量子コンピュータとは?仕組み・従来技術との違い・最新動向について解説

 量子コンピュータとは、量子力学の原理を計算に応用したコンピュータです。従来のコンピュータでは実現できない大規模計算の可能性に注目が集まっています。

 本記事の前半では、量子コンピュータの仕組み、従来のコンピュータとの違い、どのような分野に活用できるのかを解説します。後半では、量子コンピュータに対する各国の最新動向、そして企業・個人が今後どのように量子コンピュータにかかわる必要があるかを解説します。

量子コンピュータとは

 本章では量子コンピュータの定義や、注目されている理由について解説します。

量子コンピュータの定義

 量子コンピュータとは、ミクロな世界を記述する量子力学に基づく特性を応用して計算をするコンピュータの総称です。世界中でさまざまな方式の量子コンピュータが研究・開発されています。
 代表的な方式として超伝導型・イオントラップ型・中性原子型・半導体型・光型などがあげられます。それぞれの方式に長所と短所があり、現時点ではどの方式が主流になるか確定していないため、並行して研究されています。

表1.量子コンピュータの代表的な方式
方式
原理 長所 短所
超伝導 超伝導状態の電子回路に対して、マイクロ波を用いて操作・測定する ・集積化可能
・操作が速い
・極低温環境が必要
・配線が複雑
イオントラップ イオンを真空中に閉じ込めて、レーザー光で操作・測定する 量子状態の保持時間が長い 操作が遅い
中性原子 レーザー冷却により中性原子をトラップして、レーザーで操作する 量子状態の保持時間が長い 操作が遅い
半導体 半導体中の電子スピンの状態で計算する 集積化可能 操作が難しい
光に情報を持たせて計算する 環境ノイズの影響を受けにくい 操作が難しい

出所:大和総研作成

なぜ注目されているのか

 本節では、量子コンピュータが注目されている背景と理由について解説します。

現代の暗号技術を脅かすアルゴリズムの登場

 1994年に、ピーター・ショアによって、量子コンピュータ上で素因数分解を高速に解く実用的なアルゴリズム(ショアのアルゴリズム)(注1)が提唱されました。

(注1)P. W. Shor.「Algorithms for quantum computation: discrete logarithms and factoring」

 巨大な合成数の素因数分解は、従来のコンピュータでは膨大な時間がかかります。この計算の困難性を利用した暗号方式(RSA暗号など)は、1980年ごろから広く普及し始めました。しかし、ショアのアルゴリズムは、量子コンピュータを用いることでこの種の暗号を容易に解読できることを示しました。
 このように、広く普及している暗号の安全性が、技術革新によって脅かされる可能性が明らかになったことで、量子コンピュータは大きな注目を集めるようになりました。

従来の限界を超える計算能力

 従来のコンピュータは、0と1の2進数の論理ビットで情報を扱います。それに対して量子コンピュータは、後述する量子ビットと呼ばれる仕組みで情報を扱います。この量子ビットの特性をうまく利用することで、複数の状態を同時に計算でき、従来のコンピュータでは実現困難な規模の計算が可能となります。

社会的・技術的なインパクトの可能性

 従来では困難と考えられていた大規模シミュレーションへの応用が期待されています。金融・化学・AIなどの分野で行われる膨大な計算を量子コンピュータで処理することで、従来よりも効率的に計算できる可能性があります。
 一方で、量子コンピュータの登場は既存の暗号技術の安全性を脅かす可能性があります。その脅威に対応するために、量子コンピュータでも解読ができない耐量子計算機暗号が開発されています。

量子コンピュータの仕組みとアーキテクチャ

 本章では、量子コンピュータの基礎となる量子力学の基本的な概念と、量子コンピュータに用いられている技術について解説します。

量子力学

 量子力学は、原子や電子といったミクロな世界を記述するための枠組みです。量子力学の世界では、通常のマクロな世界とは異なる物理現象が起こります。本節では、そのような物理現象のうち、量子コンピュータに用いられるものについて解説します。

重ね合わせ

 量子力学では、粒子の状態は一つに決まっておらず、複数の可能性が同時に存在します。これを「重ね合わせ」と呼びます。粒子は観測されるまではこの重ね合わせの状態にあり、観測によって初めて一つの状態に収束します。

量子ビット(Qubit)

 量子コンピュータにおける最小単位を、量子ビット(Qubit)と呼びます。従来の論理ビットが0もしくは1の状態のどちらかをとるのに対して、量子ビットは0と1の重ね合わせの状態をとります。したがって、ビットがN個あると2N通りの状態がある中で、従来の論理ビットではその中の1通りの状態しか一度にとれないのに対し、量子ビットでは重ね合わせにより同時に2N通りを表現できます。

図1.論理ビットと量子ビットの比較
出所:大和総研作成

量子もつれ

 複数の量子ビットが互いに関連しあい、一つの量子ビットの状態が決まると他の量子ビットの状態も決まる性質を、量子もつれといいます。この性質を利用し、量子ビットの状態を適切に操作・観測することで、多数の計算を実行した結果を一度に得ることができます。

量子回路の構成

 量子ビットを操作して計算を行うアルゴリズムを、量子アルゴリズムと呼びます。量子アルゴリズムは、量子ゲートと呼ばれる演算子を組み合わせた量子回路によって表現されます。

ノイズと誤り訂正の課題

 量子コンピュータは、量子ビット数を増やすほど計算能力が増加していきます。一方、量子ビットはわずかなノイズでも状態が変化して、正しい結果が得られなくなります。ノイズによって変化した量子ビットを検出し修正する手法が、量子誤り訂正です。大規模化する量子コンピュータにおいて、高精度での量子誤り訂正を実現するアルゴリズムやシステムの開発が課題となっています。

量子コンピュータの応用分野

 本章では量子コンピュータがどのような分野で活用できるのかについて解説します。

金融

 金融では、デリバティブ(金融派生商品)価格やリスク指標評価において大規模な計算が必要となります。これらの計算は同時並行で処理できる性質を持つため、量子コンピュータ向きのユースケースです。具体的には、組み合わせ最適化のアルゴリズムや「量子振幅推定」(注2)という量子計算の手法を使うことで、従来よりも効率的に計算できると期待されています。

(注2)目的の量子状態が現れる確率を効率的に推定する手法。

化学

 分子を原子や電子のレベルで計算・シミュレーションすることを、量子化学計算と呼びます。量子化学計算は、分子の分子量が大きくなると、計算量が指数関数的に増加します。そのため、従来のコンピュータでは計算量を減らすために近似計算が用いられますが、その精度は限界があります。量子化学計算は量子力学の原理に基づいているため、同一の原理に基づく量子コンピュータを使うことで、第一原理計算などの複雑な処理を、より効率的にシミュレーションできる可能性があります。

AI(量子機械学習)

 機械学習の一部の計算を量子コンピュータで行う研究が進められています。例えば、大規模言語モデル(LLM)におけるTransformerの自己注意機構の計算を量子コンピュータで行うアルゴリズム(注3)が研究されています。

(注3)Anthony M. Smaldone et al. 「A Hybrid Transformer Architecture with a Quantized Self-Attention Mechanism Applied to Molecular Generation」

従来のシステム開発との違い

 本章では、従来のコンピュータシステム開発と量子コンピュータのシステム開発の違いについて解説します。

ハードウェア

 従来のコンピュータのような明確なレイヤーは、量子コンピュータにはまだ存在しません。特に量子コンピュータは、量子力学の原理によりデータを直接コピーすることができないため、従来のシステムと異なる扱いが必要です。ハードウェアの特徴としてはQPU(Quantum Processing Unit)を制御する装置も重要であり、大掛かりな装置になることが多いです。

図2.従来のコンピュータと量子コンピュータのレイヤー比較
出所:Margaret Martonosi et al. 「Next Steps in Quantum Computing: Computer Science's Role」 Figure 3

ソフトウェア

 量子ソフトウェア工学はいまだ発展途上です。
 従来のシステムではOS、ミドルウェア、アプリケーションなど明確に分かれていますが、量子コンピュータでは全体で一つの実験系という形になっていることが主流です。また、方式によっては利用できるゲートに制限があるなど、ソフトウェアを利用するにもハードウェアの把握が必要な場合もあります。 この課題に対して、ハードウェアの差異を吸収する中間層を設けることで、ソフトウェア開発者がハードウェアの詳細を意識せずに開発できる工夫が行われています。

 従来のシステムと異なり、実機を持つことのできる個人や企業は限られていますが、Amazon Braketなどのパブリッククラウド上で実際に量子コンピュータを利用できるQuantum Computing as a Service(QCaaS)が広がっています。
 また、大阪大学が開発したOQTOPUSという環境構築から運用までを網羅するOSSなどを利用することで、実機を持つ研究機関や企業が、量子コンピュータをクラウド公開することが容易になっています。

人材

 量子人材は研究機関や企業の研究者が担っています。
 また、近年では、NVIDIA社が提供するGPU上で量子回路を高速シミュレーションするライブラリであるcuQuantumや、従来の古典計算と量子計算を統合したハイブリッドアルゴリズム開発を支援するフレームワークであるCUDA-Qなどのエコシステムの発展により、HPCやGPU主体の開発者も参入してきています。

現在の技術動向

 本章では、量子コンピュータにおける各国の技術動向について解説します。

各国の取り組み

 欧米や中国などでは、量子コンピュータの研究開発が国家レベルで推進されています。また、アメリカでは企業が開発をリードしている点が特徴的で、量子コンピュータのクラウドサービス化も進められています。以下に各国の主な動向を示します。

表2.量子コンピュータに対する各国の取り組み
取り組み
アメリカ ・アメリカ政府は2018年に国家量子イニシアチブ法を成立させて、量子コンピュータに5年で12億ドルの投資を行っています。
・IBMは2023年に1121量子ビットの量子コンピュータ「Condor」や133量子ビットで従来よりもエラー率の低い量子コンピュータ「Heron」の開発に成功しています。
・Googleは2024年に105量子ビットを搭載した量子チップ「Willow」を開発しています。
・AWSは2020年からAmazon Braketによるクラウド上での量子コンピュータの提供を開始しています。
・JPモルガン、IBM、バークレイズ証券などが量子コンピュータを用いたアルゴリズムの開発に取り組んでいます。
欧州 ・2024年に量子技術に関する欧州宣言が採択されています。
・2025年にフィンランドで50量子ビットの量子コンピュータが開発されています。
中国 ・中国政府は量子通信と量子コンピュータを重大科学技術プロジェクトとして位置付けており、2020年に量子情報科学国家実験室が70億元かけて建設されています。
・2025年には中国科学技術大学が105量子ビットを搭載した量子チップ「祖沖之3号」を発表しています。

出所:大和総研作成

日本の取り組み

 日本でも、量子コンピュータの研究開発を国家レベルで推進しており、大学・研究機関・企業の取り組みが並行して進められています。以下に主な動向を示します。

  • 2020年度に開始したムーンショット型研究開発計画では、2030年までに一定規模のNISQ(注4)量子コンピュータを開発するとともに実効的な量子誤り訂正を実証し、2050年ごろまでに大規模化を達成し、誤り耐性型汎用量子コンピュータ(注5)を実現することを目標に掲げています。(注6)
  • 2023年には国産量子コンピュータの初号機「叡」が公開された(注7)のを先駆けとして合計3機が稼働を開始しました。(注8)さらに、2025年には純国産量子コンピュータが稼働を開始しました。(注9)
  • みずほFG・MUFGなどが量子コンピュータを用いたアルゴリズムの開発に取り組んでいます。(注10)

(注4)NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum): 中規模で誤り訂正をしない量子コンピュータ。
(注5)FTQC(Fault-Tolerant Quantum Computer)と呼ばれる。
(注6)ムーンショット目標6 2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現 | 内閣府
(注7)量子コンピュータを利用できる「量子計算クラウドサービス」開始 | 理化学研究所
(注8)大阪大学に設置した超伝導量子コンピュータ国産3号機の クラウドサービスを開始 - ResOU
(注9)「純国産」量子コンピュータ、7月28日稼働! - ResOU
(注10)会誌「情報処理」Vol.66 No.5「金融業界における量子コンピューティング活用に向けた取り組み

今後取るべき行動

 各社のロードマップによると2030年ごろまでに量子コンピュータの大規模化・実用化が示されています。(注11)(注12)(注13)そのため、量子コンピュータの動向を追うとともに、量子人材の育成・獲得や、量子コンピュータの活用検討を進めることが重要です。

(注11)IBM Quantum Computing | Hardware and roadmap
(注12)Equal1 | Rack-Mounted Quantum Computers
(注13)NTTとOptQC、スケーラブルで信頼性の高い実用的な光量子コンピュータの実現に向けた連携協定を締結~光技術が切り拓く量子の未来 ― 100万量子ビットの光量子コンピュータ実現に向けて~ | ニュースリリース | NTT

 本章では、量子コンピュータの実用化に向けて、個人や企業がどのようにかかわっていくのがよいかを解説します。

量子人材の育成・獲得

 量子人材の育成に向けて、日本の複数の団体がプログラムやシンポジウムを開催し学習機会を提供しています。これらの機会を活用して量子コンピュータの基礎知識を習得し、量子アルゴリズムやプログラミングのスキルを養うことが重要です。企業としても、こうしたプログラムやシンポジウムへ人材を派遣するなど、量子人材の育成・確保を進めることが重要となります。

量子技術の動向把握・活用

 量子技術の進展や業界動向を把握し、その活用を検討することが重要です。以下のような専門機関が提供する情報を活用し、自社業務への適用可能性の検証を積極的に行うことが、将来の事業展開に向けた準備につながります。

おわりに

 量子コンピュータは、量子力学の原理を活用することで、従来のコンピュータでは実現困難な大規模計算ができます。本記事では、量子力学の基本から、応用可能性、各国の開発動向まで、量子コンピュータの全体像を解説してきました。量子誤り訂正などの技術的課題は残されているものの、欧米・中国・日本など世界各国が積極的に投資を進めており、量子コンピュータの社会実装は確実に近づいています。

 量子コンピュータの実用化に備えて動向を追跡するのみならず、量子人材の育成・獲得や活用方法の検討を積極的に進めていくことが、競争力を維持し、新たな価値を創造するために不可欠となるでしょう。

 大和総研では、量子技術をはじめとする先端技術の検証も行っています。ご要望・ご不明点などがありましたら、 ITソリューションサービスサイトからお問い合わせください。