EUからの移民を制限したい英国—ただし、看護師は歓迎します

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2019年06月03日

  • 矢澤 朋子

英国で看護師不足が深刻となっている。

国民保健サービス(NHS)(※1)では看護師不足の解消が喫緊の課題となっており、18年10月時点で、イングランド(※2)のNHSではおよそ4.1万人の看護師の欠員が生じている(看護師の職10に対して1以上の欠員)(※3)。また、医師を含む医療人材の需給ギャップは、30年までに25万人程に達すると想定されており、将来の診療待ち時間の増加、ケアの質の低下などが懸念されている(※3)。

Nursing and Midwifery Council(看護師及び助産師審議会)によると、英国の看護師及び助産師登録者数は17年、18年共に前年比で減少を記録した(図表参照)。出身地域別の内訳を見てみると、EU出身の登録者数の変化が目立つ。EU出身者は14~16年にかけて増加幅が拡大し、全体の登録者数の増加に最も貢献していた。しかし、17年には前年比で増加幅が半減し、18~19年には減少となった。これは、16年6月の英国のEU離脱(Brexit)決定の影響を色濃く受けていると考えられる。Brexitの目的の一つは、現在は自由な往来が保障されているEUからの移民を規制することである。Brexitが実現した後は、EU市民は英国への自由な往来の権利を失い、社会保障などで英国民と同等の扱いを受けられなくなる可能性が高いことから、医療に従事するEU出身の移民労働者の英国からの流出が増加したのである。実際に、「なぜ看護師及び助産師登録を抹消したのか」というアンケートに対して、EU出身者の多くは「Brexitにより英国以外で働くことを考えた」(18年47%、19年51%)と回答している(複数回答)(※4)。また、Brexit決定により、新たに英国に流入してくるEU市民の流入も抑制されたと考えられる。

ところで、直近である19年3月時点の登録者数は前年比で大きくプラスに転じた。その主要因は、英国に加えEU域外の出身者が大きく増加したことである。EUを含むEEA及びスイス以外の外国人が医師もしくは看護師として英国で働く場合、既に就職先が決まっていれば、Tier 2(一般)というビザを取得しなければならないが、その上限は年間2万700人と設定されている。しかし、慢性的な医療人材不足を解消するため、英国内務省は18年7月に医師及び看護師として働くために入国する外国人に対してはTier 2の上限規定から除外したのである。この措置は、EU域外出身者の看護師及び助産師登録者数の増加に大きく貢献したと考えられよう。

現在、EU域外からの移民労働者は「高度熟練労働者」に限定されている一方、EUからの移民労働者に制限はない。しかし、18年12月に英国政府が発表したBrexit後の新移民制度案によると、EUからの移民労働者も熟練労働者に限定され、就労ビザの取得が必須となる。看護師は熟練労働者に分類され、熟練労働者の流入上限は撤廃される予定であることから、外国からの看護師の流入が遮られることは一見ないと思われる。しかし、この新移民制度が適用されると、EU出身の看護師にとっては、就労ビザの取得や英国の看護師免許取得(※5)など新たなコストが発生し、英国内での就労にハードルが課される可能性がある。

EUからの移民の流入は抑えたいが、看護師はなるべく来てほしい。両方の目的を達成することは困難であると言えよう。

(※1)国民保健サービス(National Health Service;NHS)とは英国の医療制度で、英国の多くの医師と看護師はNHS及びNHS運営の病院に雇用されている。
(※2)地方分権によりNHSは4地域でそれぞれ運営されており、イングランドは英国人口の8割を占める。
(※3)出所:The Health Foundation
(※4)出所:“The NMC Register”、18年3月31日、19年3月31日、英国Nursing & Midwifery Council
(※5)英国とEEAとの間では相互承認制度が採用されているが、Brexit後も採用されるかどうかは未定である。

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