動を委縮させる。現場の権限の範囲内でトラブルが発生した場合、その責任は権限を与えた経営者だと示すことが肝要だろう。適時適切に現場から報告を受ける体制を構築し、また経営者が責任者であることを示すことで、必要以上に委縮せずに自主性を持つ現場が維持される。経営者には現場のリスクテイクを支える環境整備への注力が望まれる。


3.『性弱説』に立った仕組みを作る
最初から不正をしようと思って実行する従業員はほとんどいないだろう。多くの場合は、「管理が甘かったから」「少しならバレないと思った」など、従業員が不正行為を働く理由の一つには『魔がさす状況』がそこにあるからである(※1)。性悪説に立った束縛するルールや性善説に立った無法地帯ではなく、人間は誘惑や欲望に弱いという『性弱説』に立ち、従業員を守るための仕組みを構築することが必要である。


最後に、経営者はステークホルダーからの信頼を得るために、「ガバナンスは企業の最重要事項として着手すべき」という強いメッセージを出すことが重要であり、さらに率先して実行することが望まれる。これが現場の自主性とガバナンスの両方を同時に推し進め、企業の持続的な成長につながるファーストステップである。コーポレートガバナンス強化の流れの中、経営者にはノブレス・オブリージュ(※2)の精神が求められているといえよう。


(※1)不正行為の発生の原因については、米国の犯罪学者であるD.R.クレッシーの「不正のトライアングル理論」が有名である。不正行為は「機会」「動機」「正当化」が全てそろったときに起こるとされる。
(※2)身分の高い者は社会の模範となるように振る舞うべき、という社会的責任と義務に関する道徳観を指す。

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