「事業承継」は会社変革の切り札

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  • 大野 順弘

日本における社長の平均年齢は、ここ数年上昇を続け59歳9か月と、過去最高齢に達した(帝国データバンク調べ)。厳しい経済環境下、高齢の企業経営者が現役で活躍されている姿には頭が下がる思いである。しかしながら、そろそろ現役を退くことを準備し始めている経営者も少なくないだろう。今後、特に経営支配株を保有するオーナー経営者の企業では、如何にスムーズかつ効果的な方法で、次の世代にバトンタッチしていけるかが重要なテーマとなる。


オーナー系企業の事業承継を考える上では、「経営の承継」、「株式の承継」、の2点について充分な検討をしておく必要があると考える。この2点の引継ぎは単独で考えるのでなく相互に密接な関連があるため、総合的に判断する事になる。各々についての概要と留意事項を以下に説明しよう。


一つ目の「経営の承継」とは、新しく経営を取り仕切る社長を誰にするかである。現オーナーの在任期間が長期間である場合は、社内の意思決定方式や取引先との関係など多くの点で属人的に運営されてきたケースも散見される。その場合、新社長は引継ぎ後、経営ススタイルの大きな変更を迫られる。組織的な経営体制を構築することにより、ステークホルダー(役員・従業員、取引先、金融機関等)との信頼関係を醸成し、事業の発展に寄与する経営が望まれる。


ところで後継者については、一般的に子息を選択する例が多いと思われるが、昨今はオーナー系企業の中核をなす中小企業において、役員、従業員、他社など親族以外に事業承継させるケースが増えているようだ。親族外に承継させる理由には、「適任となる親族がいない」、「親族に継ぐ意志がない」などの理由があるのだろう。


会社の将来を思うならば、経営者を選ぶ際は、親族、親族外を問わず、真に引き継いだ後の会社を発展させてくれる「経営能力のある人材」を広く検討し、登用することも一考である。


二つ目の「株式の承継」とは、当該企業の株式を誰に引き継ぐかである。計画的な相続対策を施していないケースでは、法定相続の繰り返しにより株式が親族で分散する可能性がある。株式の分散化は、不幸にも株主間の対立が起きた場合、経営の不安定化を招きかねない。オーナー系企業では経営支配株主を社長が保有している場合が多いため、自分が元気なうちに、当該企業の株式を誰にどの程度保有してもらうべきかを検討しておきたい。特に経営を任せると決めた親族には、株主としての権利が行使できる一定規模の株式を譲り渡すなどのメリハリが必要となろう。親族以外に事業承継させる場合、株式そのものも譲渡してしまう手段もあり得る。そうした観点からMBOやM&Aといった手法が事業承継の解決策として注目を集めている。親族以外に、役員・従業員・社外招聘人材の中に経営者候補がいる場合は、MBOが有効であろう。MBOとは、Management Buyoutの略で、経営陣等が中心となり友好的に自社を買収することである。当該企業の事業を知り尽くす経営能力が備わった承継者が株式も保有する事で、機動力のある事業運営が期待できる。ただし、一般的に承継者にとって、株式購入資金は多額であり、資金面の壁があるため金融機関や投資ファンドなどの活用も必要となる。


一方、親族内外に後継者候補が皆無の場合、廃業という最終手段を選ぶことがない限り、会社の売却も、検討すべき選択肢の一つであろう。ここ数年は、中小企業のM&A市場も活況となってきている。社外の経営者に会社を譲り渡す場合は、売却金額の多寡ばかりでなく売却後の会社運営方針について(例えば従業員の処遇など)、納得できる買い手なのかを充分に見極めた上で推進してほしい。


事業承継を円滑かつ迅速に進めるためには、外部専門家の活用が有効となる。中小企業庁の調べによると約68%の中小企業経営者が経営課題について、顧問税理士・会計士に相談しており、同じ会社の役員や従業員へ相談するケースは僅か35%程度という結果であった。身内の社員よりも社外の専門家を相談相手に選んでしまう背景には、経営者と顧問先との親密な関係が伺える。よく、経営者は孤独であると言われる。最終的な経営の意思決定を自らで下さなければならない。そのプレッシャーは計り知れないものがあろう。日常的に資金繰りや税務の相談等を通じて信頼関係が構築された顧問税理士・会計士は最も身近で、資産節税対策から娘の縁談といった私的な内容まで腹を割って話しができる貴重な存在になっているのだろう。


特に「事業承継」というテーマは、今まで税理士のお家芸と言える分野であった。しかしながら、相続対策は勿論のこと、MBOやM&Aといった新しい承継手段も一般化し、デューデリジェンスの対処方法や後継者教育のあり方、円滑な経営引継ぎの方法、各ステークホルダーを意識した新中期計画策定の手法など相談対象となる分野は拡大し、その内容も複雑化・高度化している。もはや、顧問税理士の先生に何でもお願いするといった従来の手法だけでは解決できないケースも出てこよう。


日本経済が低迷する中、次代を担う経営者には、新たな市場を切り拓き経営革新を図る強いリーダーシップを発揮してもらいたい。事業承継は、まさに経営トップが交代し、新たなリーダーのもとで当該企業が生まれ変わる最大のチャンスである。現経営者には、真に経営能力を備えた人材を見極め、これぞという人材に経営を担わせてほしいものだ。

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