レベニュー債はなぜ実現しないのか

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そもそもレベニュー債とは何か。

レベニュー債とは事業目的別歳入債券、つまり事業の目的別に発行される債券をいう。水道事業における浄水場、下水道事業における下水処理場、市立病院や市民ホールなど公共施設と資金が直接的に対応する。浄水場債券、下水処理場債券、市立病院債券や市民ホール債券という具合だ。


似たようなものに、資金を充てる事業を特定して募集する住民参加型市場公募地方債があるが、レベニュー債は資金使途だけでなく返済財源も特定される。たとえば、浄水場を建てるために発行したレベニュー債についていえば、その償還原資は税金ではなく、水道料金である。正確に言えば、水道料金から人件費その他経費を差し引いた残り、いわゆる営業キャッシュフローが償還原資となる。


ふつうに発行されている、将来の税金を償還原資とする地方債と比べ何が優れているか。まず、情報開示の重要性が増すのでその内容がより明瞭になる。経営悪化もつまびらかになる。償還が事業収益から行われるので、公益性とのバランスを保ちつつ、収益をどれだけ上げられるかが債券投資家の関心事となる。レベニュー債を地元住民が所持すればガバナンスの向上も期待できよう。建設資金が自分の財布から出ると思えば経営状況も他人事ではない。自分が「建てた」施設で地域住民が遊ぶ姿を眺める楽しみも生まれよう。一言でいえばオーナーシップの向上だ。


経営成績がわかると何がよいのか。投資に見合うキャッシュフローが乏しいと、投資家が先行き懸念して追加的な投資を控えようとするので自治体は借入を増やしづらくなる。だから採算性や必要性をよく考えて借金をするようになる。箱物は「使われなければただのハコ」だからそう言われるが、レベニュー債が普及すればそのようなことはなくなる。レベニュー債によって財政規律は本当の意味で働くようになる。


投資家の目線に転じれば、レベニュー債は長期に渡って安定的に収益を享受できる商品だ。公共施設は一定の需要があるから、利幅はともかくそれを補って余りある長期安定性が魅力的にうつるだろう。特に浄水場はわかりやすい。水が必要なくなるとはまず考えられないし、仮に自由化が進展したとしても地域独占は大きく変わるまい。

なぜレベニュー債は実現しないのか

日本でレベニュー債が普及しないのはなぜか。ひとつは必要に応じて給されるという繰入金のあり方だと考える。公営事業の採算性が悪化し償還資金がショートしても、親団体たる地方自治体が補てんしてくれる。赤字に転落しても結果的に税金が投入される。親会社が保証しているようなものだ。このように自治体と公営事業が未分化の状態ではレベニュー債の信用力が事業採算性から読めない。


 


もうひとつの理由は「暗黙の政府保証」に求められる。民間基準の財務指標でみればこれ以上借入を増やすのが困難なケースでも、暗黙の政府保証がある限りは自治体の信用で安く資金調達できるからである。いくら水道事業のキャッシュフローが安定的だといえ、経営状態と債券を連動させるレベニュー債の仕組みをわざわざ導入する必要はないだろう。


暗黙の政府保証とは、自治体の借金を中央政府が保証しているかのような実態をいう。保証契約が在るわけではないから暗黙と言うのだろう。熱海市が市庁舎の新築費用を節約しようと、民間が建てた庁舎を長期で賃借するスキームを検討した。そこでこのような質問が出た(※1)


「万が一、本事業において貴市が債務不履行をおこした場合(貴市が破たんした場合を含む)、どのように当該債務の履行が担保されると考えればよろしいでしょうか」。
平たくいえば家賃滞納を心配したのだ。回答は次のようなものであった。
「・・・万が一、市が破たんした場合、一般的には国や県が支援を行うと考えています」。
これが「暗黙の政府保証」を体現していると思う。払えなくなっても最終的には国や県が助けてくれるだろう、ということだ。貸す側にしてみれば、財務状況ひいては返済能力を気にせずとも低利で融資を続けられる。

では、どうすればレベニュー債を実現できるのか。

レベニュー債が資金調達の選択肢となるために、まずは繰入金の定額化が必要である。親団体たる自治体から必要に応じて支給される繰入金の額をあらかじめ決めてしまう。いいかえれば一括交付金化だ。医療費制度の言葉を使えば「出来高制」に対する「定額制」。公益性を保ちつつ事業を存続させるために必要なコスト(※2)を査定し、経営状態が良いときも悪いときもそれで賄うようにする。そうすると、増収に伴い利益が増え、減収に伴い利益が減る-つまり利益水準が事業採算性に連動するようになる。すなわち、財務状況に基づいて信用力を評価する下地ができあがる。


ゴルフではないが、査定に基づき公式に取得したハンディキャップの下で民間企業との対等な競争が実現する。これが本当のイコールフッティングではないか(※3)。公営事業がレベニュー債の受け皿たる事業になるには、親団体から離れた自立経営が前提となる。


もうひとつのポイントは親団体たる自治体の信用力を民間基準で明らかにすることだと考える。本来なら官民かかわらず、同じ財務状況であれば同じ金利水準になるのではないか。そうならないのは、暗黙の政府保証が金利の抑制要因として働いているからだ。

同じ財務状況を示しても、地方自治体の金利水準が低いのはなぜ?

銀行は民間企業の融資審査にあたって、キャッシュフロー計算書を基に財務状況を分析している。これと同じことを自治体に対して実施すればよい。今年の7月に公表された「財務状況把握ハンドブック」の算式にあてはめて、キャッシュフローに基づいた財務分析を施すことだ(※4)


何かのきっかけで暗黙の政府保証が剥落しキャッシュベースの信用力があらわになれば、財政規律が作用して自治体はおいそれと借入を増やせなくなる。前述の通り、借入増加による財政悪化が金利上昇を引き起こし起債抑制要因となるからだ。だからといって悲観するべきではない。困難に直面したときにブレークスルーが生まれる。財政悪化を抑止しつつ老朽化した浄水場の建替え資金をどうやって調達できるのか。その解決策はレベニュー債にある。長期安定的な収入が見込まれる水道料金を引当にすれば、長期かつ低利な資金を調達できるだろう。堅調な公営事業や施設を自治体本体から切り出した上で、レベニュー債を発行するのだ(証券化)。自治体や公営事業、民間企業にいたるまで同じ尺度でみられるようになったとき解決策が見つかる。経済の自然治癒力が奏してヒトモノカネの適切な配分を促す。

(※1)熱海市新庁舎建設整備事業実施方針等に関する質問書、平成20年7月14日
(※2)拙著「公益性のコスト」(コンサルティングインサイト)、2009.7.8を参照。
(※3)逆に、18ホールを終えた後、スコアの出来高によってハンディキャップが加算されるとするならゲームにならない。必要に応じて補てんされる繰入金とはそういうものだ。また、繰入金の定額化は収支改善を促す。必要に応じて請求できる出来高制であれば費用対効果はさておいてなるべく多く使おうとする。決まった額しか貰えない定額制ならば少しでも経費を浮かそうと節約のモチベーションもあがるもの。サラリーマン諸氏はここで出張費の清算を想像してほしい。理論建てて説明するよりも諒解いただけるのではないか。制限があるところに工夫がある。
(※4)次を参照のこと。拙著「財務状況把握ハンドブックの公表をうけて ~地方財政の視座はどう変わるか~」(2009年9月30日付大和総研コラム)
磯道真「財務省の新指標で見た自治体の健全度 17市町村のキャッシュフローがマイナス 79市区町村は“売り上げ”超す積立金」、日経グローカル№135,2009.11.2


なお、大和総研では自治体のキャッシュフロー分析とその活用方法について講演や研修会を実施している。
お問合せは下のフォームから金融・公共経営コンサルティング部まで。
(今年度実績)
「金融機関における地方公共団体の財務分析とその活用について」
第45回公務問題研究会(地方銀行協会)、平成21年10月20日 他1件
「財務諸表を用いた地方財政分析にかかる考察」
地方自治体3件
その他、公営企業経営に関する研修会などあり。

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