アメリカ インフレファイターの肖像

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2022年09月12日

パウエルFRB議長は2022年8月26日のジャクソンホール会議での講演で、将来のインフレ率を決定する上でインフレ期待が重要な役割を果たすとの考えを述べた。簡単にいえば、家計や企業が「高インフレが将来的に続く」と考えた場合、賃金や価格の決定などの経済活動に反映させる傾向があり、実際に高インフレが持続する結果となる。高インフレである状態が続くほどインフレ期待も高い状態で固定される傾向があるため、FRBはインフレ期待が2%を大きく上回った状態で定着しないよう、急いで利上げを行い、物価上昇率を押し下げようとしていると考えられる。

パウエル議長の講演はインフレファイターとして名高いポール・ボルカーFRB元議長を多分に意識した内容だった。講演の締めの言葉として、インフレを克服するまでやり抜くとの決意を“We will keep at it until we are confident the job is done.”(出所:FRBウェブサイト)と、ボルカー氏の自叙伝の題名(Keeping At It)を借りた表現に込めたのはその表れであろう。

FRB第12代議長のポール・A・ボルカー氏は、歴代議長の中でもインフレファイターの代表格である。1979年、第二次石油危機を発端に、アメリカでは物価が急騰していた。カーター大統領(当時)はボルカー氏をFRB議長に指名し、1979年8月16日に新FRB議長が誕生した。ボルカー氏の主張は端的だった。連邦準備制度の独立性を保持すること、インフレに正面から取り組むこと、そのために金融引き締めを行うこと、である。

当時の主な金融引き締めの手段は公定歩合の引き上げだった。ボルカー氏は就任後すぐに2回の公定歩合引き上げを行った。しかし、景気後退の兆しがある中、急速な利上げを懸念したFOMC参加者も多く、表決は割れた。市場は表決結果を見て、FOMC内で意見が割れているならば、断固として利上げを続けるのは難しいのではないかと考えた。インフレ抑制のためには、中央銀行が断固として対応するという信認が重要な要素になる。FRBは信認を取り戻すために何らかの手を打たなければならなくなった。

そこで新たに採用されたのは、金融機関が連銀に預け入れている準備預金の伸びを抑制する手法である。「準備預金」とは、もともとは金融機関が不測の支払いや預金の引出しに備えるために用意しておく資金である。預金のうちどのくらいの割合を準備預金として預け入れさせるかで、銀行の貸出の量に影響を与えることができる。公定歩合の引き上げだけでなく、「量」へのアプローチ手段も得ることで、持ち得る武器を全て使ってインフレと戦うことを市場に示してみせたのである。

2022年の金融引き締めに話を戻すと、フェデラルファンドレート(FFレート)の引き上げは迅速に行われているものの、バランスシートの縮小は予告よりも遅いように見受けられる。政策金利を急速に引き上げているため、その効果を見極める観点から、量的な面では引き締めの度合いをコントロールする余地を残そうとしているとも推測できる。金利引き上げだけで物価上昇率が十分に低下しない場合は、バランスシート縮小のペースを速める可能性があることに留意しておくべきだろう。

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執筆者紹介

政策調査部

研究員 中村 文香