資金循環構造からみたレベニュー債の意味

~地域主権改革とPPP/PFIの背後にあるもの~

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資金循環の噴水構造

家計に発し企業部門に注ぐ資金の流れを俯瞰すると、商品の流通過程と似たような集荷・分荷のプロセスがあることがわかる。銀行は、あまねく遍在する家計から資金を集荷する。それは一旦中央に集結するが、その後地方に分散立地する工場等、設備投資に充てられた。地理的にみれば、地方から出て行った資金は廻りまわって地方に戻ってくるのである。働く人と生活する人が同じ経済圏にいるのだから当然といえば当然だ。


ではなぜ資金は一旦中央に集結するのか。本社機能が都市に集中していることが背景にあると考えられる。工場を地方展開する大企業が投資の意思決定や資金調達をするのが本社であり、それが都市に集中している。概して地域金融機関はきめ細かい支店網を通じて家計の預金を集めており、資産の状況をみると貸出より預金が大きい。一方、三大都市圏に本社を構える「都市銀行」、長期信用銀行、信託銀行は全国展開する大産業の資金調達を担っており、資産の状況をみれば預金より貸出が多い「オーバーローン」であるのが常だった。この対称的なふたつの業態を繋ぐのがコール、または長期信用銀行などが発行する金融債がやりとりされる短期長期の金融市場である。これらを媒介にして、地域金融機関が地元民間企業に貸してなお余った資金は、都市銀行等「オーバーローン」の金融機関に渡り、全国の産業に流れていったのである。


要するに、流通過程に喩えていう集荷と分荷が出会うところ、調達と運用を繋ぐ媒介役はコールや金融債が果たしていた。全国から集荷された家計の資金はコールや金融債を媒介に全国の産業に流れていった。ここでは全国から集まった資金が再び全国にふりそそぐ様を喩えて「資金循環の噴水構造」と呼んでみる。

金融仲介機能の衰退

その後、噴水構造の結節点における媒介役がコール・金融債から国債にシフトしはじめたのは90年代後半ころであったと思われる。背景には、雇用、設備そして負債のいわゆる3つの過剰を削減し続けてきた民間部門を代替するかのように、わが国経済活動における公共部門のウェイトが増大してきたことがある。これと歩調を合わせるように国と地方の債務残高が膨張していった(※1)。資金は「将来性ある企業」に思うようには廻っていかなかった。その理由を銀行の貸出姿勢や技量に求める意見もあるが、一方で構造的な側面もあるだろう。貸出先たる民間企業の総資本事業利益率が経済成長率と相まって低下し続けていることを謙虚にうけとめなければなるまい(※2)。民間企業においてはちょっと経営を誤ればすぐ赤字に転落してしまうし、銀行からみれば、仮にロスを出したときそれを挽回するために必要な貸出額が、利回りが高かったころに比べて大きくなったということになる。


そして現在。その役割を終えたのか長期信用銀行は既になく、地方経済に占める社会資本整備のウェイトが増えそれを国債や地方債で賄った結果、資金の出し手と取り手を媒介するものはコールないし金融債から国債にシフトしていったと考えられる。民間の金融仲介機能が衰退した分、その機能を政府部門が肩代わりした構図に見える。家計に発する資金を地域金融機関が集荷し、国債や地方債で大口資金にまとめた上で公共投資を通じて社会資本に流れ着く経路がある。

地域経済圏内の循環構造

国が金融仲介機能を実質的に代替し、全国から集めた個人預金を自らが再配分するように見えるわけだが、これを是としてよいものか。膨張した国と地方の債務残高がこのままでよいとは思えないし、地域活性化やガバナンスの観点からも疑問が沸く。それならば個人預金を一旦国債・地方債に集中させ国が全国に再配分するという現代の「噴水構造」を、地域経済圏で完結する資金循環構造に転換させればよいのではないか。一旦中心に集まって分配する経路を思い切って省略し家計と社会資本を直結する。商品流通に喩えれば「卸の中抜き」に近い。家計の預金と社会資本の財源を直接媒介するものが「レベニュー債」である。たとえば、野球場、体育館、再開発ビル、公立病院など社会資本を証券化した上で、その持分や債券に地元住民が直接、または地域金融機関を経由して投資するというスキームはどうだろうか。持分を細分化して広く投資を募るインフラファンドも考えられよう。本文の文脈上レベニュー債を例にしているが、これをPPP/PFIに置き換えても同じことだ。


レベニュー債を媒介とした地域完結型循環構造のイラストを下に示した。ここから次のようなメリットが想像できまいか。強調したいのは、資金の出し手と取り手が直結することによる資金使途の「見える化」である。

  • 家計と社会資本を直接結びつけることによる中間省略の効果
  • 地域のオーナーシップが醸成されることによるガバナンス効果
  • 長期安定的な運用
  • 財政規律を踏まえ、真に必要な公共投資を実施できるメリット

直観的には「卸の中抜き」がもたらすコストダウンが想像できよう。住民の、地元の社会資本に対するオーナーシップが高まる。これは、使途を風力発電事業に特定した債券、たとえば横浜市の「ハマ債風車」(※3)が好感をもって受けいれられたことからも伺える。老後に備えてじっくり資産運用したいというニーズにも合う。そして、これが肝心なことであるが、野放図な公共投資に歯止めがかかり、財政規律が利くようになることが一番のメリットだ。財政負担を将来に押し付けるようなレベニュー債は売れない。市場が金利上昇というシグナルを送って借り過ぎを知らせる。また住民のガバナンスもかかる。傍目に必要性を感じられない多目的ホールのレベニュー債はだれも買わない。

資金循環の噴水構造 / レベニュー債を媒介とした地域完結循環構造

社会資本単位の自律的なメカニズムを発揮させるためには、社会資本単位のキャッシュフロー分析を素通りするわけにはいかない。水道事業でいえば、以前執筆した「水道事業の資金調達力を診断する」(※4)にある「修正損益計算書」とキャッシュフロー分析指標がそのツールだ。必要性を住民にアピールするワークシートもあわせて提供している。それが「水道版バランススコアカード」である。


現状「暗黙の政府保証」は失われておらずほとんどの地方公共団体は格安な金利で地方債を発行できるので、あえてレベニュー債を導入する動機はないに等しい(※5)。しかし、いずれ地方財政の自立が進み地方公共団体の調達金利に財務状況の良し悪しが反映されるようになると、おそらくレベニュー債が議論の俎上にあがってくる。従来通り親団体がまとめて起債し水道事業にあてがうのがよいのか、水道事業が自らのキャッシュフローを引当にレベニュー債を発行したほうがよいのか、判断が必要な時代が来よう。親団体と水道事業をどうやって見比べればよいのか。これも答えはキャッシュフロー分析にある。このコーナーでもたびたび説明してきた行政キャッシュフロー計算書を活用すれば、親団体と、これに属する水道、公立病院その他公営企業と、そして民間企業とでさえも、同じ分析指標でそして同じ尺度で信用力を把握することができるのだ。まずはキャッシュフローを地方財政分析の肝とすること。地域主権の時代、住民と市場のガバナンスによって最適な資源配分と財政の持続可能性を実現するにあたって最重要のポイントとなろう。

(※1)「膨張を続ける国と地方の債務残高『あと5年は大丈夫』か?」(2010年5月26日付コンサルティングインサイト)
(※2)「事業利回りの低下、そうした時代の資金循環のあり方」(2010年4月7日付大和総研コラム)
(※3)通常よりも低い金利水準を設定しているが、発電用風車の発電量や風速などが表示される発電表示板に名前を入れることができたり、特別の風車見学ツアーに招待されたりするなどオーナーシップをくすぐるような特典がある。
(※4)「水道事業の資金調達力を診断する~水ビジネスの新たな展開に向けて~」(2010年4月14日付コンサルティングインサイト)
(※5)「レベニュー債はなぜ実現しないのか」(2009年12月9日付コンサルティングインサイト)
ひとつ付け加える。「暗黙の政府保証」だけなら地方債の調達金利は保証人たる国の信用つまり国債利回りに近づいてゆくが、地方において資金の行き先がいよいよなくなったことや入札制度の普及を背景に、近年は国債利回りを下回る金利で調達できるケースもあるようだ。財政規律が求められる中PPP/PFIが施設更新など増大する資金需要に対しての解決策がとなることが期待されているが、その「金利差」が官民連携導入のインセンティブを相殺してしまうことにならないか不安を感じる。
「国債よりも低レート!? 好条件縁故債の陰に農協の運用難あり」(週刊金融財政事情、2009年7月13日号、特集 膨張する地公体取引)

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