経営戦略のボトムアップ型議論に期待される効果とは?

RSS
  • 渡邉 愛

顧客ニーズの多様化や競争環境の激化、グローバルでの新興勢力の台頭、少子高齢化など経営環境が目まぐるしく変化する中、企業が競争優位性を築くには、スピーディな意思決定が重要といわれている。ボトムアップ式の日本型経営では、環境変化への対応が遅れるという指摘もある。果たして、ボトムアップ型の議論による戦略立案は時代遅れなのであろうか?本稿ではボトムアップで経営戦略を議論する意味を考えてみたい。


企業ビジョンや中長期の経営戦略をボトムアップで立案するケースを考えてみる。この場合、例えば部門横断的に事業部長や若手リーダー層が集まり、議論を行うことにより、以下のような効果が期待できる。

①部分最適から全体最適への思考の転換

事業部のメンバーは、日々、「目の前の顧客の満足度を高めるにはどうすればよいだろうか」「個人もしくは部署の業績を上げるにはどうすればよいか」を考え、行動している。自らのミッションを全うすることは重要であるが、現場での議論は部分最適志向が強くなりがちである。


部分最適志向から全体最適志向への転換をはかるためには、部門横断的なメンバーが同じ経営課題について考え、議論するプロセスは有効だ。普段より高い視座に立ち、全社的な観点から将来のありたい企業像やそのための経営戦略を議論することで、経営参画意識、言い換えれば経営への「当事者意識」が高くなる効果が期待できる。

②変化への対応力の強化

日々顧客に接する事業部のメンバーは、顧客ニーズの変化、競争環境の変化など、小さな変化の兆しをいち早く察知し得る立場にある。しかしながら、変化の兆しに接していても、それを変化と判断するかどうか、重要な問題と捉えるかどうかは、個人の意識のあり方次第である。日常的に顧客が求める価値や現状への不満、競合他社の動向などに対し、アンテナを張っている人は早い段階で変化を察知し、対策を考え、議論している。このような人が複数いれば、個人の問題意識から、チームや部門の問題意識へと変わり、組織としての意思決定のスピード向上が期待できる。

③組織横断的なネットワーク形成による課題解決力の向上

複数の部門メンバーが膝を突き合わせて同じ課題について議論すると、社内ネットワーク形成という副次的効果も期待できる。会社の規模が大きいと、他部門にどんな人(経歴や得意分野、保有情報など)がいるかを把握するのは容易でないが、実は問題解決や新製品開発において、部門・部署の異なるメンバーの協働が成功の鍵となるケースは少なくない。


有名な事例では、3M社の付箋紙(ポスト・イット®)も最初の発案者のみならず、他部門のメンバーがアイデアを出し合ったことが製品化や拡販の成功要因と言われている。同社が高い新製品比率を維持できるのは、技術者のアイデア同士を結び付けるためのネットワークを構築する、イノベーション創出のための研究に一定の自由度を与える、自主性やアイデアを尊重する企業文化を醸成するなど、数々の施策が整合性高く展開されているためだろう。


実際、お客様企業において部門横断型のディスカッションを実施した際には、「他部門のキーパーソンと顔見知りになれたことで、今後、気軽に電話やメールで連絡できる」「今考えている商品開発に役立つ専門性を持つ人が△△部にいることが分かった」など、社内人脈ができたことを評価する意見が聞かれた。

ファシリテーションが議論の効果を左右する

部門横断型でのワークショップはその設計や議論のファシリテーションによって、イベントの成果や参加者の満足度が大きく異なる。テーマや目的により手法は異なるが、ファシリテーターはメンバーからアイデアや意見を引き出す、論点を整理する、意見の対立をマネジメントするなどして、会議の目的に対して効果を最大化する役割を担う。


ボトムアップ型の議論を有効なものにするためには、社内に優秀なファシリテーターが多くいる状態が理想であるが、あえて外部のファシリテーターを活用する方法もある。社外の第三者によるファシリテーションの場合、普段当たり前と考えて見過ごしてきた課題に対する気づきが得られたり、他社事例や業界情報などのインプットを得ることで、アイデアの質・量が向上するといった効果が期待できるだろう。


一見、非効率に思えるボトムアップ型議論だが、経営に対する当事者意識が高まり、現場で一人一人が主体的に考え、議論し、行動する企業文化が醸成されれば、結果的に変化に対してスピード感をもった意思決定が実現するのではないだろうか。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。

関連のサービス