水道事業の資金調達力を診断する ~水ビジネスの新たな展開に向けて~

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普及率は97%を超え、蛇口を捻れば飲める水が出る日本の水道のレベルは高い。とはいえ視点を未来に転じてみると問題がないわけではない。設備の大量更新期を迎えるのである。団塊世代の一斉退職による技術断絶や働き手不足を称して2007年問題といわれるが、高度成長期に多く布設され耐用年限が40年である水道管にも似たような事情がある。近い将来寿命を迎え、漏水事故が頻出するのではないかと懸念されている。経年劣化は歳月とともになだらかに進行してゆくのではなく、ある時期を境に加速度的に進むから具合が悪い。これも老化現象と似たようなものか。


来るべき大地震への備えを兼ねて、計画的に老朽管を交換してゆけばよいのだが先立つものが必要だ。疲弊する地方財政の下で更新財源の確保が水道事業の論点となっている。あまつさえ今後人口が減少に転じ水需要が伸びる可能性は極めて低い。水道事業は原則として市町村が営む公営企業であり、売上たる料金収入で経費を賄う独立採算原則が貫かれる。ここで、水道事業の企業としての性質に着目し、更新財源の民間調達を視野に、銀行その他の金融機関が融資審査や格付を行うのと同じような方法で債務償還能力を診断してみた(※1)。仮に水道事業が電気、ガス、電話のように普通の会社であった場合、自力で資金調達する能力はあるのだろうか。


まず「修正損益計算書」を作成する。修正損益計算書は、民間企業と同じような形式、とくに与信判断にあって見慣れた形式に一定のルールで変換したものだ。たとえば費用内訳は「浄水費」「配水費」など目的別ではなく「職員給与費」「材料費」というように後で分析しやすい区分にした。「営業利益」の項目も設けた。また、他会計補助金を区分表示するなど親団体たる市町村からの財政支援を「見える化」し、独立採算企業としての実力と財政支援を区別できるようにした。こうすることで民間・公共の区別なく、かつ製造業、流通業その他業種の違いにかかわりなく事業体の支払能力を横比較することができる。


続いて分析指標から財務状況を診断する。ここであげる分析指標は営業収益対償却・繰入前経常利益率(以下「償却・繰入前経常利益率」という)、有利子負債月商倍率、債務償還年数の3つである。いずれも修正損益計算書から導いたものであり、数字の生成過程を遡ることで要因分析が簡単にできる。


1つめの償却・繰入前経常利益率は現金ベースに置き換えた経常利益率である。収益性や効率性をみるには発生ベースで計算した経常利益率が役に立つが、債務償還能力をみるにあたっては減価償却費など非資金項目を加減した現金ベースの利益率のほうがよい。借入返済は、あくまで計算上の利益ではなくキャッシュをもって充てられるからだ。事業の持続可能性の観点からも同じことがいえる。事業継続は資金繰りすなわち支払能力にかかっているからだ。そういえば「黒字倒産」という言葉もある(※2)。なお全国の分布状況をみると、平均値である36%を中心として正規分布状にばらついている。


償却・繰入前経常利益率はコストの節約と給水量の拡大そして料金値上げで改善する。水を登らせるポンプの動力費など地形的に制約されるものもあるが、人件費や漏水ロスなど努力で抑えられるコストもある。こうした企業の能率性を発揮した上で、適正な料金水準を設定することで将来的に持続可能な償却・繰入前経常利益率を保つことができるのだ。


2つめは、借入の大きさを月商比で表した有利子負債月商倍率である。これで借入過多をチェックする。小さいにこしたことはないが水道事業は設備集約型で投資期間も長いため大きめの数値となる。水源に恵まれず加工コストが嵩む地域においてはなおさらだ。日本全国どこで飲もうが蛇口から出る水は一様に安全でおいしいが、「富士の名水」よろしく水に特産地があるように、良い水源はどこにでもあるわけではない。だから水道の設備コストは地域条件にも左右される。


ただ、この点でいえば浄水場その他水道施設の更新時期の到来は従来の施設規模を見直す機会である。広域化による負荷平準化、相互融通システムを活用したジャストインタイムの配水管理を図ることによってよりコンパクトかつしなやかな水道システムに再構築することができないだろうか。そうすれば、現状のまま単純に更新するよりも投資総額ひいては借入総額は少なくてすむ可能性がある。


3つめは債務償還年数である。有利子負債が、返済財源たるキャッシュフローの何年分に相当するかを示すことで債務償還能力を測る。既に述べたように、地域条件によって初期投資が嵩み借入水準が高くなることもある。とはいえ投資期間に渡って安定的にキャッシュを生み出す仕組みがあれば資金繰りに窮する懸念は小さい。要するに、むしろ重要なのは債務償還能力ということである。この指標は短いほうがよいが、水道事業をみると、約4分の3が15年以下と良好な団体が多い。


グラフ上の債務償還年数は親団体たる市町村からの財政支援を控除して計算しており、その上でこのような水準を維持していけるならば、大量更新期を迎えるにあたっても民間ベースで資金調達ができるのではないか。巻末の事例でいえば、40億円の更新投資を行い今の倍近くまで借入を増やしたとしても債務償還年数は15年を下回る計算となる(※3)


水道版地域ファンドの創設など、更新資金の民間調達を実行に移すにあたっては他に越えるべきハードル(※4)がいくつかあるが、少なくともライフラインたる水道事業であるから事業の安定的な継続ひいては債務償還に懸念はなさそうだ。もちろんメリットもある。企業としての水道事業が独自に資金調達するとなれば、親団体たる市町村からみれば財政悪化に対する解決策となり、金余りのなか行き先が見つからない個人資産にとっては格好の長期投資先となる。コンセプトに照らせば年金や保険に適っているのではないか(※5)


そしてなにより、地域ファンドの持分を通じてオーナーシップを育成し、地域住民がみんなで支える水道を、街づくりの観点から作ることができる。こうしてみると老朽化の問題は資金調達構造の変化を通じ水道における地域主権を取り戻すきっかけとなりはしないか。それにつけても修正損益計算書や分析指標を通じた財務状況の「見える化」は欠かせない。地域によるガバナンス、市場による規律を利かせる上での位置情報システムとなるからだ。これが水道事業の資金調達力(及び持続可能性)を分析するツールとして使われることを期待したい。

キャッシュフロー分析指標の分布状況(2008年度、水道事業)
修正損益計算書の作成例

(※1)融資審査の観点からみれば財務省で実施する財務状況把握と共通するところがある。キャッシュフロー分析指標は、補償金免除繰上償還にかかる収支状況のフォローアップ、財政融資資金実地監査にかかる公営企業経営状況把握に際しての説明にも活用可能性が拡がる。次を参照。
行政キャッシュフロー計算書を用いた地方財政分析」(2008年12月3日付コンサルティングインサイト)
財務状況把握ハンドブックの公表をうけて ~地方財政の視座はどう変わるか~」(2009年9月30日付大和総研コラム)
(※2)「利益は意見、キャッシュは現実」という言葉もある。
(※3)有利子負債(百万円)=4830+4000=8830 償却・繰入前経常利益(百万円)=709-120(支払利息3%)=589とした概算。実際は様々な前提条件を織り込まなければならないが本稿では省略。視点を変えれば、債務償還年数を使って「いくらまで借りられるか」を推定することもできる。住宅ローンの借入可能額シミュレーションと同じである。
(※4)「レベニュー債はなぜ実現しないのか」(2009年12月9日付コンサルティングインサイト)を参照。
(※5)景気対策の観点からみれば、水道施設の大量更新は大きな建設循環の波がやってくることを意味する。これもまた水ビジネス。

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