コロナ禍で関心が高まるベーシックインカム、導入の是非と可否

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2020年10月29日

新型コロナウイルス感染拡大による景気悪化や失業の増加などを受け、ベーシックインカム(BI)を巡る議論が国内外で広がっている。スペイン政府はBIの概念の下で生活困窮者向けの最低所得保障制度を導入し、ドイツやアイルランドでは試験的にBIを実施する社会実験が検討されている。日本では一律10万円の特別定額給付金が支給されたことなどからBIへの関心が高まった。

BIとは全国民に一律の金額を恒久的に支給する仕組みである。BIを導入すべきとの声が聞かれる背景には貧困対策の強化のほか、今後AIやIoT、ロボットなどの活用拡大で定型業務が減少したり賃金が伸び悩んだりし、所得格差が拡大するのではないかとの懸念がある。またフリーランスやギグエコノミーのように、毎月の収入が大きく変動しやすい就業者が近年増加していることもある。

だがBIを導入することは極めて困難である。例えば日本国民全員に毎月5万円を給付するだけでも年間76兆円の財源が必要である。年金給付と生活保護等の社会扶助給付は合計で60兆円程度(2018年度)であり、仮にこれらの廃止と各種所得控除の見直しなどをBIの導入と併せて実施すれば、生活困窮者はかえって増加することになろう。既存の制度を維持して増税で対応する場合、家計の所得税負担を平均で約2.5倍に引き上げる必要がある。こうした試算を行うだけでも、BIの導入は国民的な理解を得にくく、貧困対策として費用対効果が悪いことが分かる。

だからといってBIの理念まで否定すべきではない。日本ではワーキングプア世帯の増加や生活保護制度の捕捉率の低さなどの問題が指摘されており、多様な働き方やSociety 5.0の実現を目指す観点からも再分配政策の強化が必要だからだ。現在の税・社会保障制度をベースにBIの利点をうまく取り入れれば、急進的な制度改革や大幅な増税を伴わなくとも、人口減少・高齢化が進展する日本においてBIを間接的に導入できる。これは給付対象者の漏れがないセーフティネット機能を備えた税・社会保障制度を構築するということだ。すなわち、国民の所得情報や銀行口座をマイナンバーで管理するインフラを整備する必要がある。

菅義偉内閣はデジタル庁(仮称)を司令塔として行政サービスのデジタル化を推進する方針である。効率的で効果的なセーフティネットを構築するためにも、マイナンバーの有効活用の推進が期待される。

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神田 慶司
執筆者紹介

経済調査部

シニアエコノミスト 神田 慶司