人民元相場-「国際化」の動きにも注目せよ。

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人民元相場の行方について、各国当局や市場関係者の高い関心が続いている。本稿では、人民元相場と人民元の交換性や、所謂人民元の「国際化」の問題との関係について、若干の考察を試みたい。

まず、一般に、通貨に完全交換性が付与されていることと、その通貨が国際化することとは、もちろん密接な関係があるが、概念的には一応別の事柄として捉えられる。ある通貨の国際化が十分進むためには、最終的には、その通貨が自由な交換性を持つことが必要条件になってくるが、完全交換性を有していなくても、ある程度国際化を進めることはできる。他方、通貨が完全交換性を有していても、必ずしも国際化が進むとは限らない。

人民元については、現在、国際化の話と交換性の話が入り乱れて議論されているが、このふたつをどのように関連付けて考えるべきか。中国は1996年、経常取引については自由化を実現したが(IMF協定8条に基づくもの)、資本取引についてはなお短期のポートフォリオ投資を中心に規制が残り、人民元の完全交換性は実現されていない。通常、国際金融資本取引にかかる自由化は、おおむね経常取引、資本取引、これら取引に伴う当該通貨の使用といった順序(シークエンス)で行われる。中国の場合、上述の通り、IMF協定8条に基づく経常取引自体の自由化は1996年に完了したが、それに伴う人民元使用の自由化については、ようやく本年6月、人民元建て貿易決済の対象地域が全世界に拡大された。そのほか、8月には、外資系金融機関がその保有する人民元を人民元建て債券へ投資することを認め、また人民元とマレーシア・リンギットとの国内外為市場での直接交換を解禁するなどの措置が、矢継ぎ早に打ち出されてきている。これらにより、ようやく「経常取引での交換性」が実現するとともに、資本取引面や金融勘定面での一層の規制緩和措置も見えてきた。人民元の完全交換性に向けては、今後さらなる資本取引自体の自由化、およびその後の当該取引に伴う人民元使用の自由化という順序で進むと考えるのが自然である。

しかし、このような動きは、人民元相場に対する中国の対応から見る限り、人民元の完全交換性実現に向けての措置というより、むしろ、明らかに完全交換性実現に先立って、人民元が国際取引でより使用され、所謂その「国際化」が進むことをねらう中国当局の意図の表れとみられる。これは、通貨の交換性実現をした後に、その国際化を進めるという伝統的なアプローチとは、まさに逆の順序である。人民元相場は本年6月に通貨バスケット方式に復帰したとはいえ、引き続き厳格に管理されたフロートであり、早い時期に完全フロートさせる気配はなお見られない。金融政策の独立性、資本の自由な移動、為替の固定相場の3つは、同時達成できないトリレンマの関係にあるが、中国の場合、金融政策の独立性は当然放棄できないものであり、資本取引を完全に自由化しないことにより、人民元の相場を完全に市場に委ねて変動させなくてもよいようにしている。為替相場の完全フロートが視野にない現状では、資本取引の自由化にもおのずから限度が生じ、したがって人民元の交換性実現もなお先ということになる。

中国当局が人民元の交換性付与に先立って国際取引での人民元の使用をできるだけ進めようとしているのは、人民元上昇に伴い、中国輸出企業に生じる為替リスクの影響をできるだけ緩和するためという指摘はよくなされており、短期的にはその通りであろう。それは、上述した一連の国際化に向けた措置が、本年6月の人民元相場の通貨バスケット方式への復帰直後から加速していることからも明らかである。しかし、国際化の動きは、1998年のアジア金融危機勃発後、ドル機軸体制がゆらいでくる中で始まってきたことを見ると、中長期的な課題として、アジア地域内での「国際化」、あるいは域内共通通貨への布石、さらには国際通貨体制の中での人民元の何らかの位置付けといったことまで、見通しての動きとも考えられる。

中国は、不動産バブルなど様々な問題について、日本の経験をよく研究していると言われる。通貨の国際化についても然りであろう。そうであるとすると、円の歴史を見るに、その交換性は早々と実現していても、その国際化は遅々として進まなかった、したがって、人民元の国際化を進めるために、必ずしもその交換性実現まで急ぐ必要はない、むしろ交換性実現の前でも、円の国際化が進まなかった要因、背景等を分析することにより、人民元の国際化をかなりの程度までは進めることができるのではないかと考えてもおかしくない。他方、国際化をほんとうに進めるためには、理論的に考えても、最終的には、交換性実現、為替相場のフロート化を進めることが必要となってくることは、当然、中国当局も認識しているであろう。実際問題として、国際化を進めるために様々な面での取引の規制緩和をすれば、それが海外からの資金流入を招く、また為替レートを無理に抑制して人民元の先高感が、市場にいつまでも残ったままでは、短期的にさらにホットマネーの流入を加速させ、それが国内での過剰流動性を招き、インフレ圧力、為替調整圧力の増大につながることも、充分予想される。日本の経験を逆に踏まえ、交換性を実現しなくとも、国際化はある程度進められるという認識があるが故に、国際化をできるだけ進めるという政策意図は強いものの、他方で、人民元の交換性実現、為替相場のフロート化については、国内経済への影響を考慮し、徐々に進めるという戦略をなお採り得ているというのが現状だろう。しかしながら、どこかでそうした戦略が採り続けられなくなる臨界点が、訪れるかもしれない。言い換えれば、人民元相場の弾力化のペースは、国内経済への配慮と同時に、人民元に対する諸規制が、人民元のさらなる国際化を進めていく過程で、どの程度ネックになってくるか、また国際化を進めようとする政策意図が、今後さらにどの程度強くなってくるのかにも左右されることになろう。その意味で、人民元相場を見通す上で、人民元の国際化の動きにも目が離せない。


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