曖昧になる社会保険と再分配政策の境界

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2022年12月05日

  • 調査本部 常務執行役員 リサーチ担当 鈴木 準

社会保障制度は、仕組みが複雑で分かりにくいといわれる。しかも、その持続性が疑われているという見解や報道が多いため、人々は先行きに不安を覚えることになる。負担はますます増え、給付は削減されていく。そんな捉え方をしている人は少なくないだろう。

厚生労働省「所得再分配調査」によると、再分配政策による所得格差(ジニ係数)の改善度は、税で4.8%、社会保障で30.1%である(2017年)。所得再分配は政府だけが行える政府の最も重要な役割の一つで様々な手段が考えられるが、その大部分は社会保障制度を通じて行われている。

だが、本来、再分配政策は累進税率や所得控除・税額控除などを備えた税制や、税を財源とした給付制度が担うべきである。他方、長生きリスクや疾病リスク、要介護となるリスクは所得とはあまり関係がないのだから、社会保険といえども年金保険や医療・介護保険には保険数理上の公正さが求められる。

現実の制度を見渡すと、賃金に対して一律の保険料率が課されている年金は、基礎年金の給付が定額であるため、報酬比例年金との合計で見ても再分配の機能が内在されている。また、2019年秋にスタートした年金生活者支援給付金は低年金者に対して支給されているが、財源は消費税である。金額は保険料の納付期間に応じたものであるものの、保険給付である年金の一部ではない福祉的な給付である。

介護保険の保険料負担には、所得に応じたきめ細かい段階区分がある。つまり、保険料そのものが所得に応じた負担となっている。さらに、低所得者についてはその仕組みに上乗せして消費税財源で保険料を軽減する仕組みが導入されている。そもそも、介護保険は給付費の半分が公費(税財源)である。保険料を負担しなければ給付を受けられないとはいえ、再分配の要素が強い仕組みといえる。

この点は、高齢者向けの医療でなおさらである。後期高齢者医療制度における後期高齢者が負担する保険料は給付費全体の1割程度にすぎず、給付費の半分は公費である。足下で負担能力のある高齢者の保険料を引き上げることが検討されているが、それは高齢者の中での再分配を保険の世界で強化することを意味する。

後期高齢者向け医療給付費の残り約4割は、現役層が健康保険料として負担している。当初、この負担は現役の人数で頭割りしていた(所得に関係なく同額だった)が、2017年度以降は報酬割に完全移行している。負担能力のある現役層に一定の負担を求めるという方針を理解するとしても、見えにくい一部の現役層の保険料引き上げではなく、賃金に対する課税で調達する方がまだ透明性があるのではないか。

現在、前期高齢者の医療費に関する財政調整にも、報酬に応じた調整の仕組みを導入することが検討されている。ただ、報酬が高いのは、企業や個人がリスクをとった投資の結果である。報酬を高めると社会保障の負担をますます求められるということが行き過ぎれば、賃金を上げるための工夫や努力を削ぐことにならないか注意する必要がある。

2012年に成案を得た「社会保障と税の一体改革」以降、リスクをシェアする社会保険(共助)と、負担とは紐づかない再分配(公助)との境界がどんどん曖昧になり、制度は複雑さを増している。また“負担能力に応じて支え合う”という考え方を、医療の患者窓口負担や介護の利用者負担について適用することと、強制的に賦課される保険料に適用することの意味合いは全く異なる。保険料と税、さらには自己負担(自助)の役割を整理し、制度の持続性と経済活動への中立性を追求した視点が、今後の社会保障改革では改めて必要ではないか。

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鈴木 準
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