プロジェクト事例:大規模金融基幹システムの『攻めのモダナイズ』と『安全な移行』

大和総研プロジェクト

大和総研では長年メインフレームで稼働してきた基幹システムを刷新、「コンテナ技術を採用した疎結合なアーキテクチャ」と「パブリッククラウドの活用」を柱に再設計、構築を行った。
このプロジェクトでは、正サイトをオンプレミス上に、DRサイト(※1)をアマゾン ウェブ サービス(以下「AWS」)上に構築した。これを起点として、将来的には正サイトでも新機能をAWSで開発し、安全かつ確実なクラウド移行を段階的に進めていく。

(※1)Disaster Recoveryの略。メイン環境である正サイトにて、災害や重大なシステム障害が発生した場合は、遠隔地に設けられる代替拠点であるDRサイトにて稼働を継続する。

課題

「2025年の崖」を乗り越える、変化に強く柔軟な基幹システムへ

アセンブラ言語を中心にメインフレーム上に構築された基幹システムは、数千万ステップ規模に増大、各機能が複雑に連携していた。
その結果、改修の影響範囲を把握しづらく開発効率が低下、さらにIT人材の高齢化と不足にも直面し、フロントシステムのビジネスニーズに迅速に対応できない課題があった。
さらに近年では、金融基幹システムを取り巻く環境やニーズが短期間で変わり続けている。システム面ではDXの進展やAPIサービスの提供、パブリッククラウドの活用など、ビジネス面では金融サービス関連の法整備やAI・DLT(分散台帳技術)の利活用など、こうした変化に継続的に適応できる基盤が求められていた。

ソリューション

疎結合なアーキテクチャ

従来の基幹システムは機能同士が密結合しており、一部の改修が他の機能に影響を与えるため、開発や保守に大きな負担がかかっていた。
今回の刷新では、疎結合なアーキテクチャに移行するため、「SLU(Sustainable Loose-coupled Unit)」という考え方を採用した。
SLUは、一般的なマイクロサービスのように機能を細かく分けるだけではなく、基幹業務に必要な「即時整合性」を保つために、同時更新が必要なテーブル群をひとつのまとまり(アグリゲート)として扱う独自の設計思想である。
この仕組みによって、機能を小さな単位に分割しながら、業務上の整合性を維持できるため、機能改修の際の影響範囲を最小化し、必要な部分だけを安全に変更できるようになった。

さらに、SLU間のデータ連携では、連携元は連携先を意識せず、連携先がデータを取捨選択する設計にしたことで、SLU間がより疎結合となり、連携データが他のSLU、サービスでも再利用しやすくなった。

このような設計により、システム全体の柔軟性と拡張性が大きく向上、また、軽量で移植性の高いコンテナ技術を採用したことで、環境構築のスピードと運用効率を確保した。

パブリッククラウドの活用

稼働環境の選定において、従来のオンプレミスとクラウドを比較すると、クラウドはリソースの即時拡張やコスト効率で優位性があった。しかし、大規模金融基幹システムを確実に安全に運用することを重視し、正サイトはオンプレミスを維持しながら、DRサイトをクラウドに置くハイブリッド構成を採用した。

AWSを選んだ理由は、世界的な実績と豊富なサービス群に加え、『ROSA(Red Hat OpenShift Service on AWS)』によるコンテナ基盤のマネージド運用が可能なためである。
ROSAはオンプレミスと同じリリースサイクルでアップデートされるため、保守性を損なわずにクラウドの利点を享受できる。
また、正サイトでの災害や重大障害発生時には、迅速にDRサイトでの稼働へ切り替えが可能で、24時間サービスを維持できる設計となっている。さらに、オンプレミスとAWS間でリアルタイムにデータを同期し、RPO 数秒レベル(※2)を実現しているため、業務への影響は最小限に抑えられる。

今後、AWS上で新しい機能を構築しながらAWS移行を段階的に進めることにより、堅牢性と柔軟性を両立させ、ビジネスニーズに応じた迅速な対応を可能にしていく。

(※2)Recovery Point Objectiveの略。障害からの復旧時、過去のどの時点までのデータを復元するか示す目標値。

プロジェクトの成果

2024年6月に新基幹システムをサービスインし、サービス機能の拡充を進めているが、現在に至るまで安定した稼働を続けている。
しかし、このプロジェクトの成果はシステムの安定稼働に留まらず、開発、保守・運用においてさまざまな効果をもたらした。

開発効率の向上

大和総研
基幹システムプラットフォーム部
シニアアプリケーション・アーキテクト
井上 雄視

当プロジェクトでアプリケーション基盤構築を担当したシニアアプリケーション・アーキテクトの井上は、新しい疎結合アーキテクチャによって、開発効率が向上したと語る。
『従来のシステムでは、機能同士が複雑に絡み合い、いわゆる“スパゲティ化”した状態になっていました。新システムでは機能間が疎結合になったことで、改修箇所が特定のSLUに限定されるため、開発着手前の調査や設計が容易となり、工数削減および開発スピードの向上につながりました。』

DRサイトの保守・運用コストが大幅に削減

大和総研
基盤技術第一部
シニアITインフラ・アーキテクト
濵田 圭佑

当プロジェクトでインフラ構築を担当したシニアITインフラ・アーキテクトの濵田は、維持・保守コストの削減において大きな効果があったと語る。
『DRサイトのランニングコストが、オンプレミスを利用した場合と比べて約30%削減可能となりました。また、バージョンアップ作業の工数もDRサイトではオンプレミスの約3分の1 で対応できるようになりました。』

今後の展望

パブリッククラウド活用領域の拡大

このプロジェクトを起点に、クラウド利用はDR用途のみに留まらず、新たなビジネスニーズに対応する新機能は積極的にパブリッククラウドを活用している。またDRサイトのリソースを活用したリアルタイムデータ分析基盤構築の検討など領域を広げている。
『攻めのモダナイズ』は現在進行中であり、クラウド活用を段階的に推進し、基幹システムの最適化を継続、将来的には正サイトのAWS移行まで見据えている。

より多くのユーザ、サービスへ

最後に、今後の展望として井上と濵田はこのように語った。
『環境構築はコンテナ技術によりスピーディーに、アプリケーションは機能単位で切り分け、APIで提供可能となったことで、他社への展開もより早く、より柔軟に対応できます。』
『柔軟性に優れた新しい基幹システムは、どの証券会社でも利用いただけると考えています。また、この新アーキテクチャを他のサービスにも展開することで、幅広い業界におけるモダナイズにも貢献していきたいです。』

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