訪日中国人「爆買い」の質的変化と越境ECへの期待

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「爆買い」はいつまで続くか?

いわゆる「爆買い」、訪日中国人によるインバウンド消費によって日本が経済的な恩恵を受けてきたのは万人の知るところ。ただ、その継続を望む一方で、今後は中国人旅行者のインバウンド消費が落ち込むのはないかとの懸念もある。特に、インバウンド消費が「買物」から「サービス」や「体験」へシフトしているとの指摘もあり、仮にそれが正しければ、小売業関係者にとってインバウンド消費における物販市場の落ち込みは大きな心配事に違いない。


日本百貨店協会が毎月発表している「外国人観光客の売上高・来店動向」によれば、2015年4月の外国人観光客による免税売上高の合計額は、197.5億円と過去最高額を更新、対前年同月比で223.8%の増加を記録した(図表1参照)。一方、1年後の2016年4月の同売上高は179.9億円と依然高い水準であるものの、過去最高額の前年同月に比べ8.9%減と、前年同月比ベースで39か月ぶりにマイナスとなった。翌5月も134.8億円と同マイナス16.2%で、免税売上高がピークに比べ若干減少していることがわかる。このデータはあくまで外国客観光客全体の統計値だが、「爆買い」が同売上の爆発的な伸びの背景にあっただけに、訪日中国人の消費行動が大きな影響を与えていることは容易に想像できる。

図表1 外国人観光客による免税売上高の推移(単位:億円)

別データからは訪日中国人向け物販市場が踊り場を迎えている様子が見て取れる。図表2は、訪日中国人の「人数」と「来日時の一人あたり買物代」の四半期毎の推移を示したものである。訪日中国人の人数は依然として増加トレンドを維持しているものの(たとえば、2015年Q4は前年同期に比べて依然、増加傾向にある)、一人あたり買物代は2016年Q1(1~3月)で152,291円と、前年同期184,364円に比較して17.4%低下している。無論、データを見る限り訪日中国人の数は増加傾向にあるため、訪日中国人向け物販市場は全体として引き続き好調を維持しているが、一人あたりの買物代の低下が今後も続き、訪日中国人の数が頭打ちとなれば、物販市場も下落を余儀なくされることとなる。日本経済のために「爆買い」の上昇基調維持を願うばかりだが、中国経済の動揺など外部環境の変化もあり、今後はあらゆる事態が招来される可能性を想定しておくべきであろう。

図表2 訪日中国人の人数と訪日中国人の来日時の平均一人あたりの買物代の推移

「爆買い」に匹敵する越境ECの市場規模

以上に対して、中国人による日本に対する越境電子商取引(越境EC)は拡大の一途を辿っている。経済産業省発表の「平成27年度 電子商取引に関する調査報告書」では、2015年における中国から日本への越境ECの市場規模は推定で7,956億円、対前年比31.2%の伸びを記録している(図表3参照)。2016年には1兆円超えが確実視されており、今後も一層の市場拡大に大きな期待が寄せられている。

図表3 日米中越境ECの推定市場規模(2015年)

実際、図表2の訪日中国人の「人数」と「来日時一人あたりの買物代」を単純に掛け合わせると、2015年における訪日中国人向け物販市場は全体で8,516億円となる計算だ。(一人あたり買物代(データ)には、他者から依頼されたお土産代が含まれていないと指摘されることがあるため)日本で実際に消費する買物代はさらに多額の可能性もあるが、それでも越境ECの市場規模7,956億円は訪日物販市場に匹敵するものであり、非常に多くの中国人消費者が越境ECを利用して商品購入していることがよくわかる。


中国人による対日の越境ECとインバウンド消費の関係を見ても興味深い。例えば、越境ECおよびインバウンド消費における売れ筋商品は図表4に示す通りで、両者に共通して化粧品関連商品が上位に位置している。化粧品は繰り返し消費するものであるため、「訪日時にはじめて購入。それを気に入れば、越境ECでリピート購入する」といった流れが見え隠れする。こうした動きに叶う販売シナリオで、訪日時の商品購入経験を上手くECへと展開することは、まさに「オムニチャネル」を実現することに他ならない。


なお、中国人のネット利用比率は未だ総人口の半分程度と言われている。越境を含む中国EC市場全体のポテンシャルはさらに高く、日本へ向かう越境ECの潜在需要についても極めて大きなものがある。今後は、訪日時の購入をきっかけにして商品のファンになり、リピート購入時には越境ECを利用するという消費者が様々な分野で増えていくことが期待されている。

図表4 中国人消費者による越境ECおよびインバウンドの売れ筋商品カテゴリー

越境ECの活用ではより多面的な検討が必要

とはいえ、越境ECに力を入れれば商品を拡販することを容易に実現できるかというと、それほど単純な話でもない。インバウンドも越境ECも共に小売であることに変わりないが、図表5の<ケース>に示す通り、越境ECは大きく①日本国内における自社サイト構築、②日本国内におけるECプラットフォームへの出店、③中国における自社サイトの構築、④中国ECプラットフォームへの出店、という4つのビジネスモデルがあり、まずはどの形態で越境ECを実施するかの選択が必要となる。


例えば、本年4月の中国での税制改正により、商品の配送にあたり保税区を活用するか、または日本からの直送にするか、両者で税額が異なってくることも、ビジネスモデルの選択肢に影響を与える。また、保税区活用、直送いずれの方式でも商品種別毎に税率が異なるため、その点への対応も必要となる(※詳しくは大和総研アジアンインサイト「中国越境EC・税制改正による保税区モデル・直送モデルへの影響」(芦田栄一郎、2016年6月2日)を参照)。


もちろん、消費者に対する商品知名度を向上させることも極めて大きな課題である。日本国内で知名度があっても、中国で知名度がない商品は越境ECでうまく販売できるわけではない。事前に知名度を上げるために、ECではなくリアル店舗側から販売チャネルを開拓する方法もあるが、この場合はマーケティングをはじめ物流、在庫管理の整備など経営体力を要する課題が山積する。企業の規模や資金力によって、自ずと取り得る選択肢は異なるだろう。


さらに、ECならではの懸念点として、資金決済の不正、配送(輸送)時の商品破損や誤配、返品への対応など数多くのことも指摘できよう。通貨、言語など消費地と環境が異なる越境ECではなおさらその懸念は大きなものとなろう。こうした場合は、既存のECプラットフォームへの出店によって、対応をプラットフォーマーに依存するなどの選択が考えられるが、いずれにせよ越境ECの活用では、ビジネスモデルの選択、商品の知名度の向上(ブランディング)といった事業戦略の領域に加え、物流や資金決済などECならではの対応が不可欠となる。越境ECは店舗販売とは異なる、まさに多角的な検討が必要とされる別の世界であると強調しておきたい。


 

図表5 越境ECのビジネスモデル

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