伝染病がはやると金融機関の在宅勤務が広がる?

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2007年02月08日

  • コーポレート・アドバイザリー部 主席コンサルタント 中島 尚紀

日本ではこの冬ノロウイルスが大流行し、上司から「出社を拒否された」社員もいると聞く。ノロウイルスは空気感染することもあり、感染者を隔離するべく指示が出されることは理にかなっている。

米国の金融機関では、こういった伝染病への対応はすでに事業継続における重要な要素のひとつであり、企業全体の問題であると認識されてきている。これらの機関では2000年問題や9.11のテロを契機に事業継続計画を強化しており、局所的な災害に対する備えはかなりのレベルに達した。

対策が一段落したと思われた矢先、アジアや欧州における伝染病の広がりが世界的な話題となった。その中でも、鳥インフルエンザについては、現時点でワクチンの生産体制が十分整っていないなど、仮に大流行を起こしてもそれを阻止できる手立てを確保できておらず、特に問題視されている。(※1)このため、社内感染を防ぐべく、ウイルスに感染した社員は在宅を命じられることになる。そればかりか、家族がウイルスにかかっていれば、看病のため、さらに「社員がすでに感染しているかもしれない」という懸念からも出社できないだろう。加えてウイルスが大流行中の地域では、外出することを嫌がり、出社を拒む社員が出てくる。これらの状況を考慮し、米国の金融機関では、社員の30~40%がそれぞれ10~20日程度出社できないという前提を置き、事業継続計画の検討をすすめている。

対策としては、在宅勤務に向けた設備の増強がすすめられてきている。現時点でもそのような設備はあるものの、あくまで一部の社員が短期利用するもので、災害時はバックアップ施設の利用が基本戦略であった。伝染病の流行時には一箇所に人が集まることそのものが問題になるため、大量の人員が同時に在宅勤務を行うとみられている。したがって、サーバやネットワークの強化が必須なのである。

インフラ整備の際は、日本ではセキュリティが問題になるが、米国ではそれ以上に通信回線の信頼性の低さが問題になる。日本では家庭向けインフラですらも24時間体制ですぐ修理が入る「高品質な環境」が提供されている。一方で、米国では「ラストワンマイル」、すなわち一般家庭までの回線が不安定(※2)、かつ壊れた場合でもすぐに修理が来るとは限らない。ウイルス蔓延の状況では、エンジニアも外出したくないわけで、なおのこと修理は遅れる。ある金融機関で社員宅までの接続回線をも独自で保有するというアイデアが出てきているのは、納得できなくもない事態でもある。

このような対応が進むにつれ、平常時もこれらの設備を遊ばせておくというわけにはいかなくなり、在宅勤務が増えていくことが予想される。これにより、オフィスのコストや通勤費、無駄な移動時間が削減されるという目に見える変化に加え、コミュニケーションの方法論やワークフローが大きく変わる可能性が高い。ネット会議や企業掲示板、ブログ、ウィキなどの知識共有環境が改めてスポットライトを浴びるのではないか。もっとも、「仮想的な価値」を取り扱う金融機関が労働集約的であると考える事自体が前時代的なのかもしれない。単純なオペレーションではネットワークの活用が進み、一箇所に集まらなければできない業務は急減してきている。

ノロウイルスで伝染病の脅威を垣間見た日本の金融機関も、こういった流れは他人事ではないだろう。事業継続の環境整備が進むに連れ、大都市圏を中心に在宅もしくは自宅近辺のオフィスで勤務するワークスタイルが広がる可能性は十分にある。一方で、このような「分散型のオフィス」に対応できる業務手順や企業文化を各金融機関は備えているだろうか。2~3年でこのような潮流が完全に広がるとは言わないものの、先々を見越した組織や企業風土の改革を進めてもよいのではなかろうか。

(※1)ほかにも、SARSや、蚊が媒介となる西ナイル熱なども問題視されている。

(※2)例えば、日本では「携帯電話が一部の地域で数時間繋がりにくかった」事が新聞記事となるが、米国では「携帯電話は通話中に切断されない」事が他社との比較で優位になる。

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中島 尚紀
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