2024年日本の課題

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2024年01月01日

  • 理事長 中曽 宏

世界経済の動きを見ると、米国経済はソフトランディングの蓋然性が高まっているが、欧州ではインフレへの警戒感が継続している。中国経済も不動産開発業の低迷が足枷になっている。加えて、長引くウクライナ戦争や米中対立、中東情勢など地政学的リスクの高まりから経済分断も続いている。

経済の分断は、世界のビジネス界にとって本来望ましいことではない。分断がこれ以上深まることを回避するために、自由貿易と多国間アプローチを重視する日本が果たせる役割は大きい。実際それを期待する声もアジアの産業界から聞こえてくる。この点、例えば気候変動対策のように誰にとっても喫緊の課題については、立場を超えて一致協力できるはずだ。筆者は、現在APEC(アジア太平洋経済協力)首脳に対する民間諮問機関であるABAC(APEC Business Advisory Council)の日本委員の一人を務めているが、議長を託されている金融タスクフォースにおいて、各国代表や大和総研のチームの力を結集して昨年APEC首脳への政策提言を取り纏めた。提言には、APEC域内で越境取引が可能なカーボンクレジット市場の創設や、現実的な脱炭素化を金融面から支援するトランジション・ファイナンス市場の整備、知的財産等を担保とした新しい資金調達手段の開発などが含まれる。ただ、その実現は民間セクターだけでは不可能だ。制度や規制を国際的に調和させるためには政府レベルの国際協調が不可欠だ。

世界経済が減速傾向にある中で、日本経済は、輸出向け挽回生産やインバウンド消費を中心に緩やかな回復を続けている。ウクライナ戦争に起因するエネルギー価格の上昇という、予想外の外生要因により、金融緩和の効果の一環として生じた円安も加わって進んだ物価高が、30年振りの高い賃金上昇率への途を拓いた。人々や企業の予想する物価上昇率も、これまでにない高い伸びを示すなど、多くの物価関連指標が、デフレの終焉を示唆している。

今後、賃金上昇を伴いながら物価が2%の安定目標近傍で落着くことが見通せる状況になり、海外経済の失速がなければ、日銀は適切なタイミングで金融政策正常化に着手するだろう。2024年は、長期異例の金融緩和からの転換点を迎える年となるだろう。


非伝統的金融政策からの出口という意味では、日銀は、2006年3月に異例の政策のプロトタイプともいえる「量的緩和政策」からの出口を経験した。その時に得られた知見は「組織の記憶」として蓄積されているはずだ。また、最近では米国FRBの正常化政策も多くの有益な視点を提供する。日米の中央銀行が採用してきた政策には、名称こそ異なるが、多くの共通点があることを踏まえると、日銀の正常化政策における短期市場金利の誘導やバランスシートの縮小などの手法並びに手順は、FRBに類似したものになるだろう。

正常化の過程には、政策判断も含め様々な課題が待ち受ける。例えば、マイナス金利政策の下で採用されてきた当座預金の三層階層構造をどうするかという問題がある。当座預金に対する利払いの方が、国債の利息収入よりも速いスピードで増加することに起因する収益の悪化という、現在FRBが直面する問題にもやがて遭遇することになると予想される。

このように課題は多いが、日銀の政策関連部署は十分な経験と技術を備えていると確信する。最も配意すべきは、政策変更の合理的理由や正常化を進める手段について、対外的によく説明することだ。周到な準備と注意深いコミュニケーションが、金利のある世界への円滑な復帰を果たす決め手となる。

日本経済に作動を始めた好循環を持続させるためには、金融政策の正常化を慎重に進める必要があるが、それだけでは十分ではない。ひとつは、設備投資と技術革新によって労働生産性を向上させ、賃金の引き上げ余地を広げることだ。もうひとつは、経済の好循環を金融面から支援するために、新たな金融仲介チャネルを拓くことだ。この点、資産運用業とアセットオーナーシップの改革は、これまで日本のインベストメントチェーンに欠けていた部分を埋め、成長分野への投資資金の流れを促すことになるだろう。政府が2023年12月に取り纏めた「資産運用立国実現プラン」の着実な実行を強く期待する。

2024年は、国際社会を取り巻く環境は依然として不確実性が高い状態が続くと予想されるが、世界経済の分断が深まることを回避するために、日本がリーダーシップを発揮していけるのかが試されることになるだろう。また、国内においては、バブル崩壊後続いた経済の長い試練の克服に向けた展望が拓けつつある中で、個々の企業にとっても、リスクに適切に備えながらチャンスを積極的に捉えていくことができるか、経営の真価が問われる重要な年になるだろう。

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