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イノベーションを引き起こす攻防一体型の純粋持株会社

田中 龍佑

イノベーションのジレンマに悩まされている企業は多いのではないか。


イノベーションのジレンマとは、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授が提唱した理論である。企業がある事業で成功した場合、企業はその事業に選択・集中する。つまり、既存優良顧客の満足度を高めるために、その事業に資金や人材といった経営資源を集中投下し、より高い利益を出そうとするのである。これは持続的イノベーション(主要顧客が重視する性能を飛躍的に、もしくは漸進的に向上させるイノベーション)(図表1)を引き起こしうる実に合理的な経営判断である。この選択はROEを高めることを求める株主からも賛同を得やすいだろう。


しかし、その選択が合理的であるがゆえに、企業は次代の成長が期待される破壊的イノベーション(短期的には現在提供されている製品の性能や主要顧客が最低限求める性能すら下回るイノベーション)(図表1)に資源を回すことができず、新参の小さな企業に追い落とされてしまうこともある。この、企業が既存優良顧客の満足度を最大化しようと「合理的に」経営すればするほど、その企業は「正しく経営したがゆえに破壊」されてしまうことを、イノベーションのジレンマという。


特にデジタル革命により、あらゆる業界において、短期間のうちに破壊的イノベーションによる市場の力関係の逆転が生じる可能性が高まっている。多くの企業が新市場の開拓を経営課題として捉えているように、企業は他社の破壊から自社を守るため、合理的な選択をするのみでなく、破壊的イノベーションを起こす必要が生じつつある。なぜなら、顧客の受容可能な性能には上限があり、持続的イノベーションのみではいずれ顧客の満足を過剰に超えた状態に達してしまうからだ。

図表1

では、この問題に対して、企業はどのような解決策を検討しているのだろうか。著者は顧客とディスカッションする中で、純粋持株会社体制を検討している企業の多さに驚いた。企業の組織体制に関するレポートの中には、純粋持株会社化のブームは去ったとするレポートも散見されるが、現場ではいまだに存在感を示しているようである。ここでは、企業がイノベーションのジレンマに打ち勝つための手段として、純粋持株会社体制を選択するメリットを挙げ、より有効な活用方法を検討する。


破壊的イノベーションを起こすために、純粋持株会社体制であることの主なメリットとして、次の4つを挙げる。


1、事業子会社の迅速な意思決定
市場として熟成されていない場所で戦うには、迅速な意思決定による柔軟な企業活動が必要である。純粋持株会社体制をとり、各事業会社に権限委譲していることで、各事業を熟知した役員による迅速な経営判断が可能となる。一方で、1社の中に複数の事業が存在する場合、複数事業について同時に検討しながら経営判断する必要があり、結果として意思決定に要する時間は膨らむ可能性がある。特に市場が急激に変化している事業において、この遅れは致命的となりうる。


2、グループ全体最適の追求による資源の最適配分
純粋持株会社体制をとることで、グループ全体の経営資源の最適配分ができることの意味は大きい。企業が短期的な目線で合理的な選択をするのであれば、経営資源は既存の主要事業に集中的に投下されてしまう。しかし、純粋持株会社体制をとり、全社経営と事業執行を分離させることで、ポートフォリオ経営が可能となる。 “花形”事業の持続的イノベーションはいずれ鈍化し、追加投資の必要がない“金のなる木”事業となる。そこで生みだされる経営資源を、 “問題児”事業に投資することができれば、破壊的イノベーションを起こしうる新市場の開拓に繋がる。


3、M&A等の機動的な再編の容易化
事業を持たない純粋持株会社は企業買収により破壊的イノベーションを達成しようとすることを考えやすい。純粋持株会社体制をとることで、機動的な再編を容易に実行できる。ある企業が、事業会社により買収される場合には、子会社化されるという事実に対して心理的な抵抗がかなり大きいと考えられる一方、事業を営まない純粋持株会社により買収される場合、持株会社グループの事業ポートフォリオに加わるといった整理ができ、被買収企業における役職員のモチベーションは異なってくる。


4、事業の特性や成長ステージに適合した人事制度の導入
純粋持株会社化することで、事業会社ごとに事業の特性や成長ステージに適合した人事制度の導入が可能となる。事業部制やカンパニー制を採用している場合でも、異なる人事制度を導入することは可能だが、同じ企業に属している社員間での極端な格差は歓迎されないだろう。一方で、純粋持株会社傘下の事業会社はそれぞれ別会社であり、処遇体系が異なっていても問題にはなりづらい。既存事業と破壊的イノベーションを起こそうとしている新規事業とでは事業特性が大きく異なるため、社員の評価方法やそれに伴うインセンティブを、異なったものにした方が、社員の満足度向上に役立つだろう。


これらのメリットから、純粋持株会社体制をとることは、企業がイノベーションのジレンマに打ち勝つために新市場への進出がしやすくなるという点で、非常に有効であるといえる。しかし、他方で純粋持株会社体制には、事業会社間での情報共有や連携の希薄化といった課題も存在する。事業会社の迅速な意思決定を実現しようとしたはずが、親子間での煩雑な手続きを設置してしまったために、むしろ経営スピードが低下してしまうようでは本末転倒である。既存の基幹事業に並ぶ柱となる新規事業を創出しようとして純粋持株会社体制に移行したものの、数年で解消してしまった企業の例もあることから、ただ純粋持株会社体制にすれば良いわけではない。


企業がイノベーションのジレンマに打ち勝つための手段として純粋持株会社体制を選択した場合、「遠心力と求心力のバランス」を調整できるように組織設計することが肝要である。破壊的イノベーションを引き起こす必要のあるステージにいる企業は、遠心力を効かせやすい組織体制によって事業拡大を加速させ、豊富な経営資源の再分配による事業ごとの個別成長を実現させようとしているだろう。しかし、分権型ガバナンスに偏り過ぎてしまえば、事業会社間の連携が弱まり、グループの全体最適が図れなくなる。業績の好調な時期には特に問題視されないかもしれないが、業績の低迷している時期には、むしろ集権型ガバナンスにより傘下企業へのグリップ力を高め、グループ全体最適を追求しながら事業を再構築する必要が生じる。1つの組織体制を永続的に維持することを前提とするのではなく、業績の良し悪しや企業の課題、目的に応じて随時組織を見直すことで、集権型ガバナンスと分権型ガバナンスを有効に使い分ける、いわゆる連邦型ガバナンスを予定しておくのが良いだろう(図表2)。

図表2

連邦型ガバナンスを実現した純粋持株会社体制を構築することができれば、あとはイノベーションのジレンマに打ち勝つため、ひたむきに前進するのみである。長期的なビジョンを持ち、顧客ニーズの変化を的確に捉えながら、新市場へ進出していく。破壊的イノベーションの達成は容易なことではない。当然、その過程には、好調な時期も低迷する時期もあるだろう。好調時には事業会社の個別最適を追求した迅速な経営判断による攻めの経営へと、低迷時にはグループ全体最適を追求した事業再編へとスムーズに戦略をシフトする。この攻防一体型の純粋持株会社体制によって、いざというときの守りを固めつつ、破壊的イノベーションへ挑戦し続けられるのである。


本稿が貴社躍進の一助となれば幸いである。


参考文献
[1] 『日本のイノベーションのジレンマ』(玉田俊平太著、翔泳社、2015年)

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