プロジェクト事例:売買審査業務におけるAI不公正取引検知モデルの導入

大和証券株式会社

大和総研では、証券会社の売買審査業務高度化を実現すべく、大和証券の豊富な審査ノウハウを基にしたAI不公正取引検知モデルをアマゾン ウェブ サービス(以下「AWS」)上に構築した。

証券会社は証券市場において相場を人為的に変動させ、公正な価格形成をゆがめる相場操縦などの不公正取引を防止するためのゲートキーパーの役目を果たしており、お客様の注文が不公正取引に該当する可能性がないかを確認するため、日々厳格な売買審査体制を敷いている。

課題

市場の複雑化・高度化による売買審査体制の強化が必要に

近年、投資家層の拡大やHFT(※1)(高速、高頻度で自動売買を繰り返す取引)の拡大などにより、市場はますます複雑化・高度化しており、さらなる審査の強化が求められるようになった。
そこで、AIを用いて、不公正取引の疑いのある取引を抽出するモデルを開発することとなった。

(※1)High Frequency Tradingの略

ソリューション

大和証券の審査ノウハウを基にしたAIモデル開発と日次推論処理機能の構築

今回のプロジェクトでは、取引の中から不公正取引の疑い(見せ玉形態(※2))がある取引に対して、高いスコアを付与するAIモデルを開発した。審査担当者は従来の観点での審査に加え、スコアの高い取引も審査対象とすることにした。
AIモデルの開発と、そのモデルを用いた日次の推論(※3)処理は、積極的にクラウドネイティブサービスを活用し、AWS上に構築した。

AIモデルの開発では、大和証券の取引データのほか、市場全体の注文約定データや出来高等も使用した。データのETL(データの抽出、変換、ロード)はAWS Glue(※4)で行い、これを基にAmazon SageMaker(※5)が提供するトレーニング機能を用いてAIモデル学習を行った。

取引終了の翌朝には、大和証券の審査担当者がAIスコアを確認して審査できる状態にする必要がある。そこで、AWS Step Functions(※6)を用いてスコア算出ための日次処理を構築した。AWS GlueでのETL処理を並列に実行する構成とすることで、大規模データを効率的に処理する構成とした。開発したAIモデルを用いた推論はAmazon SageMakerで行い、各注文に対してスコアを付与する。

(※2)自分に有利な値段で売買するために、約定させる意思のない注文を発注し、第三者の注文を誘発して相場を動かす行為
(※3)データを学習でモデルに当てはめ結果を導くプロセス
(※4)AWSが提供する完全マネージド型ETL自動化サービス
(※5)AWSが提供する完全マネージド型機械学習サービス
(※6)AWSが提供するサーバーレス型ワークフロー構築・管理サービス

AWS Step Functionsを用いた構成について、設計/開発を担当したデータサイエンティストの城野は以下を挙げる。

大和総研
データドリブンサイエンス部
データサイエンティスト
城野 裕大

「当日の取引が終了してから翌朝に審査担当者が審査できる状態にするためには、夜間に億単位の市場データを扱い、スコアを付与する処理を遅滞なく完了させる必要があります。しかし、Step Functionsは処理中に何かしらのエラーが発生すると失敗したステップからしか再実行できず、少し前のステップからの再実行などの柔軟な対応ができないため、翌朝までに処理が終わらない可能性があります。そこで、Step FunctionsのChoiceステート機能を用いて条件分岐を作成し、失敗箇所以外のステップからも再実行できるように工夫をし、レジリエンシーを向上させました。これにより翌朝、審査対象取引を選定できるようになりました」(城野)

プロジェクトの成果

従来の基準では抽出が困難だった不公正取引をAIモデルが検知

大和証券は、2024年4月からAI不公正取引検知モデル(見せ玉形態)の利用を開始した。

プロジェクトの成果として、設計/開発を担当したデータサイエンティストの常は以下を挙げる。

大和総研
先端技術ビジネス部
データサイエンティスト
常 希言

「従来の観点に加えて、AIを用いた基準で審査できるようになり、売買審査の高度化に寄与できました。実際に、従来の基準では抽出が難しい不公正取引を、開発したAIモデルが検知できるようになりました。審査担当の方からも、当初想定していた注文パターンをAIがきちんと検知できていると一定の評価をいただいています。」(常)

大和総研
ホールセール基幹システム部
データサイエンティスト
吉元 達彦

同じく設計/開発を担当したデータサイエンティストの吉元は以下を挙げる。

「今回のプロジェクトでは、SageMakerをはじめサーバーレスサービスを積極的に利用しましたが、インスタンスタイプを柔軟に変更でき、稼働時間外のコストが発生しないため、システム構築にかかるコストおよび稼働後のランニングコストを最適化できました。SageMakerを起動する時にAWSのインスタンスが枯渇し、うまく処理が実行できないといったトラブルが発生したこともありましたが、アベイラビリティゾーン(※7)をシングル構成からマルチ構成へ変更することで、発生した課題をクリアし、クラウド活用の恩恵を受けています。」(吉元)

(※7)冗長的な電力源、ネットワーク、そして接続機能を備えている 1 つ以上のデータセンターで、1つのリージョン内に複数存在する

今後の展望

さらなるAIモデル性能の向上で、お客様の業務を高度化

今後の展望について、主任データサイエンティストの松井は下記のように述べている。

大和総研
データドリブンサイエンス部
主任データサイエンティスト
松井 亮介

「引き続き、審査担当の方と議論を重ね、AIモデルとしての検知能力の網羅性・安定性向上に継続的に取り組みます。AIモデルを高度化することで、より一層の審査能力の強化と審査業務の効率化に寄与できるよう努めます。
また、今回のプロジェクトでは大規模データに対してAWS Glue を活用し、複雑なデータ加工を高速に実現できました。当社のクラウド活用に関する知見の一つとして、業界やお客様の業務を問わず幅広い分野で活用していきたいと考えています。」(松井)

今回導入したAIモデルでは大量の時系列データを分析し、異常な振る舞いを抽出することを実現した。このノウハウは金融サービスの不正利用検知やヘルスケアサービスに関する異常の早期発見など幅広く応用が可能と評価している。

今後も大和総研のデータサイエンティストやAWSのプロフェッショナルらが、AIを活用した取り組みを進めていく。

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