インドネシアの中小企業振興政策 ~日本政府による支援とその後の課題~

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2014年7月、インドネシアの大統領選挙が実施され、接戦の末ジョコ・ウィドド・ジャカルタ特別州知事(53)が当選し、10月20日に正式に大統領に就任する予定である。州知事やスラカルタ(通称ソロ)市長時代に福祉政策を中心に実績を積み重ねてきたことが評価されたことが勝因の一つとみられるが、新政権の経済政策や外交など対外政策については未知数の部分が多く、今後どのような政策を打ち出してくるのか注目されている。


一方、同国は、人口2億4千万人とASEAN最大の市場規模を有し、一人当たりGDPも3,510ドル(2013年)と世界銀行が定義する「中所得国」の域に達し、今後内需の大幅な拡大が予想されている。さらに、2015年のASEAN経済共同体(AEC)の発効を控え、輸出も域内向けを中心に増加すると見込まれている。


中小企業基盤整備機構によれば、同国へ進出する日本企業の数をみると、上記のような同国のポテンシャルを見込んで、大企業のみならず中小企業が大幅に増加している。こうした状況を踏まえて、同機構などでは、同国への進出を検討している日本の中小企業と、同国の中小企業のビジネスマッチングを実施するなど、同国の中小企業に対する関心が高まっている。


そこで、新政権の政策が固まる前に、これまでのインドネシアにおける中小企業振興政策について概観しておきたい(※1)

インドネシアの中小企業振興政策策定の枠組み

インドネシアの中小企業・裾野産業政策の大枠は、法律2008年20号(中小零細企業について)において規定されている。一方、同国では、中小企業・裾野産業政策の実施計画は、国家開発企画庁(BAPPENAS)が作成する国家長期経済計画(現行2005~2025年)と国家5か年経済計画(現行2010~2014年)において、大まかな目標が設定され、他の政策との調整が図られている。国家5か年経済計画に基づいて、政府各省庁は同期間における5か年戦略計画(Rencana Strategis=Renstra)を作成し、さらに各省庁の総局レベルでも年次業務計画を策定する。中小企業振興政策についても同様である。


こうした政策決定プロセスにおいて中小企業振興政策の中心となって調整を行うのが協同組合・中小企業省である。また、工業省には中小企業総局があり、製造業や技術に関係するセクターにおける中小企業の育成支援を行っている。このほか、BAPPENASにも中小企業振興政策担当部署があり、輸出については商業省、金融については金融サービス庁の管轄になっているほか、中央政府の政策を受けて各州政府でも中小企業関連政策の目標を掲げており、関連する省庁や機関が実に多岐にわたっている。


東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)がASEAN事務局とOECDと共同でASEAN各国の中小企業振興政策を数値評価した最近のレポート(※2)を見ると、インドネシアに対する評価は6点満点の4.3となっており、ASEAN10か国平均の3.7を上回り、シンガポール、マレーシアに次いで高い得点である。こうした高評価の背景には、インドネシアの中小企業振興政策に対して、過去10年以上にわたってJICAをはじめとする日本政府による技術支援が行われてきたことが挙げられる。こうした技術支援の成果が現在のインドネシアの中小企業振興政策に生かされている。

「浦田レポート」による提言とその後の取り組み

日本政府による最初の本格的な技術支援は、浦田秀次郎早稲田大学教授をリーダーとする国際協力事業団(現 独立行政法人国際協力機構(JICA))の調査チームが作成した通称「浦田レポート」(Policy recommendation for SME promotion in the Republic of Indonesia / Shujiro Urata : Japan International Cooperation Agency , 2000.7)に遡る。このレポートの政策提言でとくに目を引くのは、日本の中小企業振興策を参考にした中小企業診断士制度の導入のほか、大分県の成功をモデルにした「一村一品運動」の展開である。その他、信用保証機関の整備、輸出振興、裾野産業振興などが提言に含まれている。


同レポートの提言のうち、中小企業診断士制度は既に導入済みで、商業銀行から中小企業への融資を促進するための保証制度についても、国営インドネシア信用保証公社(JAMKRINDO)が2008年に設立されるなど、一定の成果が表れている。これらの政策は、インドネシアにおける現在の中小企業振興政策の根幹を成している。また、中小企業診断士制度は、2000年から日本政府が取り組んだタイの中小企業支援プロジェクトでも導入されている。


浦田レポートによる提言が行われてから10年以上が経過し、JICAやJETROによって提言についてのフォローアップも次々と行われている。人材育成、裾野産業振興、輸出振興などに続いて、一村一品運動のいわば後継戦略として、地域ごとに特定業種の中小企業を一体化して育成を図る「クラスター戦略」も進められている。


もっとも、課題も残っている。まず、浦田レポートの提言がその後十分に生かされていない分野がある。例えば、中小企業診断士制度は導入されたものの、診断士資格の取得者は依然として限定的で、工業省や州地方工業局職員など公務員に限られている。民間で資格取得者が拡大しなければ、せっかくの専門資格制度が十分に活用されることはないであろう。


さらに、前述の中央政府による中小企業振興政策策定の枠組みを見ても、課題が挙げられる。まず、協同組合・中小企業省が自らのRenstraで指摘しているが、中小企業振興政策関連官庁同士の調整・連携が必ずしも円滑ではない。RenstraなどではBAPPENASが協同組合・中小企業省のパフォーマンスを評価する仕組みであることが示されているが、工業省や他省庁との連携については疑問が残る。


もう一点は、中小企業向けに重点的に育成するセクターが政策として掲げられているが、セクター選択に一貫性がなく、育成策が不明確である。


本来、政府に産業育成や振興についての明確な政策があれば、中小企業振興政策にいわば横串を刺して強化することができる。そこで、大統領令2008年28号(国家産業政策について)をみると、インドネシアが今後強化すべき産業について記されており、中小企業向けの強化セクターとして、「貴金属、製塩、セラミクス、エッセンシャルオイル、スナック」とかなり細分化されたセクターが記述されている。しかし、2013~14年の工業省中小企業総局の業務実施計画(※3)によると、中小企業向けの「優先セクター」として「縫製、手工業、輸送機器、金属加工、クリエイティブICT」と記述されており、大統領令と重なるセクターがなく、一貫性もない。さらに、大統領令、業務実施計画ともに、どのようにこれらのセクターを育成するかについての記述や関連法制についての言及がない。業務実施計画が大統領令の5年程度後に作成されたこともあり、記述されているセクターが違うのは致し方ない面もあろうが、そもそも各省の業務計画の上位に位置づけられるべき大統領令で、「エッセンシャルオイル」「スナック」といった細かいセクターを書き込むべきなのか、疑問である。


今後は、これまで打ち出されている各省庁による様々な中小企業振興政策を縦串とすると、しっかりとした産業政策によって太い横串を通すことが望まれる。中小企業向け優先セクターとして工業省が掲げる産業のうち、部品の現地調達拡大が急務である輸送機器や金属加工など製造業の裾野産業や、輸出競争力がある縫製などの分野において、まず各産業の産業振興策をさらに綿密に策定したうえで、それらを中小企業振興政策にも適用してゆくのが望ましい。この戦略は、裾野産業に有効であるのみならず、縫製品や食品など中小企業による地場産品の付加価値を高めて輸出を振興することで、経常赤字の拡大に歯止めをかけることもできよう。「タイ料理を世界の台所に(Thai Kitchen to the World) 」を標語に、タイ製の加工食品を欧州を中心に輸出することに成功したタイの食品産業振興政策(※4)も参考になろう。


そのうえで、中小企業診断士制度をはじめとする人材育成の更なる強化やよりアクセスがしやすい資金調達手段の提供など、政府による側面支援が加われば、現在政府が進めている起業家育成(最終的に400万人の起業家を育成)も進み、中小企業が活性化し、裾野産業も強化・拡大されよう。


(※1)企業数や雇用数に占めるインドネシア中小企業の比重、ASEANにおける中小企業政策の位置づけなどについては「ASEAN NOW (Vol.10) アセアンの中小企業振興戦略」大和総研、2012年3月8日を参照されたい。
(※2)‘ASEAN SME Policy Index 2014 :Towards Competitive and Innovative ASEAN SMEs’, edited by ERIA SME Research Working Group, ERIA Research Project Report 2012, No.8、Posted:  June 2014
(※3)Program Kerja Tahun 2013 dan Rencana Kerja Tahun 2014 Direktorat Jenderal Industri Kecil dan Menengah oleh Euis Sadeda, Direktur Direktorat Jenderal Industri Kecil dan Menengah
(※4)EUの食品安全基準などを参考に輸出前の食品衛生検査を徹底するなどの輸出振興策を10年以上にわたって実施した結果、タイの輸出に占める加工食品の割合が10%強を占めるまでになった。

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