健康保険組合等と事業主が連携し、加入者の予防・健康づくりを推進するコラボヘルスにおいては、組合等と事業主の積極的な連携・役割分担、保健事業におけるPDCAサイクルの確立が重要です。本記事では、持続的なコラボヘルスに向けた二つの重要なポイント、将来的なコラボヘルスの発展に必要な要素について解説します。
コラボヘルスとは
コラボヘルスとは、平成29年7月厚生労働省保険局「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン(注1)」(以下、コラボヘルスガイドライン)によると、「健康保険組合等の保険者と事業主が積極的に連携し、明確な役割分担と良好な職場環境のもと、加入者(被保険者・家族)の予防・健康づくりを効果的・効率的に実行することである」と定義されます。
これは保険者が主体のデータヘルス(データを活用した予防・健康づくり)と、事業主が推進する健康経営(従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること(注2))を一体的に進めていく取り組みです。データヘルスと健康経営は当初から車の両輪として推進されており、保険者と事業主の連携が重要です。
データヘルス、健康経営が誕生した背景と潮流
データヘルスは、治療中心の医療から予防を重視する保健医療体系への転換と、医療データの電子化という二つの潮流から生まれました。データヘルスにより個々の特性に応じた予防・健康づくりが可能になり、国民の健康寿命の延伸が期待されます(注3)。さらに厚生労働省は「データヘルス改革」の中で、健康・医療・介護のビッグデータの分析により、保険者機能を強化することで実効的なデータヘルスの推進を図っています。
健康経営は従来の医療費適正化の発想から脱却し、従業員の健康保持・増進を企業の人的資本への積極的な投資と捉えていく考え方です(注2)。「コラボヘルスガイドライン」によると適切な投資は収益=健康関連コストの最適化を生む可能性が高いとされています。また健康経営における最適化とは、健康面だけでなくさまざまな観点からの全体最適化を指します。
保険者と事業主の役割は次のように整理されています。

注1:厚生労働省保険局 平成29年7月「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」
注2:経済産業省「健康経営」
注3:産業医学レビュー Vol.36 No.2 2023 「データヘルス、コラボヘルスの現状と今後の方向性」 p.99~125
コラボヘルス推進のためには
健康・医療データや働き方に関する人事データ等によるデータ分析に基づいた従業員・家族の現状の把握と、健康課題に対応する効果的・効率的な事業をPDCAサイクルに基づき実施することが重要となります。「コラボヘルスガイドライン」には、コラボヘルスの実効性を上げるためのチェックリストも提示されています。


持続的なコラボヘルスを目指すための二つの重要なポイント
今回PDCAサイクル確立後に持続的なコラボヘルスを目指すための二つの重要なポイントとして、「保険者・事業主双方のメリットの見える化」と「データサイエンスによるPDCAサイクルの高度化」を紹介します。
保険者・事業主双方のメリットの見える化
保健事業におけるPDCAサイクルは確立していても、各事業における双方の効果(得られているメリット)を見える化まで出来ているケースは現時点では多くないのではないでしょうか。効果の見える化がない状態で事業を進めていった場合、PDCAサイクルを回す中で費用対効果が曖昧になり、人材・財源に関する双方の意思決定が難しくなります。特に事業主は、保健事業の成果を企業経営の成果に置き換えて評価する必要があります。
データサイエンスによるPDCAサイクルの高度化
次にデータサイエンスによるPDCAサイクルの高度化が考えられます。データヘルスにおける現状の課題の多くはデータサイエンスを活用した分析を取り入れないとこのまま頭打ちになる可能性があり、当然PDCAサイクルを回しても改善していかなくなります。計画時に予測を取り入れ、施策実行後の効果検証やPDCAサイクルを回しながらデータを収集していくことで、そういった課題を解決していく必要があるでしょう。
想定されるユースケース
保険者にとっての大きな課題の一つは、医療費の発生を未然に防ぐ「発症予防」による医療費の適正化です。健康診断などのデータをもとに健康保険組合加入者の疾患発症や疾患発症リスクを予測するAIは多く検証されており、将来的には発症予防の分野でのAI利活用が期待されています。

発症予防においても健康面での目標や結果を、企業経営における効果、すなわち従業員の生産性向上や企業価値の向上に置き換えることが望ましいです。従業員の生産性においては、「プレゼンティーイズム」が問題となります。これは「出社はしているものの、何らかの健康問題で生産性が低下している状態」を指します。「コラボヘルスガイドライン」では、プレゼンティーイズムは、医療費以上に企業における最大のコストと言われています。
そこで単なる発症予測に留まらず、疾患発症に伴うプレゼンティーイズムの測定が考えられます。これにより従来のデータヘルスにおける分析による計画段階で、発症予測者数や発症に伴う労働生産性損失の推測が可能になります。また施策ターゲティングの効率化や保険者・事業者双方の観点で計画策定・評価も可能になります。

今後のコラボヘルスに必要となるもの
まずデータの蓄積が必要となります。予測のためには個人単位で結合された経年でのデータも必要となります。また上記のプレゼンティーイズムの測定のように、より精度高く企業価値につなげるためには、健診データに加えて人事データも揃える必要があります。ただしこれらのデータの蓄積には、保険者と事業主間での役割分担の明確化や本人同意等の法的なハードルをクリアするが必要があります。保険者は個人情報を扱うことから、必要に応じてセキュリティ専門家を交えて、最新の技術動向を踏まえたセキュリティ対策が望まれています(注4)。
次に保健事業におけるコア人材の中にデータサイエンティストが必要となります。現在医療×AI人材、とりわけ医療人材のAIスキル取得の必要性が議論されています(注5)。一方でAIの理解と実践には大きな差があり、経験豊富なデータサイエンティストも必要となります。医療・人事データは特にセンシティブなデータとされ、データサイエンティスト協会が定義する三つの各スキルセットについて高度なレベルが求められます(注6)。

データサイエンティストの三つのスキル
- ビジネス力: 個人情報の取扱い、ドメイン特有のデータ構造の理解、倫理課題への対処等
- データサイエンス力: 予測モデル構築、因果推論、生存時間解析等
- エンジニアリング力: 大規模データの加工・管理、プライバシーデータの対処等
また分析結果の医学的妥当性の確認等には、産業医をはじめとする医療専門家の協力が必須になります。今後のコラボヘルスを推進していく上で、保険者・事業主間の連携に留まらず、医療・セキュリティ・データサイエンスの専門人材との連携も必要となります。
注4:厚生労働省「厚生労働分野における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン等」
注5:厚生労働省「これまでの議論の整理と今後の進め方」
注6:一般社団法人 データサイエンティスト協会 スキル委員会 2023年10月20日「2023年度スキル定義委員会活動報告、2023年度版スキルチェック&タスクリスト公開」
おわりに
本記事では、持続的なコラボヘルスに向けた二つの重要なポイント、将来的なコラボヘルスの発展に必要な要素を紹介しました。
データ蓄積・セキュリティ強化・専門人材の確保はいずれも多くのコミュニケーション・時間を要します。早い段階での保険者と人事部をはじめとした事業主間の連携をご検討されてはいかがでしょうか。
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