中国年金事情:破綻予測のインパクト

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(関心を集めた専門家の予測—2013年の原資不足18.3兆元)
6月、復旦大学研究チームと中国銀行(Bank of China)研究チームが相次いで、国家資産負債のリスクに関する報告書を発表、特にメディアがこれを、「2013年養老保険が18.3兆元の原資不足に陥るとの試算が発表された」と報道したことを契機に(6月14日付経済参考報、しかし実際には、これら報告書に同数値は明示的に示されておらず、その出所は不明)、中国国内で年金問題がにわかにホットな話題になっている。これら報告書によると、何の改革もしないと、高齢化に伴い、養老保険不足額の対GDP比は2020年0.2%から2050年5.5%まで上昇する。2050年までの累計不足額現在値(名目成長率で割引換算)は、現在のGDP規模の75%相当にのぼり、環境保全コストよりはるかに高く、また平台と鉄道部門債務の合計の20倍近くになる。このため、2017年以降財政負担が持続的に上昇し、2050年には財政支出全体の20%以上となる。

他方で、公式統計である人力資源・社会保障労働部統計では、都市部の養老保険基金残高は現在1.95兆元、「創設当初は支出が収入を上回っていたが、次第に均衡し、現在は収入が支出を上回る状況」だという。確かに、2011年保険基金総収入は1.7兆元(25.9%増)に対し、総支出は1.3兆元(20.9%増)と、収入が支出を上回っている。しかし、1997年に地方政府が財政からの補助を開始しており、その額は、2000年338億、2006年971億、2010年1954億、2011年2272億元と年々増加、累計で約1.3兆元と、基金原資の3分の2が財政移転となっている(6月27日付中国新聞網)。


(鉄飯碗から先進国型の年金制度へ—しかし固有の構造問題も)
中国の年金制度は、1990年代、それまでの「鉄飯碗」と呼ばれた、国有企業等の各組織が従業員を「ゆりかごから墓場まで面倒を見る」システムから、他の多くの西側諸国と類似の基本養老保険(強制加入)、企業年金(任意)、個人貯蓄性養老保険(任意)という3層構造からなるシステムへと移行した。しかし、年金制度が中央集権化されている多くの国と異なり、中国ではその運営が各地方政府に委ねられ、また都市と農村を区分した戸籍制度のため、都市に流入した大半の労働力(農民工)はインフォーマル部門で働き、公的な年金制度の外にある。実態はよくわからないが、労働力全体の約3割程度しか基本養老保険でカバーされておらず、企業年金に加入している者は1%にも満たないと言われる。他方で、これら制度でカバーされている一部の者は大きな恩恵を受け、多くが現役労働者の給与より多い年金を受け取っていると指摘されている。また公務員や大学の多くの教授等は、聞くところによると、まだ過去の「鉄飯碗」のレガシーの恩恵を受けているようだ。こうした高い年金支払いには高い保険料率(たとえば上海では、給与に対し企業負担22%、個人負担8%)が必要になっているが、高い雇用主負担を避けるため、正規の企業登記も行わず地下に潜る企業が増え、したがって、そこで働く従業員は基本養老保険にもカバーされないという悪循環が生じている。これらは年金をめぐる中国特有の問題と言えようが、社会が急速に高齢化する中で年金をどうやって維持していくのかという問題では、日本も中国も同様だ。今のところ、中国は日本のように国の財政が大赤字ではないというプラス面はあるが(ただし、よくわからない隠れ債務の問題はある)、他方で、先進経済段階に入る前に高齢化してしまう(末富先老)という深刻な問題を抱えている(2011年5月31日「一人っ子政策見直し議論に弾みをつける中国最新国勢調査(普査)」)。


(検討される様々な改善策)
年金事情への関心が高まる中で、検討されている主な改善策は以下の通りだ。最も有力な案は、定年の延長である。現在の原則男性60歳・女性50歳定年は1970年代に制定されたもので、以後40年間変わっていない。しかしこの間、平均余命は7歳上昇する一方、一人っ子政策で保険金を支払う側は減少し始め、資金繰りが厳しくなっている。現在65歳以上人口は1.3億人(総人口比8.9%)だが、2030年には28%にまで上昇する(発展研究中心予測)。今のところ、男女とも65歳定年とする案が有力で(人民大学社会保障研究中心主任)、定年を1年延長する毎に収入は40億元増え、支出は160億元節約でき、200億元の収支改善が見込まれる(社会科学院世界社保研究中心主任)。

しかし定年延長には、その限界を指摘し、また異論も唱える向きもある。復旦大学研究チームの報告書では、定年延長しても、高齢化から生じる年金支払い増加の圧力は完全には払拭されず、2050年時点で必要となる財政補助は財政支出全体のなお9.9%で、他の改革措置との併用が不可欠としている。同報告書が提示する「開源節流」、すなわち「入るを量って出ずるを制す」ための包括的方策は、定年延長(2020年から2050年にかけ、徐々に計7歳引き上げ)に加え、保険金支払い期間の延長、保険カバー率の向上、さらに制度外の方策(財政補助、国有株の「划转」:5年以内に政府が保有する国有企業株の80%を社会保障体系に移転すること、具体的には、国有株を売却した資金を基金に繰り入れることと思われる)で、定量的効果としては、定年延長で年金受給者を28%削減、労働人口を25%増加、中央・地方政府が保有する上場国有企業株時価総額13.7兆元の80%を社会保障部門に「划转」することにより、向こう30年間制度を持続させることができるという。定年延長は慎重に行うべきで、仮に将来的に定年を引き上げる場合は、教育程度の低い労働者を保護し、教育、職業訓練の充実が前提との指摘もある(人民大学人口労働経済研究所長、7月4日付経済参考報)。言い換えれば、定年延長の議論は、定年を控えた高齢労働者と若い労働者の間で受けた教育に差がなく、勤務経験で高齢労働者が有利のはずという前提があるが、中国の場合、受けた教育期間には大きな差があり(20歳の労働者は9年、60歳は6年)、退職年齢を引き上げても、むしろ高齢者は競争上不利な立場で失職するおそれが大きいという懸念である。実際、現在都市部の登記上の失業率は4-4.3%だが、その大部分は定年間近の高齢労働者である。

その他の改善策として、現在中国でも採用されている、いわゆるpay-as-you-go(賦課方式)の見直しがある。中国に限らず、現役世代が支払う保険金を高齢者の年金支払いに充てる方式は、高齢化が進む場合持続可能でなくなるが、中国の場合、今後急速に高齢化が進み、世界に例を見ない「末富先老」の状況に陥る可能性が高く、この点はより深刻である。政府内でも、積立方式への移行をにらんで、たとえば雇用主負担分を賦課方式の原資に回し、個人負担部分を個人の積立原資に回すという案も検討されているようだ。さらに本年3月、広東省が、その年金資産の運用を北京の全国社会保障基金(NSSF、中央政府の予算資金や国有株を原資)を運営する同理事会(NCSSF)に委ねる決定をしたことも注目されている。中国では、年金資産の運用は各地方政府がばらばらに行い、もっぱら金利の低い銀行預金で運用されているだけで、昨年の収益率は年率2%、これに対し、NSSFは国有企業への出資、株・債券への投資を行い、2000年の設立以来の年平均収益率は8.4%である(ただし、2011年に限っては0.84%、NCSSF2011年度報告)。運用実績を上げる試みという面もあるが、それ以上にむしろ、各地方でばらばらになっている年金制度の管理運営が中央集権化していく可能性を示唆する動きとして注目される。カバー率向上を目的とした施策としては、税制面での改善が検討されている。現在、保険金支払いの雇用主負担分については給与支払総額の4%までしかコスト参入が認められておらず、また個人負担分については、個人所得税の計算にあたって全く控除が認められておらず、何らかの税制上の優遇措置を導入しようという動きである(6月28日付中国証券報)。

高齢化社会を迎える中で、安定的な社会保障制度を確立することは、中国当局が重視する「社会の安定」確保の観点からも最優先課題のひとつのはずだ。衝撃的な破綻予測が契機となって、活発な議論が行われ始めたことは、中国にとってむしろ幸いと言うべきだろうが、年金に付随する様々な構造問題や例を見ない速度で進行する高齢化等、中国固有の困難を内包しており、道のりは遠い。


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