健康リスクAI予測から効果シミュレーション、人的資本経営指標策定への試み — AIで健康投資の効果検証を支える経営へ —

なぜ今、「健康」をAIで捉えるのか?

ChatGPTやClaudeに代表される生成AIが「言葉」の世界を一変させたように、AIは今、「人の健康と働き方」という、一人ひとりに近い領域へと静かに広がりつつある。健診・医療・勤怠等のデータを適切に取り扱いながら、将来の健康リスクを先回りで捉え、打ち手の効果を試算する——そんな取り組みが、すでに実サービスとして動き始めている。

背景にあるのは、少子高齢化と労働人口の減少だ。従業員の健康は、企業の将来価値を支える人的資本の基盤として、これまで以上に重視されている。コーポレートガバナンス・コードの改訂(※1)や人的資本可視化指針の進展(※2)、第3期データヘルス計画における中間評価(※3)などを通じて、健康施策は、人的資本投資の効果検証やKPI管理、開示までを見据えた取り組みへと位置づけが変わってきた。

こうした環境下で問われるのは、「施策を実施しているか」ではない。「どの施策が、どのような成果を上げているのか」「その判断を、データに基づいて説明できるか」——この問いに答えられるかどうかが、企業にとって重要な論点となっている。


健康施策が「投資」として問われる3つの背景
・可視化の要請: 人的資本可視化指針やガバナンス・コード改訂で、開示とKPI管理の水準が引き上げられている
・効果検証の必要性: 第3期データヘルス計画の中間評価など、施策の成果をデータで検証する局面が増えている
・説明責任の高まり: 投資家・評価機関・従業員に対し、健康投資の根拠を「語れる」ことが求められている



大和総研は、約450の健康保険組合・700万人超の医療データを長年にわたり運用してきた。半世紀にわたり健保基幹システムを社会インフラとして支えてきた運用実績と、システムベンダーにとどまらず政策提言や社会課題解決を担うシンクタンクとして培ってきた調査・分析の知見が、健康を起点とした人的資本経営を支える基盤となっている。そして2025年10月、従業員一人ひとりの健康づくりを支援するウェルビーイングプラットフォーム「Hearbit(ハービット)」(※4)を提供開始。続く2026年5月には、組織・健康保険組合向けの分析ダッシュボード「Hearbit View(ハービットビュー)」の提供を開始した。健康リスクAI予測、効果シミュレーション、人的資本経営指標の開発は、この基盤の上で一体的に進められている。



(※1)コーポレートガバナンス・コードは、上場企業の実効的な企業統治のための原則(金融庁・東京証券取引所)。2021年6月の改訂で、人的資本や知的財産への投資等に関する情報開示の充実が求められた。2026年4月には、成長投資の促進に向けた改訂案が公表されている。
(※2)人的資本可視化指針は、人的資本への投資やその効果を企業が開示する際の考え方を示した指針。2022年8月に内閣官房の非財務情報可視化研究会が策定し、2026年3月に改訂版(戦略に焦点をあてた人的資本開示)が公表された。
(※3)データヘルス計画は、健康保険組合等がレセプト・健診データを活用し、保健事業を効果的・効率的に実施するための計画(厚生労働省)。第3期は2024年度から2029年度までの6年間で、計画期間の中間時点で取組の評価と見直しを行う。
(※4)HearbitおよびHearbit Viewのサービス詳細は、本記事末尾の関連情報をご参照ください。

大和総研の取り組み — 「予測」から「効果の可視化」、そして「指標」へ

「まず、本人の同意を得た実データで確かめる」——利用目的を明示したうえでデータを適切に取り扱い、分析・検証を進める——これが大和総研のスタンスだ。本取り組みを担うのは、デジタルソリューション研究開発部のデータアナリティクスグループ。生成AIを駆使しながら機械学習モデルを構築することに強みを持つこのチームが、〈健康リスクAI予測〉〈効果シミュレーション〉〈人的資本経営指標の開発〉という3つのテーマを、ひとつの流れとして束ねている。

チームを率いるリーダーの參木は、ビジネスアナリシスの専門スキルを活かし、技術の成果を事業の価値へと結びつける役割を担う。

大和総研
デジタルソリューション研究開発部
主任データサイエンティスト
參木 裕之

參木 (プロジェクトリーダー)「私たちが目指すのは、『予測して終わり』ではありません。リスクを早期に捉え、改善の打ち手がもたらす効果を数字で示し、最終的には健康への取り組みを人的資本経営の“指標”として経営の言葉に翻訳する。この一連の流れを、本人の同意を起点にしたデータ基盤の上で、ひとつのプラットフォームとしてつなぐことに価値があると考えています。」

健康リスクAI予測 — 疾病の発症を「先回り」で捉える

出発点は、生活習慣病に関する将来リスクを把握し、早期の気づきにつなげることだ。大和証券グループの同意済みの健康データを用い、生活習慣病の初期段階を対象に、3年以内の発症リスクを推定する機械学習モデルを構築。これを「健康リスクAI予測」としてHearbitで提供している(特許出願中)。組織分析の領域では、疾患別の罹患者数の推移や発症率の将来見通しを把握するための分析も行っており、現在は予測期間を3年以内から10年以内へと広げる検証も進めている。

大和総研
デジタルソリューション研究開発部
データサイエンティスト
宮﨑 亮

宮﨑(AIモデル開発担当)「大和証券グループの同意済みの健康データを用いて、生活習慣病の初期段階を対象に、3年以内の発症リスクを推定する機械学習モデルを構築しました。単に“当てる”ことよりも、現場の意思決定に使える精度と、なぜそう予測したのかを説明できることのバランスにこだわっています。」

大和総研
デジタルソリューション研究開発部
主任データサイエンティスト
池谷 友弥

池谷(AIモデル開発リーダー)「発生源が複数あるデータを扱うため、前提となる情報の粒度を揃えることが難しく、予測の多様性を担保することには特に気を配りました。データから導き出されるリスクをユーザーに伝える表現でも、強弱や断定を避けつつ、異変はきちんと認知してもらう——その納得感のある基準づくりに時間をかけています。モデルは作って終わりではなく、医学的・法的な視点も交えて妥当性を検証し続けることが、安心して使えるサービスの土台になると考えています。」

効果シミュレーション — 「打ち手」の効果を数字で示す

リスクを捉えた次に必要なのは、「では、何をすれば変わるのか」だ。効果シミュレーションは、食習慣や運動習慣の改善が発症確率をどれだけ動かすのかを試算する機能で、Hearbit Viewでの提供を予定している。さらに、行動変容による医療費への影響を試算するシミュレーションの提供も予定しており、KPIや施策を検討する際の参考情報として活用できるようにすることを目指している。

大和総研
デジタルソリューション研究開発部
データサイエンティスト
樋口 広信

樋口(AIモデル開発担当)「『リスクが高い』とわかっても、次に何をすればよいかが見えなければ、人の行動は変わりません。食習慣や運動習慣の改善が発症確率をどれだけ動かすのか、さらには医療費の削減効果まで含めて——『打ち手』と『成果』を結びつけて見せる。そこを要件として徹底的に詰めました。」

人的資本経営指標の開発 — 健康を「企業価値」につなぐ

3つ目のテーマは、健康を企業価値の言葉へと翻訳する取り組みだ。着目したのは、心身の不調を抱えたまま出勤し本来のパフォーマンスを発揮できていない状態——プレゼンティーイズムである。産業医科大学との共同研究では、大和証券グループの同意済み人事厚生・健康データを活用し、従業員の状態とプレゼンティーイズムとの関連構造を構造方程式で整理し、成果を2026年の産業衛生学会で発表した。今後は、プレゼンティーイズムの統計情報や公開情報(有価証券報告書、東洋経済CSRデータ等)と企業業績との関係をモデル化し、人的資本経営に関する分析の高度化を進めていく予定だ。最終的には、そうした要素群をもとに、人的資本経営の観点から企業価値を推し量る新たな指標の開発を目指している。開発する指標は、Hearbit Viewへ実装予定だ。

この共同研究で要となるのが、医学博士の鷲野だ。医療系のドメイン知識を駆使し、共同研究先の専門家と議論を重ね、仮説の構築と検証を粘り強く繰り返すことで、開発する指標に医学的な裏づけと妥当性を与えている。

大和総研
デジタルソリューション研究開発部
データサイエンティスト
鷲野 恵

鷲野(共同研究担当者・医学博士)「産業医科大学との共同研究では、プレゼンティーイズムの論理構造を構造方程式で整理し、その成果を2026年の産業衛生学会で発表しました。医療のドメイン知識をもとに仮説を立て、データで検証する——この往復を粘り強く繰り返すことが、指標の信頼性につながります。さらに、個人を特定しない統計的な分析を前提に、企業業績との関係までモデル化することで、健康を人的資本経営の“指標”へとつなげていきます。」

これら3つのテーマに共通するのは、データの扱い方への徹底だ。利用目的を明示した上での本人同意(オプトイン)を起点に、特定の個人を識別できない形に加工し、そして部署・年代といった集団単位での統計処理へと段階を踏む。個人を特定しない分析と統計的な活用を両立させるデータ設計が、すべての取り組みの土台となっている。

見えてきたこと、そしてこれから

・ 予測は「実装段階」へ

健康リスクAI予測は、研究の段階を越え、Hearbitで実サービスとして提供される段階に入った。個人向けのリスク提示にとどまらず、組織分析として罹患者数の推移や発症率の将来予測へと広がり、予測期間を10年以内へ拡張する検証も進む。「先回りで捉える」健康管理が、現実の選択肢になりつつある。

・ 「判断と説明が可能な健康投資」へ

効果シミュレーションは、「リスクの可視化」を「打ち手の選択」へと接続する。どの施策が発症確率や医療費にどのような影響を与え得るのかを試算できれば、健康施策をデータに基づいて検討し、効果検証につなげやすくなる。これは、人的資本投資の効果検証やKPI管理、開示といった経営の要請に直結する。

・ 健康から、人的資本経営の指標へ

プレゼンティーイズムを起点とした指標開発は、健康と企業価値をつなぐための重要な取り組みだ。個人の状態から組織の生産性、そして企業業績へ——段階的にモデル化を重ねることで、健康への取り組みを人的資本経営の指標として経営の意思決定に組み込むことを目指す。

研究開発グループを率いる參木は、これからをこう見ている。

參木(プロジェクトリーダー)「健康データは極めて繊細な情報です。だからこそ、本人同意を起点に、特定の個人を識別できない形に加工し、統計処理という段階を踏むデータ設計を徹底してきました。予測も、シミュレーションも、指標開発も、すべてこの“信頼の基盤”の上にあります。少子高齢化や人的資本の開示といった社会の動き、そしてお客様一社一社のニーズを的確に捉えながら、企業と健康保険組合が『データに基づいて判断し、説明できる』人的資本経営を実践できるよう、研究開発を進めていきます。」

健康を起点とした人的資本経営の実践へ——大和総研は、700万人規模のデータ運用とシンクタンクの知見を礎に、企業および健康保険組合の持続的な価値創出に、これからも貢献していく。

本ページの内容は、2026年6月時点の取材・制作内容に基づくものです。現在の所属・体制とは異なる場合があります。

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