インドのEC市場 ~期待される高成長市場の現在とこれから~

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このところ電子商取引(EC)に関する話題が喧しい。米国では感謝祭とその翌日「ブラック・フライデー」(11月第4金曜日)からクリスマス商戦が本格化。両日の実店舗売上が前年比5%の減少であったのに対して、インターネットを通じた取引は18%の伸びを見せた(※1)。また翌週の月曜、通称「サイバーマンデー」は文字通りECに焦点が当たる日だが、今年はネットを通じた売上が過去最高の約34億ドル(約3,800億円(※2))に達した模様だ(※3)。そして中国では、1が四つ並ぶ11月11日は「シングル(独身)デー」と呼ばれ、ECサイト各社のキャンペーンが定番化している。中国最大手のアリババグループのECサイトの総取引額は、同日だけで約177億ドル(約2兆円)を記録している(※4)


一方日本では、訪日中国人の「爆買い」がピークを過ぎて減少傾向に転じ、次の小売振興の方策として越境ECが大きく注目されている。なかでも厚い中間層と地理・文化的な近接性などもあり、中国人によるECは日本にとって最も魅力的な市場である。では、その次に来る市場はどこか。その有力候補として注目され始めたのがインドである。中国に匹敵する人口を擁し、今後も安定して高い経済成長が見込まれるインドは、日本のEC事業者にとって遠からず最重要な市場の一つになるのは確実だろう。ただ、現時点において同国のEC市場は様々な意味で未だ揺籃期にある。以下ではインドのEC市場の現状とポテンシャルなど基本的な情報について整理してみよう。


インドでは人口増加や年率8%近い経済成長と歩調を合わせるように、小売市場が急速に拡大している。米国eMarketer社によると、2020年の同国小売市場は2015年から倍増して約1.6兆ドル(約180兆円)に達し(図表1)、そのうちECによる小売市場は2015年の約130億ドル(約1.5兆円)が20年には約800億ドル(約9兆円)へ成長すると予測されている。足元の市場は小売全体から見ると規模こそまだ小さいが、2013年から翌年までの1年間で5倍近くに急成長し(※5)、その後も2020年まで年率20%以上の増加が予想されるなど、既に本格的な成長段階に入ったと考えられている(図表2)。2020年にはネット上で商品やサービスを購入する利用者が3.3億人に達し、国民の4人に1人がEC利用者となることが期待されている(※6)

図表1:インドのマクロ経済と小売市場規模推計
図表2:インドのEC小売市場(規模・成長率)

他国と比較したインドEC市場の特徴として明らかなのは次の2点。ひとつは、ネットを通じたレジャー・旅行予約サービスの利用(以下、e-travel)がEC利用目的の枢要を占めること、もうひとつは携帯・スマートフォンといったモバイルによる注文割合が高いことである。


多くの国と異なり、インドでは航空券や鉄道予約といったe-travel市場が通常のEC小売を上回る。実際、インド・インターネット・モバイル協会(IAMAI)の推計では、2015年時点でEC売上全体の63%が旅行予約等によるものとされている(※7)。このような利用特性を踏まえると、インドEC市場に参入を図る場合、まずは旅行予約サイト等を糸口としてその他の物品やサービス購入に繋げる展開が考えられる。


モバイル対応も重要なポイントだ。インドではここ10年の携帯電話の急速な普及に伴い、ECの取引手段も早い段階からモバイルが中心となる傾向が見られた(図表3)。先出のeMarketer社は2020年に取引全体の8割近くがモバイル経由で行われるようになると予測している(※8)。ECサイト構築にあたっては、例えばモバイル経由の閲覧・利用上のストレスを極小化するデザイン・機能に留意するなどが重要な視点となるだろう。


このように独特の特徴と高いポテンシャルを持つインドEC市場だが、解決すべき課題が多いことも指摘せざるを得ない。主要な課題としては、①不十分なインフラ、②現金主義への対応、③不安定な法制度、④利用者のジェンダーギャップ、⑤小売規制によるO2O(※9)への障害などが挙げられるが、これらの点に関しては稿を改めて概観したい。

図表3:インドの電話・インターネット普及状況

既にインドにはAmazonが進出し高いシェアを占めるほか、アリババグループも本格参入の機会をうかがっていると言われる。ソフトバンクは14年に地場ECサイト大手「スナップディール」へ出資しているが、それ以外の日系企業の参入は現時点ではまだ限定的のようだ。インドは概して進出してから黒字化するまでに長期間を要する市場と言われている。同国EC市場に注目する日系企業には、今後数年間で急成長する状況を見越して、できるだけ早い段階から参入に向けた準備を進める姿勢が求められよう。


(※1)Reuters “Thanksgiving, Black Friday store sales fall, online rises”(2016年11月26日)
(※2)本稿では特に断りのない限り、ドルは米ドルを指すものとする。また1米ドル=114円として換算する。
(※3)Adobe “Media Alert: Adobe Data Shows Cyber Monday Largest Online Sales Day in History With $3.39 Billion”(2016年11月28日)
(※4)Reuter “Alibaba posts record Singles' Day sales, but growth slows”(2016年11月11日)
(※5)Confederation of Indian Industry “e-Commerce in India A Game Changer for the Economy”(2016年4月)
(※6)eMarketer “India's Retail Ecommerce Sector Is Small but Still Growing
Much of this expansion is due to surging smartphone adoption among the country’s consumers”(2016年8月15日)
(※7)The Economic Times “India's e-commerce market expected to cross Rs 2 lakh crore in 2016: IAMAI”(2016年6月7日)
(※8)eMarketer、前掲(※6)
(※9)O2OとはOnline to Offlineの略で、ネット上のクーポン等により消費者に実地での消費行動を促したり、逆に実地での施策によりネット上の消費行動へ繋げたりするマーケティング手法を指す。

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