起業における「わがまま」の本質

ネットビジネス20年に寄せて

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  • マネジメントコンサルティング部 主席コンサルタント 林 正浩

WEBコンテンツソリューション事業やWEB専門人材サービス事業を手掛けるインターネット・ビジネス・ジャパン(本社東京都渋谷区 社長大西一磨 以下IBJ)が本年の「就活アワード」(※1)を受賞したという。社長力、働きがい、社員満足度、グローバル性の4点が評価されたようだ。


売上高20億円、従業員数85名。WEBエンジニア養成の草創期を支え、今なおフロントランナーであり続ける同社は小規模ながら業界では高く評価されている。また一貫してIPOを拒み規模を追わなかったこともあり、2001年のITバブル崩壊とその後のIT不況を乗り越え2010年にはボストンに研究所を、2012年にはインド・バンガロールに支社を開設するなど堅実かつ着実な成長を遂げている。

インターネットビジネスの萌芽

Windows 3.1の後継として「日本語版Windows 95」が発売された1995年11月から遡ること半年前の同年5月、新宿の雑居ビルの一室で同社は設立されている。当時の社員数は社長の大西を含めて2名だった。IBJは我が国ネット系企業の最古参、いわばルーツといっても差支えないだろう。因みに楽天市場の開設はその2年後(※2)のことである。1995年は1月に阪神淡路大震災が起き、震災情報の重要性が痛感された年でもあった。NTTドコモが9600bpsのデータ通信サービスを開始、携帯電話の新規加入料が大幅に引き下げられたのもこの年のこと。あれから20年が経つ。


11月22日未明から秋葉原で行われたWindows 95カウントダウンイベントの熱狂をご記憶の読者も多いと思う。まだ秋葉原がパソコンの街であった頃である。「クリックをしてください」と指示されるとPCモニターにマウスを押し付ける中高年が珍しくなかったこの年、同社は「インターネットでビジネスを、そのために必要なのは人材教育である」そんな想いで立ち上げられた。


当時社名に「インターネット」とつく企業は皆無といっても過言ではなく、この起業に対しては懐疑的な意見が大勢を占めた。「ゴールドラッシュで儲かるのは作業ズボンの縫製を手掛けたリーバイスだけ。これは歴史が証明している。ネットを金鉱脈としたビジネスは一過性のブームで砂上の楼閣」その後のネット社会の到来など知る由もなく、こう言い放ったことを筆者は昨日のように思い出す。対して創業者大西は「パソコンも持っていないのにソフトを買うため秋葉原に殺到するこのオヤジ達を、この行列をお前は放置できるのか。彼らを笑顔にしたくはないのか」と詰め寄る。


目先の光景だけに突き動かされ、ハイリスクな起業に踏み切るなど単なるわがまま、浅はかな独りよがりに過ぎない。当時の筆者にはそう思えたのである。今となっては誠に恥ずかしい限りだが、我が国ネットベンチャーのビジネスなど80年代に雲散霧消した「ニューメディア」と同じくらいにしか考えていなかったのかもしれない。しかし「オヤジ達の行列」に感化されIT教育に着目、そして日本初や世界初のビジネスにこだわり続けた大西の「わがまま」は奏功し、彼は起業家として成功を手にした。


前置きが長くなってしまったが、本稿ではネットビジネスの萌芽をフックに起業家にとっての「わがまま」に思いを巡らせたい。

起業家にとっての「わがまま」とは

下図は、我が国有数のデザインディレクターである川崎和男氏(※3)の思想を簡単に図示したものである。信頼獲得の構成要素として説得、納得、誠実さ、そしてわがままの4つが挙げられている。シンプルであるだけに、ビジネスデザインに限らずプロダクトデザインやプレゼン、そしてコミュニケーションの本質を考えるうえでも有効なフレームだ。

ビジネスデザイン・プロダクトデザインの本質

2大要素である「説得」と「納得」のバランスが重要であることに異論はないだろう。しかしながら、説得に偏り納得に心を砕かなかった結果、失敗するケースが後を絶たない。多くの人は説得されることを嫌い納得することを好むにもかかわらず、である。


2大要素である説得と納得のバランスは無論欠かすことはできないが、それ以上に「わがまま」「誠実さ」の重要性を川崎氏は自著(※4)で強調する。わがままとは他人を顧みない「気まま」という意味ではなく「我(わが)」と「まま」に分解して捉える。即ち「我=自ら」を解き放ち、「まま」即ち自由になることが大切、というわけだ。自らを解き放ち、自らに向き合うことで自分の中の創造性との対話を絶やすことなく、そして創造性との対話により「わがまま」を「社会をより改善したいという強い願い」へと昇華させる。デザインやプレゼンの要諦を稀代のデザイナーはこう表現する。


大西は自らを解き放ち無心になって「オヤジ達の行列」を凝視し、そして自分との対話の中で、そのオヤジ達の笑顔を想像し、ビジネスを必死にデザインしていたに違いない。勝手気ままではなく、彼は心底「わがまま」(※5)を極めようとしていたのではないだろうか。


ニューヨーク国連本部への訪問が創業のきっかけになったクックパッドの佐野陽光の話は有名だ。ある会合でカリブ海に浮かぶ「アンティグア・バーブーダ」という名の人口9万人足らずの小国の男性が魅せた「スカッとした笑顔」に衝撃を受けた佐野氏は、このスカッとした笑顔を世界中で増やすことをゴールに据え、自らを解き放ち「まま」となった。そして慶應湘南藤沢キャンパスの仲間と共に販売していた地野菜に着目し、同氏は起業への歩みを着実に進めていく。


「自由と我儘との界は他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり」これは「学問のすゝめ」の一節だが一見すると、人に迷惑さえかけなければ自由におやりなさい、とも受け止められよう。一方で福沢諭吉は「自由独立の事は、一身に在るのみならず一国の上にあることなり」とも説いている。迷惑さえかけなければ創造性に任せて一身、即ち「我(わが)」を解き放って良いわけではないのである。一身の倫理道徳が社会に繋がり、そして利他の精神を持った個人の振る舞いが国をも創る。そう理解するべきなのだろう。こう考えると大西も佐野氏も「自由」や「わがまま」を正確に捉えビジネスを起こしていると改めて筆者は感じざるを得ない。


起業とは、そしてビジネスデザインとは「我(わが)」を「まま」とする中で、利他の精神をビジネスとして結晶させ、その結晶によって笑顔の連鎖反応を創り続ける。そんな決意から始まる。そこから先、起業第二幕ではサイバーエージェントの藤田晋氏の言葉を借りれば「理想と現実の狭間での歯ぎしり」(※6)、即ちマネタイズを巡る厳しい相克が否応なく待ち構えるであろう。


我が国ネットビジネスは今年で20年の節目を迎える。ドラえもんが誕生した22世紀初頭を見据え、とびきりの「わがまま」を父に、そして数えきれない「歯ぎしり」を母に持つインターネットビジネスが今後も生まれ続けることを期待したい。


(※1)役員報酬最適化コンサルティングなどを手掛ける株式会社インフォランスが主催する。本年で5回目となるが、第三者機関である一般社団法人アジア成長企業調査協会(DACRA)による調査インタビューをベースとした公正な審査が特徴
(※2)楽天の前身である株式会社エム・ディー・エムの設立は1997年2月。楽天市場は同年5月に開設されている
(※3)デザインディレクター、医学博士。グッドデザイン賞をはじめプロダクトデザインに関わる多くのデザイン賞の審査委員を歴任。国内外の受賞歴多数。詳細は同氏のホームページ参照
(※4)「プレゼンテーションの極意」
(※5)IBJの行動指針「我々は、面白いこと、すなわち、世界で初めてか、唯一か、最高か、最大か、最先端のビジネスしか行いません」は究極的な「わがまま」であろうと筆者は考えている
(※6)サイバーエージェント藤田晋社長インタビュー(日経コンピュータ2015年5月18日)

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