M&Aプロフェッショナルに求められる「アート(art)」の素養

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2007年02月16日

  • 鈴木 紀博

企業経営にとって「サイエンス(science)」と「アート(art)」のどちらが重要かは古くて新しい問題である。「サイエンス」とは、数量分析や経済合理性など文字通り「科学的な」領域である。「アート」は単純な日本語に直訳することは難しいが、例えば「勘」や「職人芸」のように「サイエンス」では説明しにくい領域のことを言う。

現在日本では何度目かのM&Aブームである。M&Aには「時間との戦い」という側面があり、経営者は短期間に意思決定を迫られる場合も多い。「サイエンス」に基づく様々な調査・分析を行う一方、自身の「勘」など「アート」の素養に頼る必要もある。この事は企業経営者のみならず、M&Aを職とするプロフェッショナルも同様である。

一例を挙げよう。M&Aで対象企業の事業や資産の内容を精査する場合、「デューデリジェンス(due-diligence)」(※1)と呼ばれる調査手続きを経る。

デューデリジェンスは短時間で効率的に実施しなければならない。開示される資料も開示期間も限定されるからである。ここで有効な情報をどれだけ収集できるかが勝負となる。売り手に開示してもらう資料を要求する場合、標準的な資料リストだけでは有効な調査は望めない。両社の特徴や相性を考慮し、当該案件における重点調査項目を独自に定めるセンスが求められる。

また、経営者にインタビューを行うことにより、画一的な調査では見えにくい重要な情報に気づくこともある。それは、組織風土、従業員や労働組合との関係、経営者同士の人間関係、経営者の考え方の「クセ」など様々である。こうした目に見えにくい事に気づく「感性」や「勘」も重要である。

M&Aのプロフェッショナルというと「サイエンス」一辺倒の合理主義者というイメージがあるかもしれないが、「アート」の素養も欠かせないのである。M&Aの件数が増加すれば、不足するプロフェッショナルの数を経験の浅いスタッフでカバーせざるを得なくなる。企業の重要な意思決定が、「アート」の素養に欠ける教科書的な分析のみに基づくことの無いように願いたい。

但し、「アート」が重要だからといって、「我が意を得たり」と膝を叩いて喜ぶのは早計である。「アート」の領域の判断に過度に依存することは危険であり、「サイエンス」の領域における地道で粘り強い分析の重要性は揺るがない。「アート」の重要性は「サイエンス」の重要性を否定するものではない。

(※1)デューデリジェンスには、(1)会計事務所などが行う財務デューデリジェンス、(2)法律事務所などが行う法務デューデリジェンス、(3)経営コンサルタントなどが行う事業デューデリジェンスなどがある。

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